20.この国にお墓はありません
「ちょ、ちょっと、待って」
手をダリウスに向けてかざし、話を止める。
頭の中に渦巻く混乱が漏れ出ないようにして額に手をあてた。
「えっと、聞き間違いかしら? お墓に入れてなかった? じゃあメアリーさんの遺体はどこに置いていたの?」
「この家だ」
私の混乱など気にもせずダリウスが平然と答えた。
例え腐敗しないとはいえ、遺体を一年近く遺体と一緒に暮らすというのは、私の世界では間違いなく狂気の域の話だ。
鳥肌のたつ腕をさすりながら、私はなるべく冷静を装いながら訊いた。
「私のいた世界では、遺体はお墓に入れるのが普通だったんだけど、この世界では違うの?」
「この世界、というより、この国は違うと言った方が正しいかな」
チェシャ猫が間に入って答えた。
「よその国では死んだらお墓に入るのが普通だよ。ただ、この国では死んだら体は女王のもとにおさめて、女王によって弔われるんだ」
「へぇ、女王様が」
私がいた世界では考えられない話だ。
「だから本当は遺体を自分の手元に置いておくことは重罪なんだ」
ダリウスの顔をちらりと盗み見る。
そこにはバツの悪さや後ろめたさというものは微塵もなかった。
けれど開き直っているという風でもなかった。
ダリウスの表情から何かを察するには、私はあまりに彼のことを知らなかった。
「だからもし見つかったら問答無用で没収されるんだ」
「え、待って。それならどうして私は、このメアリーの体は白ウサギの家にいたの?」
「それが一番の謎だ」
ダリウスが困り果てたような溜め息を吐いた。
「白ウサギはこの国の遺体管理局の局長だ。奴の仕事は、違法に遺体を所持している人間から遺体を回収することだ。だから、奴がメアリーを連れていったのは分かる。だが、問題はその後だ。なぜ、奴はメアリーを女王に差し出してないのか」
こめかみを人差し指で押しながら顔をしかめるダリウスに、チェシャ猫が肩をすくめた。
「さぁね、メアリーに一目惚れしたとか?」
「胸くそ悪い話だ」
唾棄するように言って、ダリウスはさらに顔をしかめた。
「それに仮にメアリーを気に入って家に持ち帰ったとして、どうして死んだはずのメアリーが動き出すんだ。あり得ないだろう」
「うーん、生まれ変わったのかな?」
「一ヶ月で赤ん坊がこんなに大きくなるはずがないだろう」
呆れと苛立ちを含んでダリウスがチェシャ猫を睨む。
彼らの会話に私は首を傾げた。
確かにチェシャ猫の空気を読まない冗談に苛立つのは分かるけれど、ダリウスの指摘もなんだかずれているような気がした。
「……気になったんだけど、この国では生まれ変わりっていう考えが信じられているの?」
「もちろん。信じているっていうか事実そうだしね」
チェシャ猫の口調は、空は青い、というような目に見える当然の事実を口にする時と同じ嘘や曖昧さを持たないものだった。
「アリス、君の世界では生まれ変わりはないの?」
興味津々といった感じでチェシャ猫が訊いてきた。
その声は子どもが知らない外国の話を聞きたがるような純粋な好奇心に満ちていた。
「そうね……、物語とか宗教の世界ではあるようだけど、実際にあるかどうかは分からないわ。なにせ目に見えないものだものね」
「え! 目に見えない? 君の世界では体は目に見えないの?」
「え?」




