19.いつまでも一緒にいたいね
「どうして? 肉体の時間を止められたのに……。大事故があったとか? それとも大飢饉? 戦争?」
老い以外のあり得る原因を挙げてみたけれど、チェシャ猫は首を横に振った。
「いやいや、そんな大惨事があったわけじゃないよ。ただ、魔術師たち、いやみんな勘違いしていたんだ。寿命っていうものは体だけの話だってね」
「え?」
わけが分からなかった。
何の勘違いもないように思えた。
事実、私のいた世界でもそういう認識だったし、寿命という言葉が当てはまるものが他に思い浮かばない。
「どうやら君がいた世界でもその勘違いが常識のようだね。でも当然だよ。目に見えないものに寿命があるなんて誰も思いもしないよ」
「どういうこと?」
「つまりさ、寿命っていうのは体だけじゃなくて、魂にもあったってことだよ」
「……魂に寿命?」
胡散臭い言葉に私は思わず眉根を寄せた。
チェシャ猫が笑みを湛えたまま頷く。
それが人を茶化すものなのか、常に笑っている彼の真顔なのか、私には分からなかった。
「そう。つまり、いくら体の時を止めようとも、魂だけは刻々と死に向かって進んでいるってこと。こんな風にね」
そう言って、チェシャ猫はかぶっていた帽子を空気を水平に切るようにドアに向かって投げた。
帽子はドアにぶつかって、そのまま床に転げ落ちた。
その衝撃で、帽子についていた飾りの花の花弁が何枚か散った。
「おい、乱暴に扱うな」
ダリウスがチェシャ猫をギロリと睨んだ。
「あはは、ごめん、ごめん」
チェシャ猫は転がった帽子を拾って、ポンポンと軽くはたいた。
「まぁ、そういうわけでオレたちの体はまだ不老の段階で止まっていて不死までは手に入れていないんだ。だから、この国には確かに死は存在するけど。メアリーの遺体は腐らない」
チェシャ猫がこちらに戻ってきてダリウスの頭に帽子をのせた。
ダリウスは眉間に皺を寄せながら、念入りに帽子をはたいて帽子を被り直した。
「まぁ今の説明で大方、この国の死については理解できただろう」
「確かに理解はできたけど、受け止めるには時間がかかりそうだわ……」
私のいた世界と全く違う常識に、頭が拒否反応を起こしているようだった。
ため息を吐くと、ダリウスが舌打ちした。
「まったく、頭が悪い奴は面倒だな」
「いや、あなたは全く説明してないでしょう」
説明してくれたチェシャ猫が言うならまだしも、ただ座っていたこの男に面倒だと言われる筋合いはない。
説明の時に使った彼の帽子の方がよっぽど私の理解に協力してくれたくらいだ。
「ほんと自分は座ってただけなのにね~」
「ねぇ」
チェシャ猫が私に同調すると、ダリウスがまた舌打ちを零した。
「頭が悪い上に鬱陶しいとは救いがないな。他に質問はないのか? 次は私が答えてやろう」
えらそうに上から目線で言われて、正直、全部チェシャ猫に説明してもらった方がいいと思ったけれど、せっかく彼が答えようとしているのだ。
無碍にするのも後々面倒なことになるだろう。
私は人差し指を顎に当てて考えた。
「そうね……。それじゃあ、メアリーさんについてきいてもいいかしら?」
少し踏み入った質問だろうかと心配したけれど、ダリウスはあっさり「ああ」と答えた。
「それじゃあまずメアリーさんはいつ亡くなったの?」
「もうすぐでちょうど一年になる」
「メアリーさんの遺体をラビに持って行かれたのは?」
「約一ヶ月前だ」
「ラビとメアリーさんは昔、関係があったの? 友達とか、元恋人とか……」
「そんなわけあるわけないだろう! 失礼なことを言うな」
キッと鋭い目で睨まれ少し怯んだけれど、咳払いして何とか受け流した。
「ごめんなさい、失礼なことを言って。じゃあなんでメアリーさんの遺体を持って行ったのかしら?」
「知らん。私の方が知りたいくらいだ」
ダリウスがいかにも不愉快そうに口をへの字に曲げて引き結んだ。
「たまたまなのかしら。それにしてもラビってひどい奴ね。人の墓を掘り起こして遺体を持ち去るなんて……」
「は? メアリーを墓になんか入れるわけがないだろう」
「……え?」




