【周遊】
『それじゃ、始めるよ。今日はあたいのおごりだ。どーんとやんな』
歓声があちらこちらからバブエさんを称える声が響き渡る。
大きな通路を遮断して野外で凄い人数が集まっている。それぞれが自分の敷物を敷いて、どこからともなく料理や飲み物が全体に運ばれていく。
興奮の坩堝…人の生きるエネルギーがここには満ちている…
『バブエ様、私の漬けたもんですけど食べてくだせぇ』
『バブエ様、これ、手作りのハンカチです』
『姉御ぉぉぉ、今日の為に急ぎ届いた鳥、是非、食べてくれぇぇぇぃいやっほー』
人が入れ替わり立ち代わりバブエ様の元にやってくる。
そして皆、笑顔。
『セント、ありがとうね』
不意にバブエさんからお礼の言葉が飛んでくる。
『お礼を言われるようなことは何もありません』
『憶えているかい、五国会議でみんなでご飯って言っただろう。あれ、いいなって。あたいはね、ホルダーの力が好きじゃなかった…あの力は孤独を呼ぶ。あたいにはフランが居たからよかったけどね』
フランさんの口元にはキラリと光るものが見えたが気にしないでおこう。
『あたいはね、嬉しいのさ。こうしてあたいに気兼ねなく一緒に飲み食いできることがね。これもすべてはセントの一言から始まった。憶えてなくてもあたいの感謝の気持ちは変わらない』
『バブエさんがご自分の意志で実現したことです。私も皆さんの笑顔に触れることができて嬉しく思います。この場で皆さんの一員でいる、この時間をありがとうございます』
『セント、なんか大人になった感じがするね…いい女になった、いや、もっといい女になるね…』
バブエさんの目つきが変わる…
『ごっほん、ごっほん。セントさん、この鳥の皮、プルプルで肌によさそうですわよ。バブエ様、この鳥の骨でもかじっていらしたらいかがでしょうか。歯ごたえがあっていいですわよ』
『フラン、ちょっと茶目っ気出しただけだろう。最近の子猫ちゃんは気性が荒いね…』
『私がバブエ様の雰囲気を読み間違えると…そうおっしゃりたいのですか』
『疑い深い子猫ちゃんだね…』
バブエさんがフランさんの耳元で何かを囁くと…
『きゅ~』
フランさんは真っ赤な顔で倒れた…その顔は喜びに満ちていて、そう、そっとしておこうと思った…
『これで少し静かになるね。これから、どうするんだい』
『バブエ様はお国を離れてもいいのですか』
『レベルダウンのお陰でと言いたいが、あたいもホルダーの力を無くしてからはそう強いわけじゃない。レベルダウン前は団結しないと危ない場面が多かったが…今は違う』
『本当にそうでしょうか』
『その辺はお見通しか。少ししたら戻るつもりだ…こっちにはフランがいる、寂しいけど任せれる者は多くない。あたしらは体動かしてるほうが気楽な連中の方が多いからね』
『今日は楽しい時間をありがとうございました。フランさんにもよろしくお伝えください』
『送って行くよ』
『結構です。鉱石の力を使って戻りますので』
『セント、あたいは良好な関係でいたいと思うよ』
『それは私も同じです、ではお元気で…』
黒いもやに包まれながらバブエさんに手を振る、完全にもやに包まれ徐々にもやが晴れていく…
そして今は円卓の間にいる。
自室に戻り、「島国」の区画で買ったお茶を淹れて、椅子に座る。
かすかな塩気が甘さを引き立てる、まろやかな口当たりを楽しむ。
暫らく日課の観察を行い、気になったことを数点書き止める。
明日はユーロさんのところか…そろそろ休みましょう。
私が休んでいる間も部屋は動きを止めることはない、世界の動きに包まれて私は眠りに沈んでいく…ゆっくりと、ただゆっくりと。
翌朝、ユーロさんの声で下に降りる。
『今日は気楽に見て回ろうと思う。何か希望はある?』
『いいえ、ユーロさんにお任せします』
『では、のんびり歩いていこう』
ユーロさんと2人で「島国」の区画を歩く、干した魚や乾燥させた物が多く並び、ユーロさんからも特に何の説明もなく、特に相手の方が過剰に接してくるわけでもない。
女2人、ブラブラと街を歩く。
『ん、セントこの店に寄りたい』
『いいですよ』
お酒を売っているお店のようだ。
『親父、散り桜と苔緑を頂きたい』
『あいよ』
ユーロさんはポケットから財布を出してパチンと開き、お金を払い店を出る。
『予期せぬ出費…しかし、いい物が手に入った』
『よかったですね、ユーロさん』
『うん、セントは何か欲しい物や見たいものはない?お茶はもう見た様子だけど…』
『知っていたのですね』
『あれは変装とは言わない。それに「島国」の民はとても恥ずかしがりや…私のように』
『そのあたりについては発言を控えさせてもらいますけれど、皆さんの日常のいろんな姿が見れたのは良かったです』
『それは結構。そろそろ私の家に行こう。あまり遅くなるとややこしいことになる…』
『誰かお待ちなのですか』
『内緒…楽しみにするといい』
ひょっとしてエンさんもこちらに来ているのかもしれない…
『源と申します。本来であればエン様がこの場にてセント様にごあいさつするところでありますが。この私が役不足ですが代理として馳せ参じたしだいでございます』
『源爺…セントがどん引き…暑苦しい』
『ユーロ殿、失礼なことはないでしょうな。私はエン様の代理として、ユーロ殿どこへ』
『小鳥ちゃんに食事を作ろうと思って、源爺、客をいつまで立たせとくつもり…』
『セント様、失礼をささ、こちらへお入りください』
促されるまま1つ奥の部屋に入り床に座る、派手な感じはなくそれでいて丁寧な造りを感じる部屋は不思議と落ち着く空気感に満ちていた…
『セント殿、冷茶をどうぞ』
『ありがとうございます。源様、お話をお聞きしてもよろしいですか』
『わしのようなものでよければいくらでもお聞きください。あ、その前に茶菓子を持ってきますゆえしばしお待ちを』
嬉しそうに奥の部屋へどたどた走っていく。
『お待たせいたした。ささ、どうぞどうぞ』
前のめりに茶菓子を進めてくれる。
『して、どのような話をお聞きになりたいのですかな』
『源様から見て今の世界はどう見えますか』
キリッとした空気感に変わる、長く生きていた人の重みを感じる…
『わしは昔から違和感を感じておりました。ホルダーの力は強大ではあったが個々の意志が薄いと…』
お茶をひと啜りして続ける。
『あの時代より良いのか、悪いのかそれはこれから次第となるでしょうな。難しい時代になったことは間違いありますまい。人が自分の考えを強く持ち生きる…すべての考えが、願いが叶うものではないでしょう。わしは国を大事に思っております、しかしながらそれは今の時点での話し。先のことは判りませぬ。今最善と思うことを成す、それだけですな』
この方は、以前の私に近い感覚を持っていたのだろう。ホルダーの力、あり方に想う所がある。
決定的に違うのはその中でも自分にできることをやってきている…ただ、思うだけの私とは違う。
『源様はお強いのですね』
『いや、わしは強くなどありませぬ。今も強くありたいともがいているだけです』
『そのまま溺れたら骨は拾う。安心して溺れるといい…お待たせ、ご飯』
『ユーロ殿、年上を敬いなされといつもいつも…』
『耳たこ。内容は理解している。実践していないだけ…冷める前にどうぞ、これ以上の小言はご飯抜き』
『ぐぬぬぬぅぅぅ…致し方ない』
『仲がよろしいのですね』
『『別に』』
ユーロさんは静かにお膳を持ってくる。
『源爺、これなーんだ』
『うぉっ』
源様の四角い木の入れ物にユーロさんが先ほど買ったものを注いでゆく。
『味わうがいい。セントと私はこっちで』
違う方のお酒を注ぎいれる。
「これは上等な苔緑、この香りは素晴らしいわい」
『これで、暫らくは静かになる…計画通り…』
華やかな香りのお酒とユーロさんの繊細な料理の組み合わせをとても美味しく頂いた。
『多才な自分が恐ろしい…今日は楽しんでもらえた?』
『ええ、とっても。ユーロさんは私に何か聞いたりとかしないのですね』
『私には解っている…と思う…』
心から楽しそうに苔緑を飲む源様をちらりと見て。
『源爺が満足したならそれでいい。国の面子とか何も生産性がない』
『ユーロさんは優しいのですね』
『すべては最適の動きの為にやっているだけ』
『ユーロさん、源様今日は楽しかったです。ありがとうございました』
『セント殿お送りいたしますぞ』
『源爺、足元ふらふら。年寄りは引っ込むべき』
『セント殿、ユーロ殿をよろしく頼みます。素直でないが気のいい娘なので』
『源様、「島国」をよろしくではないのですね』
『国は皆で盛り立てるもの。手助けいただけるならありがたいがまずは1人1人の努力が大事。ゆえにわしが頼むのはこの子のことじゃ』
『酔っ払ったジジイは始末が悪い…』
頭を好きなように撫でられているユーロさんと真っ赤な顔の源様を見ながら。
『それでは失礼します』
昨日のように黒いもやに包まれて円卓の間に戻った…




