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第二話 十歳児にとって最強の選択肢

スリを終えた俺たちは、足早にそこから離れ、俺たちの『基地』へと逃げ帰ってきた。


 基地と言っても、一ヶ月前に俺の親が突然蒸発して空き家になった、ただの薄汚いボロ小屋だ。




「ハル、鍵閉めろ」


「分かってるって」




灰緑色の髪を揺らし、ハルが素早くドアの閂かんぬきを下ろす。


 俺はテーブル代わりにしている木箱の上に、先ほど盗み出したばかりの革財布を放り出した。


 紐を解き、中身をぶちまける。




チャリン、と重々しい音がして、床に硬貨が転がった。


大半は銅貨だが、鈍い銀色の輝きを放つ大銀貨が三枚も混ざっている。スラムのガキが数ヶ月は遊んで暮らせる大金だった。




「すっげえ……! 大当たりじゃんルーク!」


「あぁ。それにしてもハル、お前の情報収集能力はやっぱり大したもんだな。昨日あのばあさんが店で話してたってだけで、ちゃんと今日銀行に行くのを見張って、カバンのどっちに財布を入れたかまで見抜くんだからさ。お前のその分析力、マジで頭が良い奴のそれだよ」


「へへ、だろ? でもルークのスリの手並みは俺にはまねできねぇよ。ルークに褒められると照れるな。じゃ、約束通り山分けな!」




ハルは嬉しそうに鼻を擦りながら、器用に硬貨を二つの山に分けていく。


前世の倫理観を捨て去った俺の目に、その金はただの「命綱」にしか見えなかった。




だが、ハルは自分の分の金を懐に収めると、ふと真面目な顔になって口を開いた。




「……でさ、ルーク。話が変わるんだけど、さっき言いかけたこと」


「あぁ、スリの強化がどうとかって話か」


「そう。お前が、一ヶ月前に親に蒸発されてさ。俺たち二人で生きるためにスリを始めたわけだけど……そろそろ限界が近いと思う。まだ俺たちの仕業だってことはバレてない。けど、最近スリが多すぎて、衛兵が巡回をめちゃくちゃ強化し始めてるんだ。あと、その影響で不良グループがいらついている。今まで通りにやるのはもう無理。もし続けるなら、二つの選択肢しかない」




ハルは小さな指を一本ずつ立てて、街の情勢を語り始めた。




「一、このまま意地で続けて、いつか衛兵に捕まるか、いらついた不良グループに目を付けられてボコられる。


 二、どこかの不良グループの傘下に入って、上納金を払って縄張りでのスリを許してもらう。……どっちにする?」




ハルが突きつけてきた選択肢。


一ヶ月前のルークなら、ガキのプライドで「どっちも嫌だ!」と突っぱねていたかもしれない。




だが、今の俺の頭には、前世の二十何年分かの「大人の脳」が入っている。


俺はふっと息を漏らし、木箱に肘をついた。




「いや、第3の提案がある」


「え? 第3って何?」




不思議そうに小首を傾げるハルに、俺は至極当然の顔で言い放った。




「――孤児院に入る」


「……は?」




ハルは、まるで「今から魔王を倒しに行く」とでも言われたかのような、素っ頓狂な顔をした。




「いやいや、待てよルーク! 孤児院って犯罪禁止だぞ!?」


「当たり前だろ。だが、あそこに入ればタダで飯が食える。まともな大人から仕事も回してもらえる。ついでに言うなら、衛兵に怯える必要もなければ、クソみたいな不良グループにペコペコ頭を下げる必要もない。いいこと尽くめじゃねぇか」




それに、と俺はニヤリと笑って付け足した。




「まだ俺たちの仕業だってことはバレてないから、普通に入れるしな」




「え、でも……」


ハルは混乱したように頭を掻いた。


「なんで今まで、俺たちその選択肢を考えてなかったんだっけ? 存在は知ってたよな?」




「理由は簡単だ。俺たちが、スリで『稼げてた』からだよ」




俺の言葉に、ハルがハッとした顔をする。




「一ヶ月前、初めてスリに成功して、予想以上の大金が手に入った。それで、安いもどきを飲んだり、美味いもん食ったりして、ガキ二人で『豪遊』する味を占めちまったんだ。自分の力で大金を稼いでる万能感に酔ってたんだよ」




そう、ただのガキの背伸びだったのだ。


だが、冷静に現実を見てみろ。




「普通に考えてさ、俺たちまだ10歳の子供だぞ? 10歳の孤児にとって、孤児院に入るのって普通に『最強の選択肢』じゃん」




俺が真顔でロジカルに説明すると、ハルは数秒間フリーズした。


そして、とんがった耳を大きく揺らし、ポツリと言った。




「……そうじゃん」


「だろ?」


「え、待って、マジでそうじゃん! なんで俺たち、今までその考えを脳内から完全に排除してたんだっけ!?」




ハルのあまりに素直なツッコミに、俺は思わず吹き出してしまった。




「あれだよ。スラムの年上の不良たちがさ、『あんな規律の厳しい場所に入れるかよ! 男は自由に稼いでナンボだぜ!』ってイキってるのを聞いて、それを真に受けてカッコいいと思い込んでたんだよ、俺たちは」


「うわあぁ、恥ずかしい! 完全に影響されてたわ俺たち!」




ハルが顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。


俺たちは顔を見合わせ、ボロ小屋の中に響くような声で、お互いにワハハと笑い合った。




前世の倫理観を捨て去り、スラムの現実を受け入れた上で。


俺たちの選んだ次の一手は――あまりにも合理的で、あまりにも真っ当な「降伏(孤児院入り)」だった。





だが、この選択が。


原作『魔剣伝説』の「ルークが十歳の時に魔術師に弟子入りする」という、最強への正規ルートを完全にへし折ることになるとは――この時の俺は、まだ知る由もなかった。

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