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僕が行った月の話  作者: 坂本啓
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16/24

向かい合う

 月曜日の朝、僕は六年生の教室の前で日野さんを探した。あの日は動揺していて、お礼も言わずに帰ってしまった。ちゃんとけじめをつけないといけなかった。

「あ、日野さん!」

「あー、進藤くん!? 大丈夫? 体調」

「え?」

「え? 八嶋先生が、進藤くん具合悪くなったって言ってたけど」

 八嶋先生が、そんな風に言ってくれてたなんて。なんだか、また泣きそうになる。

「うん……大丈夫」

「そっか、よかった」

 そのまま教室に入っていこうとする日野さんを、僕は、あわてて呼び止めた。

「日野さん!」

「んー?」

「当番代わってくれて、ありがとうございました!」

 日野さんは一歩後ろに戻った体勢のまま、笑って言った。

「こちらこそ、いつもありがとうねー、代わってくれて」

 やっと一回返しただけだから気にしないでー、と続けながら、日野さんは教室に入っていった。


 失敗しない人なんて、いない。

 失敗したあと、カバーする方法をたくさん用意しておく。

 失敗したことは、反省が終わったら振り返らない。

 僕は学んだ。

 無駄にはしない。


 当番表は広げてクリアファイルに入れて、ランドセルから出して机に移しておくことにした。これで見るチャンスが、ぐっと増える。

 僕の失敗をカバーしてくれた人もいた。当番忘れを知らせてくれた同じ住宅の孝紀たかのりくん。落ち着かせてくれた佐々木先生。それに、八嶋先生。僕は昼休みにお礼をして回った。みんな、笑顔だった。




「おい、ポン太」

 放課後、ランドセルに教科書やノートをしまっていると、千葉くんが声をかけてきた。最初はポン、だったのにポン太になってる。いつの間にがついたんだろう。

「そのポン太っての、やめてくんない?」

 僕は、けっしてタヌキに似てない。丸顔じゃないし太ってもないし、むしろやせてるほうだ。千葉くんが「中国語で友達のことを『朋友ポンユウ』という」ってネタを持ってきたのが、そもそもの始まりだった。

「ちょっと話あんだけど」

 僕の話は無視かよ。中国語にもタヌキにも恨みはないけど、ポン太って呼ばれるのは好きになれない。


「図書室行くから」

「おい! 話あるっつってんだろ!」

 千葉くんの声を無視して、僕はランドセルを閉じて肩にかけ、立ち上がる。

「おい! 無視すんな! ポン太!」

「ポン太って呼ぶなっ!!」

 自分がびっくりするぐらいの大声が出た。教室が、一瞬静まり返る。すぐに「何?」「ケンカ?」「先生呼ぶ?」とかの小声が、重なってざわめきになっていく。


「うるせー! 何でもねえよ! さっさと帰れバーカ!」

 今度は、千葉くんが声をはりあげた。ざわめきの中身が「何だよあれ」「感じわるーい」「帰ろ帰ろ」とかに変わる。こんなとき、わざわざ「千葉くんと進藤くんがケンカしてまーす」なんて、職員室に言いに行くヤツがいたりするんだ。

「お前らも帰れ! こいつと二人で話がしたいんだ」

「えー? なんだよオレら邪魔者ー?」

 いつも千葉くんといる二人が抗議する。

「帰れ」

「何だよ、その言い方」

「帰れっつってんだろ!」

 にらみ合いが始まる。ふと振り返ると、何人かが残って僕らの様子を見ている。やばい、これは告げ口コースだ。


「千葉くん」

「何だよ!」

 そっちから呼び止めておいて、何だよはないだろ。腹が立ったけど、状況はそれどころではない。僕は小声で言った。

「告げ口される」

 その一言で、三人とも我に返ったようだ。気まずそうに目をそらす。二人は「バーカバーカ」を連発しながら、走って教室を出ていった。残っていた人たちも、後を追ってバタバタと駆けだしていく。静かになった教室に、僕と千葉くんだけが残った。



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