向かい合う
月曜日の朝、僕は六年生の教室の前で日野さんを探した。あの日は動揺していて、お礼も言わずに帰ってしまった。ちゃんとけじめをつけないといけなかった。
「あ、日野さん!」
「あー、進藤くん!? 大丈夫? 体調」
「え?」
「え? 八嶋先生が、進藤くん具合悪くなったって言ってたけど」
八嶋先生が、そんな風に言ってくれてたなんて。なんだか、また泣きそうになる。
「うん……大丈夫」
「そっか、よかった」
そのまま教室に入っていこうとする日野さんを、僕は、あわてて呼び止めた。
「日野さん!」
「んー?」
「当番代わってくれて、ありがとうございました!」
日野さんは一歩後ろに戻った体勢のまま、笑って言った。
「こちらこそ、いつもありがとうねー、代わってくれて」
やっと一回返しただけだから気にしないでー、と続けながら、日野さんは教室に入っていった。
失敗しない人なんて、いない。
失敗したあと、カバーする方法をたくさん用意しておく。
失敗したことは、反省が終わったら振り返らない。
僕は学んだ。
無駄にはしない。
当番表は広げてクリアファイルに入れて、ランドセルから出して机に移しておくことにした。これで見るチャンスが、ぐっと増える。
僕の失敗をカバーしてくれた人もいた。当番忘れを知らせてくれた同じ住宅の孝紀くん。落ち着かせてくれた佐々木先生。それに、八嶋先生。僕は昼休みにお礼をして回った。みんな、笑顔だった。
「おい、ポン太」
放課後、ランドセルに教科書やノートをしまっていると、千葉くんが声をかけてきた。最初はポン、だったのにポン太になってる。いつの間に太がついたんだろう。
「そのポン太っての、やめてくんない?」
僕は、けっしてタヌキに似てない。丸顔じゃないし太ってもないし、むしろやせてるほうだ。千葉くんが「中国語で友達のことを『朋友』という」ってネタを持ってきたのが、そもそもの始まりだった。
「ちょっと話あんだけど」
僕の話は無視かよ。中国語にもタヌキにも恨みはないけど、ポン太って呼ばれるのは好きになれない。
「図書室行くから」
「おい! 話あるっつってんだろ!」
千葉くんの声を無視して、僕はランドセルを閉じて肩にかけ、立ち上がる。
「おい! 無視すんな! ポン太!」
「ポン太って呼ぶなっ!!」
自分がびっくりするぐらいの大声が出た。教室が、一瞬静まり返る。すぐに「何?」「ケンカ?」「先生呼ぶ?」とかの小声が、重なってざわめきになっていく。
「うるせー! 何でもねえよ! さっさと帰れバーカ!」
今度は、千葉くんが声をはりあげた。ざわめきの中身が「何だよあれ」「感じわるーい」「帰ろ帰ろ」とかに変わる。こんなとき、わざわざ「千葉くんと進藤くんがケンカしてまーす」なんて、職員室に言いに行くヤツがいたりするんだ。
「お前らも帰れ! こいつと二人で話がしたいんだ」
「えー? なんだよオレら邪魔者ー?」
いつも千葉くんといる二人が抗議する。
「帰れ」
「何だよ、その言い方」
「帰れっつってんだろ!」
にらみ合いが始まる。ふと振り返ると、何人かが残って僕らの様子を見ている。やばい、これは告げ口コースだ。
「千葉くん」
「何だよ!」
そっちから呼び止めておいて、何だよはないだろ。腹が立ったけど、状況はそれどころではない。僕は小声で言った。
「告げ口される」
その一言で、三人とも我に返ったようだ。気まずそうに目をそらす。二人は「バーカバーカ」を連発しながら、走って教室を出ていった。残っていた人たちも、後を追ってバタバタと駆けだしていく。静かになった教室に、僕と千葉くんだけが残った。




