変化
「お母さん、先生から電話あった?」
冷蔵庫に買ってきた食材をしまっていたお母さんの手が、一瞬止まったように見えた。
「あったよ、金曜日」
「なんて言ってた?」
「なんて?」
「連絡帳に書いてたの、そのことでしょ?」
お母さんは一度僕の顔を見て、それから冷蔵庫の扉を閉めた。エコバッグを壁のフックに掛ける。
「僕は大丈夫だよ」
「じゃあ、そっちで。ジュース飲む?」
「飲む」
僕はグラスを出して食卓の定位置に座る。お母さんが野菜ジュースを持ってきた。
――「で、話って何?」
今日は、当番表を何度も見た。大丈夫だ。
「金曜日、お前んちにも電話いったろ?」
「え? 知らないけど」
「あー? マジかよ、オレなんか母ちゃんに説教されたのに!」
千葉くんによれば、先週の学級会の話らしい。内容は、掃除問題の続きだった。
「いつものことじゃん。僕ら、問題児童だし」
毎週金曜日に、その週の僕らの「問題」をまとめて電話してくる担任を、僕らは「金曜の悪魔」って呼んでる。電話を受けた親が、みるみる不機嫌な顔になるからだ。うちの親が言うには、僕の「問題」よりも担任の言い方が不機嫌のもとらしい。
「で、最後に必ず『息子さんは協調性がないですよねー』って言うんだよなアイツ! 協調性って何だよ、黙ってみんなと同じにしろってことだろ、オレ嫌なんだよそういうの」
なんとなく分かってきた。千葉くんが掃除をしない理由。掃除をしたくないんじゃなくて、みんなと同じ、が嫌なんだ。
「『個性を出しましょう』とか言っといてさー、人と違うことしたら『協調性がない』だろー? どうしろっつーの? オレ、クラスの邪魔者?」
僕は、千葉くんの目を見た。なんで僕にこんな話をするのかと思っていたけど、分かった。僕らは同類だ。千葉くんの言葉は、僕がずっと自分の中で繰り返していた疑問そのものだった。
「『あなたのせいで、みんな迷惑してるの』」
担任の口調をまねて言ってみる。千葉くんは一瞬キョトンとしたけど、すぐに返してきた。
「『あなたはクラスの団結を乱すわねー』」
顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「『どうしてみんなと同じにできないの』」
「『そんなんじゃ将来困るのは自分よ』」
「『分かる?』」
「『分からないから、こういうことするのよねー』」
先に僕が、そして千葉くんが吹き出した。おなかの底から笑いがこみ上げてきて止まらない。僕らは「腹いてえ!」「『キョーチョーセイ!』」「やめろー!」とか言い合いながら、しばらく笑い続けた。廊下を通る人が、チラチラとのぞいていった。
「ねえ、なんで僕に話をしたの?」
涙をぬぐいながら、僕は千葉くんに聞いた。
「んー、お前なら分かりそうだったから?」
千葉くんも涙をぬぐう。時々、小さく思い出し笑いをしているのを見ると、僕もつられて笑いそうになる。
「最近、お前変わったよな」
「え?」
「前はさ、なんて言うか理屈っぽくて、人の意見聞かなくて頑固で」
「ひどいな」
「あ、わり」
そんな風に見られてたのか。でも、たしかにそうかもしれない。以前の僕なら、ここで腹をたてるところだ。今は、不思議と冷静に聞ける。
「でもさ、なんかこう、やわらかくなった? っていうの? 余裕あるっつうの? えーと……」
少し考え込んだ千葉くんが、はっと顔を上げる。
「大人っぽくなった!」
僕には、すごく嬉しい言葉だった。
下校時間まで、僕と千葉くんは話し続けた。
「進藤はさ、先生とか研究者とかになりそうだよな」
千葉くんは、もう僕をポン太とは呼ばない。
「千葉くんは、社長とか政治家とかっぽいよね」
千葉くんがニッと笑う。少し乱暴だけど、リーダーの素質がありそうだ。話してみると、なんとなくひきつけられる魅力がある。声も大きいし。
「オレらが仲良くなったら、困るだろうなー担任」
眉間にシワを寄せてにらみつけてくる担任の顔を想像して、なぜだかすごくおかしくなった。また、二人で笑った。
――「千葉くんと、いろいろ話したんだ。掃除はするようにするって」
「そう! よかったね!」
野菜ジュースを飲みながら、お母さんは僕の話を真剣に聞いてくれている。
「それとね……金曜日、僕、図書室の当番忘れちゃってて」
なんだか、スルッと言えた。
「でも、いろんな人に助けてもらったんだ。みんなお礼したよ。もう忘れないように、工夫もしたし」
ふと気づくと、うなずきながら僕の話を聞いていたお母さんが、じっと僕の顔を見ている。
「朋哉……少し大人になったねえ……」
今度は僕が、お母さんの顔をじっと見た。今日二回目の「大人」。僕は、変わってきているみたいだ。
ウサギのおかげ、かな?




