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僕が行った月の話  作者: 坂本啓
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18/24

後悔

 十月に入った。新月の後、少しずつ太くなってきた月が、もうすぐまた半月はんげつになる。十月二日は、旧暦九月九日。「上弦じょうげんの月」だ。

 僕が月に行った日の「下弦かげんの月」とは逆に、左半分が暗い。あの日は、眠れずにいる間に昇ってきたけど、今回は逆に沈んでいく。

 この月がまた下弦の月になると、僕の月に行ける日々は終わる。ウサギとの日々も、あと半月はんつき




――「もう帰る!」

 大の字に寝転がったまま、僕は叫んだ。今すべり落ちてきたクレーターのふちから、ウサギがのぞき込んでいるのが見える。


「トモ! 大丈夫かい!」


「うるさい! 帰る! 地球に帰っ……」

 後悔したときには遅かった。降りてこようとするウサギとバックの宇宙そらは、僕の部屋の天井に切り替わっていた――




 どうして、こんなことになってしまったんだろう。

 思えば今日の僕は、月に行く前から不機嫌だった。僕がいちばん嫌いな「子供」という言葉を、最悪な形で投げつけられたから。


 原因は、やっぱりというか、担任。

 みんなで話し合って決めた十月のクラス目標を「却下!」の一言で切り捨てたのだ。

 当然、僕らは抗議した。みんなでアイディアを出しあって、一時間かけて決めたのに。学級委員をはじめ、僕や千葉くん、他にも数人が口々に意見した。その時に担任が言ったんだ。

「いくら話し合ったって、子供の考えでは足りないってことがよく分かりました。これからは、目標は先生が決めます」

 あぜんとするしかなかった。女子が何人か泣き出した。学級委員も立ち尽くすなか、黒板に書かれた目標は「人の和を大切にしましょう」。

 つまり、余計な意見は言うな、空気を読め。いつもの担任の口癖どおりの意味だと、誰もが分かった。この人に何を言っても無駄なんだ。教室の空気が暗く重くなっていくのを、本当にあの人は気づいていないのだろうか。

 千葉くんやクラスのみんなとグチでも言い合いたかったけど、こんな日に限って図書室の当番だった。僕はしぶしぶ、本当にしぶしぶ教室を出た。そのモヤモヤを抱えたまま月に行き、ウサギにぶつけたんだ。




――「そっか、それは悔しかっただろう?」


 おなかに飛び込んだ僕をモシャモシャとなでながら、ウサギは話を聞いてくれた。


「ちなみに、みんなで決めた目標は何だったんだい?」


「『なんでも話し合う仲のよいクラス』だった」


「素晴らしいじゃないか! いいメンバーが集まってるね!」


 そう言われれば、僕が知っている限り、いじめは起きていないと思う。僕や千葉くんみたいに浮く存在でも、特に無視されたりはしていない。今まで思ったこともなかったけど。


「みんなが心から『いいクラス』だと思えていれば、本当にいいクラスになれるものさ」


「じゃあ、今の状況、ヤバくない?」

 帰りに会ったクラスの人たちに聞いたところによると、僕が抜けたあとの教室は担任への悪口と「もう学校に来たくない」の大合唱だったらしい。学級委員の二人も「委員を辞めたい」と言っているそうだ。

「担任に言っても無駄だし、雰囲気は暗くなるし、最悪」


「そうだねー。じゃあ、トモはどうする?」


「どうするって……あきらめて三月まで耐えるよ。仕方ないもん」

 本当は、そんなの嫌だ。今すぐ担任を代えてほしい。それが無理なら、なんとか謝らせたい。僕の言葉を聞いたのか心を読んだのか、ウサギの次の言葉が僕をざわつかせた。


「トモも、まだまだ子供だね」


 僕は反射的に、ウサギのおなかから離れた。ウサギは驚くわけでもなく、耳をかきながら僕を見おろしている。


「やれることがあるのに、仕方ないなんて言ってあきらめるのは、大人じゃないよ。子供だ」


 ウサギはいつも通りの表情で言う。皮肉でも嫌味でもない。本当のことだ。ウサギは正しいことを言ってる。


「結果がどうなるかは分からないけど、今思ってることをやってみたらどうだい?」


 分かってる。その通りだ。このまま三月まで耐えるなんて、本当に地獄だ。僕は行かなくてもいいって言ってくれる親がいるけど、みんなはきっと違うだろう。暗い気持ちで、重い足取りで学校へ向かう朝。最悪だ。


 だけど。

 頭では分かってるのに、僕の心が逆らってる。

 大変じゃないか。

 今度こそ、クラスで浮くぞ。

 本格的に問題児童になりたいのか?


「トモ、きみは子供だ」


 顔を上げる。ウサギは、僕をまっすぐ見ている。


「残念だけど、大人にはかなわないこともある」


 焦点が合わない目で、ウサギを見る。ウサギの輪郭が、宇宙にとけて見える。


「だけど、子供には子供の力がある。一人じゃ足りないなら、力を合わせるんだ。味方になってくれる大人を探せ。巻き込むんだ」


 少しずつ、目の焦点が合ってくる。


「トモ、きみは子供だ。大人っぽくても、まだまだ子供だ。それを自覚しないと失敗するよ」


 分かってる。分かってる。同級生より大人っぽくても、僕は子供だ。まだ十歳だ。大人にはかなわないことだらけだ。だけど、だけど。

「うるさい!」

 僕はくるりと後ろを向き、走り出した。クレーターの縁をよじ登り、すべり落ちた。ウサギが追ってきて、僕を助けようとして――




「……僕は、子供だ」

 天井を見上げて、僕はつぶやく。大人って言われると嬉しかった。大人扱いされたかった。だけど、僕は子供だ。まだまだ足りないところが、いっぱいあるんだ。

 枕元の時計をつかんで、時間を確認する。あと十分、月にいられたはずだった。貴重な十分。取り返しはつかない。


「失敗したあとが、大事なんだ……」

 この十分を、必ず意味のあるものにしてみせる。

 僕は明日、もう一歩大人に近づくんだ。


 




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