表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が行った月の話  作者: 坂本啓
ホーム
PR
14/24

失敗

「どうしたの? 進藤くんらしくなかったね」

 金曜日の放課後、僕は職員室で叱られていた。

 図書委員の当番を忘れていたのだ。




 図書室の掃除は、六年生に割り当てられている。

 いたずらやサボりを防ぐため、使うときだけ鍵を開ける決まりなので、掃除の前に鍵を開け、終わったら鍵をかけてある。図書委員の当番は、帰りの会が終わったらすぐに職員室に行き、鍵を借りてきて図書室を解放しなくてはいけないのだ。

 僕は、自分が当番なのをすっかり忘れて、教室で遊んでいた。しばらくすると、うちと同じ住宅に住んでいる六年生が来て、入り口から叫んだ。

「朋哉ー! 図書室並んでるぞ、当番誰だー?」


 血の気が引く、ってのはこの事だ。

 僕はダッシュで教室を飛び出し、図書室に向かった。廊下に七、八人が待っていた。座ってる人もいる。

「あ、トショイイーン! 今日開かねーの!?」

「もう十分以上待ってんだけどー?」

 泣きそうだった。

「すいません! 開きます! 今、鍵借りてきます! すいません!!」

 僕は頭を思いっきり下げて、その体勢のまま階段に向かって走り出した。顔を上げてみんなの顔を見ることができなかった。

 階段をかけ降り、職員室に向かう。僕の様子を見て、すれ違う人たちが振り返っているのが分かる。見ない、絶対見ない。見たら、足が止まってしまう。

 僕が廊下を全力で走っていった足音は、職員室にも聞こえていたようだ。ノックして戸を引くと、席の近い佐々木先生が立ち上がって、こちらに歩き出したところだった。


「失礼、します!」

「進藤か! 今、走ってきたか?」

「はい、あの」

「ダメだろ! 廊下走っちゃ!」

「はい、すいません! あの」

「危ないだろ! どうしたんだ?」

「あの、鍵を……」

 声にならなかった。涙が、ぐいぐいこみ上げてくる。

「鍵? 図書室か?」

「はい……図書室の、鍵を、貸してくださ……い」

 まだ、まだギリギリ耐えられる。僕は鼻をすすった。

「どうした? 大丈夫か?」

 佐々木先生が鍵を持ってきてくれた。僕は受け取ろうと手を出した。すると、脇から大人の手が出てきて、その鍵を取った。


「進藤くん、ここで待ってなさい。先生が開けてくるから」

 図書委員会の担当の、八嶋先生だった。

「でも、僕が当番で」

「いいから。あなた、また走っていく気でしょ? ここにいなさい。佐々木先生、お願いします」

 そう言うと、八嶋先生は早足で行ってしまった。僕は後ろを追いかけようとしたけど、佐々木先生に止められた。

 引っ張られるようにして、奥にある小さな部屋に連れていかれた。ソファに座れ、と言われても立ったままの僕を、佐々木先生が肩を押して無理やり座らせた。

「なんだ、もしかして当番忘れてたのか?」

「はい……」

「それで急いで来たのか」

「はい……みんな待ってて、僕、すっかり忘れて遊んでて」

「そうか、失敗したな。でも、走ったら危ないぞ。今度から気をつけような」

「はい……」

 ひざをつかんだ手の甲に、ポタポタ涙が落ちた。佐々木先生は「落ち着くまでここにいろ」と言って、部屋を出ていった。




「六年生の日野さんに、当番頼んできたから大丈夫だよ。今日は塾ないからオッケーだって。あとでお礼言いなさいね」

 十分くらいで、八嶋先生は戻ってきた。待っていた人たちや、佐々木先生に事情を聞いたらしい。

「珍しいね、進藤くんが当番を忘れるなんて」

 そうなんだ、僕は今まで一回も当番を忘れたことなんてなかった。それどころか、他の人が忘れたときには代わりに開けたし、当番の代わりも引き受けている。人望はないかもしれないけど、仕事はきちんとやってるっていうプライドがあった。

 でも、もうそれも、ボロボロになってしまった。また涙があふれた。


「どうしたの? 進藤くんらしくなかったね」

 僕らしくない。いつもの僕らしくない。いつもの僕は、もっとしっかりしてて、こんな失敗をする人間じゃないんだ。

「悔しいだろうけど、誰でも失敗することはあるんだから、次からしなければいいんだよ」

「はい……」

 悔しい。本当に悔しい。なんでこんな失敗をしてしまったんだろう。

「少し落ち着いた?」

「はい」

「じゃあ、特別に肝油ドロップあげる。みんなには内緒だよ。ここで食べていきなね」

 そう言うと、八嶋先生はどこからか缶を持ってきて、僕の手のひらに肝油ドロップを二粒、のせてくれた。口に入れて、ゆっくり噛む。美味しいから大好きだけど、なんだかまた涙が出そうだった。


「いい? 反省したら、切り替えるんだよ。落ち込んだらダメだよ」

 八嶋先生がいつも言う言葉を聞いて、お礼を言って部屋を出た。佐々木先生にもお礼を言って、担任とは目を合わさずに職員室を出た。

 図書室の前を通らない方の階段を昇る。教室にはもう誰もいなくて、僕のランドセルが机にポツリとあるだけだった。僕は、また同じ階段を降りて、誰とも話さなくて済むように道路だけ見て、走って家まで帰った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ