丸い地球
九回目の夜は、お楽しみイベントがある。新月だ。
毎晩月から地球を眺めていると、だんだん地球が月みたいに思えてくる。最初に見たときは欠けていた地球が、だんだん丸くなっていくのだ。
地球から見る月は、逆にどんどん欠けていく。だったら、完全に見えなくなる新月の時には、地球は真ん丸に見えるんじゃないだろうか。
「よく考えたねー」
三日前にウサギにこの考えを話したら、嬉しそうに目を閉じてほめてくれた。
「ぜひ、トモ自身の目で確かめてごらん」
僕は、うなずいた。だんだん分かってきていた。
ウサギは、簡単には答えをくれたりしない。
僕が自分で答えをつかむヒントを、僕が分かるまでくれるだけだ。
机に置いた月球儀を眺める。地球からは見えない裏側まで、僕は今、手の中で見ることができる。
お父さんにこれを買ってもらった日曜の夜、僕は早速、前の日に買った本を開いて見比べた。僕が月面に立つ場所はいつも同じで、あまり広くない平地だ。近くに山が連なっている。すぐに見当がついた。
「蒸気の海」だ。近くに「アペニン山脈」がある。地球から見える面の、ほぼ真ん中に僕は降り立ったようだ。
すぐ隣に「中央の入江」もある。真ん中というなら、こちらでも良さそうなのに。そう思いながらパラパラと本をめくっていた僕は、あるページに目が止まった。
月の模様のイラストページ。
「蒸気の海」は、ウサギの餅つき模様のウサギの腕あたり。下を向くウサギが見下ろす視線の、ちょうど先だった。
「なるほど……」
初めての日もその後も、僕は毎回、ウサギの鼻先に出現していたことになる。
だから、必ずウサギの顔が目の前にあったのだ。
一つ、謎がとけた。
「トモは、本当にものを考えるのが好きだね」
ウサギは、また嬉しそうに目を閉じる。
このウサギと模様のウサギは、別のものではないってことだ。それに、本を見ていて分かった。世界中が、月の模様をウサギだと思っているわけじゃないんだ。カニとか、本を読むおばあさんとか、女の人の横顔とか、いろいろな見方をされている。
最初の会話を思い出す。
――「きみ、僕がどんな風に見えてる?」
「でっかい白ウサギの……オス」
「ウサギかあ! きみ、ウサギ文化圏の住人なんだね」――
これはつまり、カニ文化圏ならカニに見えるってことだったんだろう。
僕が「月にいるのはウサギ」と思っていたから、ウサギに見えたんだ。
このウサギに見える生き物の正体は、いったい何なんだろう。
ウサギは、僕の心が読めているはずだ。だけど何も言わない。何も言わず、だけど嬉しそうに目を細めて、僕をおなかソファにうずめた。
「さあ、今日はあれを見ないと!」
ウサギが指す先に、真ん丸な地球が浮かんでいた。
「きれい……」
もう八日間、真っ暗な宇宙に浮かぶ地球を見てきた。真ん丸になるのも予想通りだった。だけど今、自分の目で見る初めての「丸い地球」は、僕の心を虜にして離さない。
あの星で、僕は生きてる。
「トモは、あの星で生きていくんだ。楽しいことばかりじゃなくても、何があっても、きみのホームは地球なんだよ」
ウサギが僕をぎゅっと抱きしめる。フカフカの毛に全身を包まれて地球を眺めながら、僕はウサギの言葉をなんとなく聞いていた。
当たり前じゃないか、って。
そう思っていたんだ。
ウサギがどんな表情で僕を抱いていたかなんて、まったく考えもせずに。




