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僕が行った月の話  作者: 坂本啓
往復
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13/24

丸い地球

 九回目の夜は、お楽しみイベントがある。新月しんげつだ。

 毎晩月から地球を眺めていると、だんだん地球が月みたいに思えてくる。最初に見たときは欠けていた地球が、だんだん丸くなっていくのだ。

 地球から見る月は、逆にどんどん欠けていく。だったら、完全に見えなくなる新月の時には、地球は真ん丸に見えるんじゃないだろうか。




「よく考えたねー」


 三日前にウサギにこの考えを話したら、嬉しそうに目を閉じてほめてくれた。


「ぜひ、トモ自身の目で確かめてごらん」


 僕は、うなずいた。だんだん分かってきていた。

 ウサギは、簡単には答えをくれたりしない。

 僕が自分で答えをつかむヒントを、僕が分かるまでくれるだけだ。




 机に置いた月球儀を眺める。地球からは見えない裏側まで、僕は今、手の中で見ることができる。

 お父さんにこれを買ってもらった日曜の夜、僕は早速、前の日に買った本を開いて見比べた。僕が月面に立つ場所はいつも同じで、あまり広くない平地だ。近くに山が連なっている。すぐに見当がついた。


「蒸気の海」だ。近くに「アペニン山脈」がある。地球から見える面の、ほぼ真ん中に僕は降り立ったようだ。

 すぐ隣に「中央の入江」もある。真ん中というなら、こちらでも良さそうなのに。そう思いながらパラパラと本をめくっていた僕は、あるページに目が止まった。

 月の模様のイラストページ。

「蒸気の海」は、ウサギの餅つき模様のウサギの腕あたり。下を向くウサギが見下ろす視線の、ちょうど先だった。


「なるほど……」

 初めての日もその後も、僕は毎回、ウサギの鼻先に出現していたことになる。

 だから、必ずウサギの顔が目の前にあったのだ。

 一つ、謎がとけた。




「トモは、本当にものを考えるのが好きだね」


 ウサギは、また嬉しそうに目を閉じる。

 このウサギと模様のウサギは、別のものではないってことだ。それに、本を見ていて分かった。世界中が、月の模様をウサギだと思っているわけじゃないんだ。カニとか、本を読むおばあさんとか、女の人の横顔とか、いろいろな見方をされている。

 最初の会話を思い出す。


――「きみ、僕がどんな風に見えてる?」


「でっかい白ウサギの……オス」


「ウサギかあ! きみ、ウサギ文化圏の住人なんだね」――


 これはつまり、カニ文化圏ならカニに見えるってことだったんだろう。

 僕が「月にいるのはウサギ」と思っていたから、ウサギに見えたんだ。

 このウサギに見える生き物の正体は、いったい何なんだろう。



 ウサギは、僕の心が読めているはずだ。だけど何も言わない。何も言わず、だけど嬉しそうに目を細めて、僕をおなかソファにうずめた。


「さあ、今日はあれを見ないと!」


 ウサギが指す先に、真ん丸な地球が浮かんでいた。

「きれい……」

 もう八日間、真っ暗な宇宙に浮かぶ地球を見てきた。真ん丸になるのも予想通りだった。だけど今、自分の目で見る初めての「丸い地球」は、僕の心をとりこにして離さない。


 あの星で、僕は生きてる。


「トモは、あの星で生きていくんだ。楽しいことばかりじゃなくても、何があっても、きみのホームは地球なんだよ」


 ウサギが僕をぎゅっと抱きしめる。フカフカの毛に全身を包まれて地球を眺めながら、僕はウサギの言葉をなんとなく聞いていた。

 当たり前じゃないか、って。

 そう思っていたんだ。


 ウサギがどんな表情で僕を抱いていたかなんて、まったく考えもせずに。







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