学校生活①
私にとって学校生活は苦痛以外の何ものでもない。
勉強は嫌いじゃないし、むしろ色々な知識を得られるのは好きな方だ。
代わりに体育の授業はとても嫌な時間だった。
それは運動が苦手だということが理由ではない。
人と関わることがとても多いからだ。
勉強とは違い個人プレーでないものは基本的に苦手である。
そうだ…とにかく昔からコミュニケーションを取るのが嫌で仕方がない。
特に団体行動が求められる世界では致命的だ。
とはいえ、軽く揶揄われたことはあっても、今まで別に深刻ないじめを受けたことはない。
だから、学校に来るのが苦痛というよりは人の輪の中に入るのが極端に苦手なのだ。
自分の鈍臭さやオドオドとした性格がきっと人に迷惑をかけると思ってしまって、気がつくと上手く輪の中に入れない自分がいつもそこにいた。
それは高校二年生になった今でも改善されることなく生きてきた。
いや、むしろ悪化しているようにも思える。
用があれば誰であっても無視されずに私に話し掛けてはくれる。
しかし、必要以上に誰も私なんか相手にしないのが普通の反応だ。
だけど、私のクラスには二人だけ例外がいた。
その一人目は私と小学校から一緒である四柳れいことれいちゃんだ。
れいちゃんは昔から明るく面倒見のいい子で周りからの人望も厚い。
よく言えば優しい。
悪く言えばお節介だ。
なので、こんな私にも偏見なく接してくれるし、昼ごはんを食べる時もれいちゃんのグループの輪に入れてもらっている。
勿論、れいちゃん以外の人は私をよく思っていないだろう。
輪の中に居ても何も話さないのだから、気持ち悪がられているのは態度で分かる。
だから、心中では私をグループの輪から追い出したいと思っている筈だ。
でも、れいちゃんの人望がそれを許さない。
きっと、れいちゃんがいなければ私の学校生活はもっと苦痛で孤独なものになっていた筈だ。
しかし、たまにれいちゃんの優しさが重みになることがある。
れいちゃんは私のためを思って、色々と私をクラスメイトとコミュケーションを取れるようにと配慮してくれる。
何とも有り難いことなのに、私はそれをお節介だと思ってしまう。
勿論、頭ではれいちゃんの優しさは分かっている。
でも、人には向き不向きがあるから…
そして、例外の二人目が五十嵐 秀二こと五十嵐くんだ。
五十嵐くんもれいちゃんと同様に人望が厚い。
そういう人はやはり余裕があるからなのか基本的に誰にでも優しい。
だから、私にも例外なく優しく接してくれるのだろう。
五十嵐くんはきっと私なんか相手にしないのは分かっている。
でも、やはり優しく接してくれるとどうしても好意を抱いてしまう。
しかし、それは異性が好きとかいうものではない。
単純に人として五十嵐くんの優しい人柄が好きなだけ…
だから、彼の見返りなんて求めてない。
ただ、五十嵐くんと話せるだけでいい…




