帰宅①
「ただいま」
鍵を開けて、玄関の扉を開いた。
靴を脱がずに玄関口で少し待った。
すると、リビングから母が現れる。
「おかえり…遅かったわね?また、寄り道してたでしょ?」
母は腰に手を当てながら、少し剥れた表情を見せた。
「ごめんなさい。友達とちょっとカフェに…ついつい話に夢中になってて遅くなっちゃった」
と母に嘘をついた。
本当は母の知らない骨董品店に行っていたとは言いたくない。
別に悪いことをしている訳ではないのだから、わざわざ嘘をつかなくてもいいのだけど、少なからず「友達」というワードの方が母は安心する筈だ。
「…もう、しょうがないわね。七海は携帯持ってないから連絡取れないし、お母さん心配で…」
そう…私は携帯電話を持っていない。
今時の高校生ならほとんどの人は自分の携帯電話を持っているだろう。
母に何度か携帯電話を持つように勧められたが、私は首を縦に振らなかった。
いつも、まだ必要ないからいいよと断る。
「ごめんね。携帯持ってないからこそ、友達との時間は大切なの」
また、嘘をついた。
「…まあ、いいわ。寄り道は構わないけれど、あまり遅くならないでね」
「うん、わかった」
そう答えてから靴を脱いで家へと上がる。
それから母の横をすり抜けて、リビング横の洗面所で手を洗ってうがいをする
「晩ご飯の支度出来ているから、着替えてきなさい」
背中越しに母に言われて、二階にある自分の部屋に向かう。
その前にリビングのテーブルの上を一瞥する。
テーブルの上には二人分の夕食が用意されていた。
…今日も帰って来ないんだ。
そう、心中で呟きながらリビングを出て階段を上っていく。
自分の部屋に入り鞄を置き、すぐに部屋着に着替える。
そして、リビングに戻ってくるとやはりテーブルの夕食に目がいってしまう。
…父の分がない。
そう思いながらも、それを悟られないように振る舞いながら、母とたわいない話をして夕食を楽しむ。
普段、外では暗い私でも、流石に自分の家の中までは暗くはない。
でも、心の片隅に父のことがあるので、母に向けた笑顔の裏では笑えない私がいた。
おそらく母自身もそうだろう。
「今日もお父さんは家に帰って来ないの?」
と母に訊けたらどんなに楽だろう。
でも、臆病者の私はそれをしない。
母が悲しむ顔が見たくないから…
というのは私の中ではきっと建前であり、本音は私のひと言で何かを壊したくないからだ。
…私のせいにはなりたくない。
そう、私は自分のことしか考えていない最低な人間なんだ。




