何かの冗談?
土砂降りの中、なんとか家へと辿り着いた。
六倉さんの言う通り、大きめの傘で正解だった。
しかし、靴の中はすっかり雨で濡れてしまっている。
早く、家に入って靴下を脱ぎたい。
鞄から取り出した鍵で玄関の扉を開けて中へと入る。
「ただいま…」
帰宅の挨拶を口にした矢先、玄関口に父の靴があることに気がついた。
そして、リビングから何やら話し声が聞こえてくる。
いや、正確には言い争う声だ。
玄関で濡れた靴下を脱いでから、それを持ってリビングへと歩いて行く。
父と母の言い争いは今に始まったことではないので、その喧嘩に特に狼狽えることはないが、やっぱり聞かなくて済むならそれに越したことはない。
リビングを抜けてさっさと洗濯物籠に靴下を入れて、自分の部屋に行こう。
そう思ってリビングの扉に近づいた。
「だから、あの時言っただろ!こうなった時にあの子が可哀想なことになるって!」
といつもは優しい口調で話す父の怒鳴り声が扉越しに響いてくる。
父の言うあの子とは私のことだろう。
内容に少し惹かれたので、扉を開けずに二人の話に耳を傾ける。
「何、言ってるのよ!あなただって最後には何とかなるって賛成したじゃない!」
母が続いて怒鳴り返す。
二人は私が帰っていることに気づいてない。
今、私がこの扉を開ければきっと言い争いはやめてくれるだろう。
…でも、それは根本的な解決に至らない。
なら、気が済むまでそれぞれの想いをぶつけた方が二人のためになるのではと思った。
…その先で例え離婚したとしても、私を言い訳にされるよりはマシだ。
なので、靴下を入れにいくのは諦めてしばらく自室で大人しくしようと階段に向かおうとした。
「それは軽率だったと思っている…でも、俺たちがこんなことになるなら七海は引き取らない方が良かっただろ…」
父がややボリュームを下げて答える。
でも、私の耳にはさっきの怒鳴り声よりも鮮明に聞こえた気がした。
「…そうね。引き取るときは二人であの子を幸せにしようって誓ったのに…私たちがこれじゃあ違う人たちに育てて貰った方があの子は幸せだったかもしれないわね」
背中越しに聞こえた母の言葉に思わず濡れた靴下と鞄を床に落とした。
その音に気がついたのか、リビングの扉が勢いよく開く。
「な、七海!?」
両親が声を揃えて私に驚いた。
仲が悪いくせにこんなところは息がぴったりでなんだか笑えてくる…
「…いつからそこにいたんだ?」
父が私に近づいてくるのが足音で分かる。
「来ないで!」
背中越しに怒鳴る。
自分でも怒鳴った自分に驚いた。
きっと突然のことに頭の整理がつかず、感情が抑えられなくなっているのだと思う。
「…七海」
母の悲しそうな声で、さっきの二人の会話に嘘がないことが分かる。
それが余計に居たたまれなくなる。
今からでも嘘だと言ってよ…
せめて言い訳くらいしてよ…
「…ねえ?私はお父さんとお母さんの本当の子供じゃないの?」
二人の方を見ずにそう訊ねた。
とても、今は父と母の顔を見られない。
「…とりあえずリビングで落ち着いて話そう」
「そうよ七海…落ち着いてお母さんたちの話を聞いてちょうだい」
…話を聞く?
何の…?
私が本当の娘じゃないって話?
「そんな話聞きたくない!!」
そう叫んだ私は玄関へと駆け出す。
裸足のまま濡れた靴を履いて玄関の扉を勢いよく開けた。
外は相変わらずの土砂降りだ。
「七海、待ちなさい!」
母の静止を振り切り、傘もささずに雨の中へと飛び込んでいく。
…何なのこれ?
…何かの冗談?
ただでさえ、この世界に私は不向きだと痛感した矢先に実は両親は本当の両親ではなかった?
笑えてくる…
初めはしばらく走っていたが、急に走る気力がなくなって歩き始める。
…悲しい気持ちはあるけど、雨で涙が出ていることさえ分からない。
ただ、雨に打たれながら自分でも気味が悪いと思うほど変に笑いながら歩いている。
行き先はひとつしかない。
どうしよう…貸してもらった傘を持ってくるのを忘れちゃった…
土砂降りの雨の中を20分くらい歩いて、ようやく目的地に辿り着く。
「…何やってるだろ私?」
ショーウィンドウに映るびしょ濡れの自分を見た時、ふとそう口にした。
…今の私にはここしか来るところがない。
果たして目の前にある七つの絵は私を歓迎してくれているだろうか…?
「おやおや、今度はびしょ濡れじゃないですか?」
またいつの間にか後ろに六倉さんが立っていた。
よく考えたらいつも店の入り口の扉の開く音に気づかない。
もしかしたら毎回、私に気づかれないようゆっくりと扉を開けているのだろうか?
だとしたら六倉さんはとてもお茶目な性格なんだなと思わず笑えてくる。
…でも、今は表情に出して笑えない。
「六倉さん…」
六倉さんの方を見てそう呟いた。
今の私は一体、どんな顔をしてるのだろう?
泣いている?怒ってる?笑っている?…それとも無表情?
…もう、自分でもよく分からない。
「さあ、早く中へ。話はそれからです」
六倉さんが私の肩を持って、私を店の中へとエスコートする。




