覚悟
「七海さんさえ良ければ、私と一緒にエヴァへ行きませんか?」
六倉さんの言葉に一体何の冗談かと思うも…あまりに信憑性のある六倉さんの話を思い出すと、否定的な考えがスッと消えてゆく。
「…エヴァって本当に存在するんですか?」
恐る恐る六倉さん確認をする。
六倉さんはそっと目を瞑った。
「あなたがそれを望めば自ずとエヴァへの扉は開きますよ」
と随分と意味ありげな答えが帰ってきた。
「…ただし、一度エヴァへと足を踏み入れてしまうと二度と戻って来られないかも知れません。その覚悟が七海さんにあるのであれば、私はあなたをエヴァの世界へと誘いましょう」
六倉さんがパッと目を見開き、力強い目で私を見た。
…覚悟。
二度この世界には戻れない…?
本当に私はこの世界に未練はないのだろうか…?
すると、脳裏に父と母の優しい顔が浮かんできた。
その瞬間、急に胸が痛んだ。
「…少なくともあなたがいなくなると悲しむ方はいるようですね?」
六倉さんが私の表情を読み取ったのか、そう言って笑みを浮かべた。
六倉さんの言う通りだ…この世界には私の居場所はないなんて、私の一時的な感情が思わせたことだ。
たしかに両親は仲が悪い。
…でも、父も母も私には優しい。
なら、六倉さんが言うように例え本当にそんな世界が存在するとして、私が行ってしまったら両親はきっと悲しむに違いない。
「あなたの今思っていることが正解ですよ」
と優しく六倉さんが私を諭す。
もしかしたら、私にそれを気づかせてくれるために六倉さんはエヴァが存在するという嘘をついたのかもしれない。
「…さあ、暗くなる前に家に帰った方がいいですね。傘はお貸ししますよ」
「いえ、傘は持っているんです。ただ、ささなかっただけで…」
と鞄の中から折り畳み傘を取り出して見せた。
「今は雨脚が随分と強くなっています。それでは少し小さいので大きめの傘の方がいい。いつでもいいので返しに来て下さい。その時はまた別の話で七海さんの現実逃避のお手伝いをしますよ」
と相変わらず優しい表情と声で私を元気づけてくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて傘はお借りしますね」
そう言って、椅子から立ち上がった。
タオルを六倉さんに返して、鞄を忘れずに持ってから店の出口へと向かう。
出口の扉の前で六倉さんに傘を手渡された。
再度、お礼を言ってから扉を開ける。
すると、外はすっかり土砂降りになっていた。
外は雨ということもあり薄暗いけれど、今から帰れば暗くなり切るまでには家に帰れそうだ。
「また、お話たくさん聞かせてくださいね」
ここへ来る前より感情は随分と落ち着いた。
六倉さんのお陰だ。
「ええ是非。またのお越しをお待ちしています。気をつけて帰って下さいね」
六倉さんが軽く会釈をする。
「あ、あの…」
恐る恐る口を開いた。
「…どうかしましたか?」
「…い、いえ何でもありません。本当に何から何までありがとうございました」
と本当に言いたい言葉を飲み込んだ。
貸して頂いた傘をさして、雨の中に飛び込んでいく。
すぐに振り返って六倉さんに傘ごと会釈をする。
そして、前に向き直り家路を急ぐ。
…本当は六倉さんにこう聞きたかったのだ。
エヴァの世界は本当に存在するんですか?
でも、言えなかった…あれが六倉さんの嘘だとしても結果、私は六倉さんの言葉に救われた。
…今はそれでいいような気がしたんだ。




