現実なんていらない②
「…ううん。ところで話って何?」
五十嵐くんと少し距離があるところから恐る恐る訊いた。
すると、五十嵐くんがフェンスから背を離して、私に近づいてくる。
思わずドキドキしてしまう。
そして、私との距離が人一人分のところで五十嵐くんが立ち止まる。
「一ノ瀬、実は…」
五十嵐くんが少し恥ずかしそうな表情をみせた。
胸の高鳴りを必死に抑えながら、黙ってそれを見つめる。
「ごめん!やっぱり俺、出来ない!」
突然、五十嵐くんが頭を下げて謝った。
「…えっ?」
…何?
すると、屋上の出入り口の後ろからクラスの男子が三人現れた。
それに気づいた時、すぐに状況を把握した。
五十嵐くんは私に謝ったんじゃない…きっと、あの男子たちに謝ったんだ。
「おいおい…何やってるんだよ秀二?」
「しらけるわ〜せめて告ってからやめろよな」
「ちゃんとやれよ…まあ、それなりに面白かったからいいけど」
男子がそう言いながら私と五十嵐くんの方に歩み寄ってきた。
「勘弁してくれよ…やっぱりこれはやり過ぎだって…」
五十嵐くんが右手で頭を抱えながらそう言った。
「ごめんな一ノ瀬。これは昨日トランプで負けた秀二の罰ゲーム」
「もしかしてマジで告白とかされるって思った?」
「やっぱり一ノ瀬を選んだ俺って神だわ」
と五十嵐くんの代わりに男子たちが説明してくれる。
「いい加減にしろってお前ら!ごめん!本当にごめんな一ノ瀬」
と五十嵐くんが今度はちゃんと私に向かって謝った。
…何これ?
ぐっと顔を下げて、屋上の出入り口へと走った。
「一ノ瀬!?」
後ろから五十嵐くんの声が聞こえたけれど、振り返らずに階段を駆け下りていく。
…馬鹿だ。
何が期待しないだ…思いっきり期待してるじゃないか私。
分かってた…五十嵐くんが私なんかを好きになるなんて万が一の可能性もないと…
なのに何であんなにドキドキしてるの?
馬鹿なの?
自分で自分をどうしようもなく怒鳴りつけたかった。
私はシンデレラにはなれない…
そう現実の世界は物語の世界のように上手くはいかないのだから…
屋上から一気に階段を駆け下りたので、自分のクラスがある階まで下りてくるのと、階段の踊り場の手摺りに掴まって息を整える。
そして、少し落ち着いたところで自分の教室に向かった。
あとで、五十嵐くんが教室に帰ってきた時、私はどんな顔をしたらいいのだろう?
誰か教えてよ…
と今にも泣きそうな気持ちのまま、教室のドアに手を掛けた。
その時、教室の中かられいちゃんの声が聞こえてくる。
「えっ、七海?」
「そうよ。れいは一ノ瀬のことどう思ってるのよ?まさか、友達とか言うんじゃないでしょうね?」
「私も気になってた。なんであんな暗いやつをずっとれいが気にかけてるんだろうって…」
教室から聞こえくる会話に私の動きはピタリと止まった。
やめて、そんな質問しないで…
いっそのこと教室に入ってそう叫ぼうと思った。
…でも、そんな勇気が私にあるわけない。
大丈夫…優しいれいちゃんなら、きっと私のことを友達だと言ってくれる筈だ。
と私は心中でれいちゃんを信じた。
れいちゃんは質問に答える代わりに突然、笑い出した。
「れい…?」
れいちゃんの行動に周囲も一瞬、固まった。
「友達とか言わないわよ。ただ小学校から一緒なだけ。ほんと、変なこと聞くから一瞬、笑っちゃったわよ。そうね、気にかけてるのは私が優越感に浸りたいからかもね。まあ、要は私の気まぐれってこと」
離れているのに目の前で訊いたかのように鮮明にれいちゃんの言葉が突き刺さった。
その場に居られずに私は一人ゆっくりとした足取りでトイレへと向かった。
…ほんと馬鹿だ私は。
何を勘違いばかりして期待しているんだろう?
必死に今にも溢れ落ちそうな涙を堪えた。
このまま、学校を飛び出して行きたかったけれど、そんな度胸もなく、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に教室に戻った。
何も見ずに何も聞こうとせずに…
午後からの授業を終えると、すぐに帰り支度をして、逃げるように教室から出て行った。
五十嵐くんが屋上で逃げた私を気にしてこっちを見ていたかもしれない。
昼休みの会話を聞いていたなんて知らないれいちゃんが何事もなかったように私に話し掛けようとしてくれたかもしれない。
…いらない。
私にはどちらもいらない…現実を忘れさせてくれる七枚の絵さえあれば私は救われるのだから…




