事故物件を作る人
目の前には怒りの形相を浮かべた、白い服の男たちがいた。ドスドスとホールに足音を響かせている。
薄暗いホールで表情は見えづらくとも、その怒りはありありと伝わってきた。
外の非常階段から逃げるべきか。エレベーターの方に素早く視線を向けると、そこにも二人組の男がいた。誰もが私を見つけて、こちらに駆け寄ってくる。
やばい。これじゃ私が囮にすらならない。
ジリジリと男たちとの距離が詰まる。私は咄嗟にハサミを前に振りかざして叫んだ。
「それ以上、近づかないでっ!」
ホールに私の声が響く。
ハサミの刃がキラリと光った。
先頭にいた男がハサミを見て足を止め、怒鳴り散らす。
「お前は一体、何者なんだ! そんなハサミを振りかざして! いたずらの弁償はしてもらうからなっ」
それで「はい」と返事をするわけがない。
とりあえず捕まったら、このハサミをめちゃくちゃに振り回して暴れてやろう。そう固く心に誓ったとき。
コツン、コツンと。
ホール横にある階段から足音が響いた。
私と男たちはビクッと体を震わせ、そちらを見た。
またコツン、コツンと足音がする。
それはとても優雅な足取りだった。
まるで夜の散歩を楽しむかのような軽やかさで、場違いな靴音。
その音がだんだんと近づき、靴音の主はおっとりと私たちの前に現れた。
薄暗い明かりの中でも、華やかなハニーブロンドの髪がきらりと光る。
白い服は男たちと違い、上衣の裾が長くて優雅に揺れていた。
まるで舞台俳優のような、華やかで目を引く美貌に釘付けになる。
「あ」と、小さく架紀ちゃんの声がした。彼女は緊張の糸が切れたかのように、その場で倒れ込んでしまった。
「!」
私はそれに構う余裕が今回ばかりはなかった。
オリーブグリーンの瞳──漆喰さんと同じ、あの美しい瞳。
漆喰輝夜が、目の前に現れたからだった。
──こんな時にっ!
ハサミを握る手に力が入る。
この場を切り抜ける策が全くなく、焦燥感に身を焦がしていると──オリーブグリーンの美しい瞳が、ちらりと男たちを見据えた。
そして歩みを止め、朗らかに喋り出した。
「そこにいる女の子、僕のお友達なんだ。迷惑をかけてごめんね。ちょっと話をするから、皆は部屋に戻っていてくれるかな?」
輝夜さんに話しかけられると、さっきまで威勢のよかった男たちが急にたじろいだ。
「な、何を勝手なことを。そのショートヘアの女は、部屋に火をつけたり、信者をたぶらかしたりした不届き者だぞっ!?」
声を上げた男の後ろで「そうだ、そうだ」と同調する声が上がる。
それに対して輝夜さんはくすっと笑って、さらりと髪を揺らした。
「元気いっぱいって感じだね。君たちは、そんな子よりも『何をしても反応しない子』の方が好きなんでしょ? もう待ったはかけないから、上に戻って遊んできていいよ」
穏やかな物言いだが、犬に命令するような口調だ。
それに対して男たちは「ぐうっ」と低い唸り声を発したが、すぐに命令に従うことはなかった。
「もう一回だけ言うね──戻っていいよ」
その言葉の裏に「この場から消えろ」という圧を感じるには、それで十分だった。
「ふ、ふんっ。健照様のお気に入りだからって、いい気になるなよ小僧。あとでちゃんと説明はしろよ」
「はーい。あと、どんな声や音がしても絶対に、朝まで下に降りてこないでね」
「呼ばれても来るものかっ!」
男たちは文句や舌打ちをしながら、ゾロゾロと奥のエレベーターへと帰っていった。
白い服を着ているせいか、まるで白狼に睨まれて逃げていく羊の群れのようにも見えた。
この場には男たちの怒りの気配が微かに残っていたが、「ほんと、無能って感じ」という輝夜さんの冷笑で、それすらも綺麗さっぱり消えた。
私はビクッとしながらも、ハサミを輝夜さんに突きつけた。
神社で会ったときと変わらぬ優雅さ。
それはこの異様な場面であっても変わらなかった。
「やぁ、宮ちゃん。そんな危ないものを人に向けたらだめだよ?」
「……タイムオーバーだから、ここに来たの?」
死ぬほど緊張しているのをひた隠しにして、冷静に尋ねる。手に持つハサミがなければ、膝から崩れ落ちそうだった。
「いや、あと五分ほど残っている。せっかく宮ちゃんが来てくれたのに、何もしないのはつまらないし……上でちょうど映画を見終わったから、休憩がてら来てみたんだ」
「映画?」
「そう。『去年マリエンバートで』っていうやつ。劇中の音楽が好きでね」
その言葉に私は絶句する。
この人、私に多めに時間をくれたのは「おまけ」とかじゃなくて、単に自分が映画を見ていたからだ。
こっちは必死でここまで来て、大変な思いをしたのに。
この人にとっては、これは──映画の終わり、エンドロール程度の延長でしかないのだと分かった。
ぎりっと歯を食いしばる。




