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「!?」


何事かと後ろを振り返ると、架紀ちゃんがくったりとその場に崩れ落ちていた。


「架紀ちゃんっ、大丈夫!?」


「足首が……いたっ」


その場で足首をさする架紀ちゃん。どうしよう、捻挫したのかもしれない。

心配して駆け寄るが、上の階からカツン、カツンと降りてくる複数の足音に、はっとした。

──こちらに誰か来る!

ゆっくりしている時間はないっ。


力を振り絞って架紀ちゃんの体に腕を回し、無理やり立たせた。


「架紀ちゃん、ごめんっ。もうちょっとだけ頑張って……!」


私は返事も待たずに、架紀ちゃんの肩を抱いて、一階ホールへとよたよたと走り出した。

ホールは来たときと変わらず薄暗い。


目の前にガラス張りの入り口が見えているのに、ひどく遠くに感じる。


「はっ、はっ、あと、もう少し……!」


時計を見ていないから、タイムリミットまであとどれくらいか分からなかった。

輝夜さんが現れないということは、まだタイムオーバーではないのだろう。

いや、タイムオーバーだろうが知るもんか。絶対にここを出て行ってやる。

なのに、スピードは下手な二人三脚ほども出なかった。


「まずいな。このままじゃ、追いつかれちゃう……!」


後ろが気になる。

このままでは絶対に追いつかれて捕まる。

額を伝うのは汗か、それともスプリンクラーの水滴か。


どこかで一度態勢を立て直さなければならない。けれど、身を休められる部屋なんてここにはどこにもない。


「どこか、隠れなきゃ……!」


必死に周囲を見渡したとき、受付カウンターが目に入った。


「あの後ろなら隠れるかもっ」


コの字型のカウンターを目指し、滑り込むようにその裏側へ倒れ込んだ。

力ずくで架紀ちゃんの柔らかい体を、ぐっとカウンターの下に押し込む。

架紀ちゃんが苦しそうに呻き声を上げたが、それよりも大きな声がホールに響き渡った。


「誰かいるのかっ!」

「不法侵入者め、出てこいっ」

「お前は大ホール側を頼む。お前は信者たちを部屋に集めろ。スプリンクラーは誤作動だと言え」

「ったく、せっかくこれからだったのに……!」


がやがやと足音を立てて私らを探す人たちの声に、生きた心地がしなかった。

でも、出口はすぐそこ。もう少しだ。

──大丈夫。もう少し頑張ったら、漆喰さんと白狐様が来てくれる。


私はそう信じて、バッグからハサミを取り出し、ぐっと強く握り締めた。

不思議そうに私をぼんやり見つめる架紀ちゃん。

彼女の身に何が起こったのかは分からない。

けれど今までの状況を考えれば、洗脳に近いことが行われたのだと想像できた。


怒りで目の前が真っ白になりそうだった。

私は歯を食いしばって言葉を紡ぐ。

蟻の囁くような小さな声で、架紀ちゃんに語りかけた。


「架紀ちゃん。あのね、私はずっと架紀ちゃんのことが羨ましいと思っていたよ。しっかり事務職をして、バリバリ仕事をこなして、お母さんを支えていて凄いなって……私は特に夢も目的もなくて、実家に甘えっぱなしで……」


「宮ちゃん……?」


「架紀ちゃんのお母さん、心配してるから。だから帰ろう。ここは架紀ちゃんの家じゃない。私が……時間を稼ぐから、架紀ちゃんはこのまま、まっすぐ扉を出て行って」


自分の身は自分で守ると漆喰さんに約束した。

だから、もう少し頑張らないといけない。

ハサミを強く握り締め、私は笑った。


それから、音を立てないようにバッグからペットボトルとミントタブレットを取り出し、架紀ちゃんに押し付けた。


「架紀ちゃん、そのミントタブレット好きでしょ? あげる」


「あ──」


その瞬間。架紀ちゃんの目から涙が溢れた。

ポロポロと零れ落ちるたびに、瞳に輝きが戻っていく。

それを見てもう大丈夫だと思った。

架紀ちゃんがやっと戻ってきた。

安堵が広がり、ふっと油断した拍子に、脇に置いてあったバッグをドサリと倒してしまった。


「!」


ホールに音が響き、すぐに「そこに誰かいるのかっ!?」と、こちらに向かってくる声がした。


泣いている架紀ちゃんに「じゃ、またあとで」と告げ、私は覚悟を決めてカウンターを飛び出した。

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