③
あぁっ! 怖い! 嫌だ!
こんな建物になんか、一歩たりとも入りたくないっ。
私の恐怖心が暴れ出そうとしているのに、足はまっすぐにガラス扉へと向かった。
「やっぱり幽霊なんかより、人の方がずっと怖い。でも、輝夜さんなんかに負けてたまるかっ」
どう見ても勝ち目が薄いのは私だって分かっている。けれども、ここまで来てしまった。
やるしかないという気持ちを嘲笑うかのように、自動扉はすいっと、左右にあっけないほど簡単に開いた。
大きく一歩、館内に入る。
カツンッ、と硬い足音が一階のホールに響く。その音だけでもビクッとしてしまう。
建物の中から安い線香みたいなツンとした匂いがする。
空調が稼働する低い音がしているのに、空気は冷たく澱んでいる気がした。
辺りをぐるっと見渡す。
「天井は吹き抜け。上に行くには横の階段か、奥のエレベーターかな」
先ほど外から中を窺った通り、ここには誰もいないようでホッとする。
そのまま足を止めてしまいそうになるのを叱咤して、受付カウンターを横切り、まずはエレベーター前へとカツカツ歩み寄った。
「まずは建物内の地図確認、非常階段チェック!」
こういう施設にはエレベーターの脇に案内板があるのがセオリーだと思ったのだ。
──輝夜さんからも、あの女性からも、私がここで健照教の人たちに捕まったらどうなるかは聞いていない。
聞いたところでお咎めなしで、架紀ちゃんと一緒に解放してもらえるなんて甘いことはないだろう。
そして恐らく、輝夜さんもこの建物内にいるはずだ。
改めて、私は敵陣のど真ん中に突っ込んだのだと思い知る。
それでも私には心強い味方、漆喰さんと白狐様がいる。
一人と一匹がここに来るまでは頑張ろうと奮起する。「よし」と気合を入れ直し、エレベーター前にたどり着いてお目当ての案内板を探す。
「……あった!」
安堵しながら、壁の案内板に素早く目を通す。
この建物は三階建て。
一階の左右に大ホールと小ホール。
二階には複数の部屋。三階も同じ構造だが、二階より部屋数は少ない。
非常階段はエレベーターの横と、建物の外に取り付けられたものがあった。
「非常階段は内と外にある……」
この地図を網膜に焼き付けんばかりに凝視する。
「ここのどこかに架紀ちゃんがいるはず。でも、どこに……っ」
そのとき、エレベーターの稼働音が響いた。
「!」
数字のディスプレイが「2」から「1」へと点灯する。
「ヤバっ。逃げなきゃっ」
私は急いでエレベーター横の非常階段へと逃げ込んだ。
非常階段の踊り場で、こちらに来る足音はしないか、上の階から輝夜さんが笑いながら捕まえに来てはいないかと耳を研ぎ澄ます。
なのに、自分の心臓の音がバクバクとうるさくて仕方なかった。
「はぁ、はぁ。落ち着いて……最初からこんなガチガチでどうするの。落ち着いて……裏をかくって言ったじゃない」
ごくりと喉を鳴らしながら、壁際からこっそりとエレベーターの様子を伺う。
すると扉が開き、中からお揃いの紺色のジャージを着た男女数名がゾロゾロと出てきた。
年齢はバラバラ。なんだか町の清掃活動の帰り道のようなのんびりした様子で、口々に雑談し始めた。
「今日は師範クラスの人たちが来てて、びっくりしましたよね」
「私たちと親交を深めてくださるなんて、ありがたいわぁ。おかげで今日の夕食はデリバリーで豪華だったしね」
「ははっ。でも、この後しっかり教義の勉強が待ってますから」
あまりに和やかな井戸端会議に拍子抜けする。
何やら彼らは手に煙草やライターを持っていて、エレベーター横の喫煙スペースに向かうようだった。
集団はエレベーターから離れていくが、誰もいないホールには会話がよく響き、隠れている私にもその内容は筒抜けだった。
「新人の子たちがこのあと直接、師範から教義を受けられるなんて羨ましい」
「三階の特別室だろ?」
「私は、輝夜様から学びたいわぁ」
そこでどっと笑い声が上がる。
教祖の右腕である輝夜様に直接教えを乞うなんて恐れ多い、もっと勉強しなくちゃ、とか。今日お会いできただけでもカルマが浄化された、とか。
本当に、ただの雑談といった雰囲気だ。
こんな普通の人たちがなぜ健照教なんかに、と思うが──私をここまで連れてきた女性のように、彼らにも何かに縋りたくなる理由があるのだろう。
その後は食事がどうしたという世間話になったので、私は覗かせていた顔を引っ込めた。




