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⑤

「!」


一気に血の気が引くのを感じた。


スピーカーから漏れる「くすっ」という忍び笑いに、背筋がゾワゾワと波立つ。神社で出会った時、優美に微笑んでいた輝夜さんの顔が脳裏に蘇った。


「な、なんで、私の番号を……」


『前に触った時、個人設定の画面を見させてもらったんだ。僕、記憶力がいいから、一度見たら覚えちゃうんだよね』


確かに輝夜さんは私のスマホに触れていた。けれど、あんな一瞬で番号を暗記できるものだろうか。緊張で言葉を失っていると、輝夜さんは滑らかに喋り出した。


『さてと。連絡したのはもちろん、宮ちゃんに用があったからなんだ。宮ちゃんのお友達……架紀さん、だったかな』


「架紀ちゃんに、何かしたのっ!?」


思わず声を張り上げてしまった。

周囲の視線がさっと私に集まる。私は逃げるように、人気のない自動販売機の横へ身を寄せた。


『ふふっ。慌てないで、落ち着いて。……ああ、残念だな。君の驚いている顔が見られないなんて。今からでもビデオ通話にしない?』


「ふざけないでくださいっ」


『ふざけてないんだけどね。まあいいか。架紀さんなんだけれど、健照教が所有しているビルがいくつかあるんだ。そのうちの一つのビルに、彼女はいるよ』


「……うそ」


いつ、どうやって架紀ちゃんと接触したのか。思考を巡らせるより先に、残酷な言葉が耳に届く。


『嘘じゃないよ。ほら、君が持っていた白いパンフレット。あれにね、イベントが開催される日付と場所が書いてあったんだよ。気づかなかった?』


──血にばかり気を取られて、そんなの気がつがなかった。

私はぐっと唇を噛み締める。


『そこから辿っただけさ。お友達は悩みがあるみたいだったから、僕が特別に二人きりでお話をしたんだ。そうしたら、「ぜひ、そのビルに行きたい」って言ってくれてね』


その先を聞きたくない。今すぐ逃げ出したいのに、鼓膜に侵入してくる声を止めることができなかった。


『先週からそのビルに泊まり込みで来ていて、熱心にセミナーに取り組んでいるよ』


「泊まり込み……」


『体のカルマを追い出すのも頑張っているし、高価なお札もたくさん買ってくれたよ』


カルマ、お札。

また「嘘でしょ」と言葉が漏れるが、スピーカーからは愉悦を含んだ笑い声が返ってくるだけだ。


大変なことになった、と確信した。

最初に泊まった事故物件で体験した『ユカリ』さんのことを思い出したからだ。

彼女もまた、悩みゆえに健照教に救いを求めてしまった。その際、ユカリさんは「オリーブグリーンの瞳の人」に優しくされたと、私は夢を通じて知っている。

そして絆され、団体にずぶずぶと沈んでいった。


その瞳の持ち主こそ、輝夜さんで間違いない!


カタカタと手が震え、スマホを落としそうになる。

輝夜さんのような美貌の持ち主に二人きりで悩みを聞いてもらえば、誰だって「自分は特別だ」と錯覚してしまう。そんな状況で優しくされたら、抗えるはずがない。


「た、架紀ちゃんに、何をしたの?」


『抱きしめて話をしたくらいだよ。……ずっと友達が羨ましいとか、将来が不安だとか、くだらないことを言っていたかな』


くだらないのはお前たちだ、と言い返したかった。けれど架紀ちゃんの様子を知るために、耳障りな言葉を堪えて続きを促す。


『それを宥めてあげただけさ。セックスは気分じゃなかったしね。今は宮ちゃんの方が魅力的に見えるから、その気にはなれなかったよ』


その言葉にゾッとする。この人は自分の性的魅力を完璧に理解している。その上で、それを「使う」ことに何の躊躇いもないのだと直感した。


「あなたの、目的は何なの?」


拳を痛いほど握り締める。


『そう、それ。本題なんだけれどね。宮ちゃんのことも色々調べたよ。……あの兄さんと同棲しているみたいで、本当に驚いた。兄さんは兄さんで、しつこく僕を追いかけ回してくるし。まだ諦めていないみたいだけど、正直、迷惑なんだよね。だからさ……やっぱり宮ちゃん、僕のところにおいでよ。兄さんより、ずっとずっと優しくしてあげるから』


「そんなの行くわけがない!」


握り締めていた拳を、思わず自販機の側面に叩きつけていた。ゴスッという鈍い衝撃が体に響く。後から痛みが走ったが、今はどうでもよかった。


通行人がこちらを怪訝そうに見たが、それすら気にならない。この電話の主へと意識を集中させなければ、私自身がこの場から崩れ落ちてしまいそうだった。


『だよね。だから、お友達を人質にさせてもらったんだ』


──最悪の予想が当たってしまった。

唾を飲み込もうとしたが、口の中は砂漠のようにカラカラ。


『ここだけの秘密なんだけれど。健照教の幹部の中には、エロ親父も多い。つい口を滑らせて架紀さんのことを喋ってしまったら、「熱心な信者だ」って、すごく喜んじゃってね』


──嫌な予感が加速する。続きを言わないで、と願うのに。

『みんなで仲良くなるために、特別な研修をするって言っていたよ』


残酷な言葉に、目の前がクラクラした。


『まあ、本人も「カルマを外に追い出すには、クラスの人たちから良い気を体に受けて、気を整えたい」と言っていたから──』


「それはもう、洗脳じゃない!」


『そう思うなら、君が止めにおいでよ』

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