③
大阪、桜ノ宮の自室。
私は今、平和そのものを満喫していた。
お風呂から上がって、ベッドの上でゴロゴロするというのは、なんて至福の時だろう。ずっとこうしていたい。
お布団も干したばかりで、ふかふかだ。さらりとシーツを撫でる。その柔らかな感触が心地いい。
こうしていると、二週間前に実家へ輝夜さんが来て仰天したことや、架紀ちゃんと一緒に『ピュアライト』のサークルへ行ってしまったこと。
そして輝夜さんに遭ったことまでが、まるで遠い昔の出来事のように感じられてしまう。
漆喰さんは現在、輝夜さんを警戒して事故物件への宿泊を控えると私に言っていた。
彼自身、不動産の通常業務と裁判に向けて、日々忙しくあちこちを飛び回っている。私もそれらをサポートするだけで、一日があっという間に過ぎていく。
「裁判かぁ……」
身内を訴えるなんて、相当なことだと思う。
なのにちっとも辛い顔を見せない漆喰さんが、少々心配になる。
「大丈夫かな……」
ふと、ベッドサイドをチラリと見た。
そこには真っ白なショッパーに、黒字のロゴが入った袋が鎮座している。その中には、漆喰さんがプレゼントしてくれたアイボリーカラーのハンモック・フリップ型バッグが入っていた。
この部屋の中でダントツに高価なものだ。
高価すぎてショッパーから出すことすらできず、こうして部屋に置いたままにしている。
ころんと横になりながら、その袋を見つめる。
「だって、このバッグ、お給料の何ヶ月分もするんだもん。勿体なくて迂闊に使えない」
漆喰さんは本当に私を百貨店へ連れて行ってくれた。そして「外商員」という上顧客専用の特別な店員さんと話をしながら、ポーンとこのバッグを買ってくれたのだ。
「値段を見ない買い物って、都市伝説じゃなかったんだ……。お見送りだって何人もの人たちに手厚くされていたし。なんか、やたらと『お祖父様によろしく』とか言われてたっけ……」
どうやら、漆喰さんのお祖父様がかなりの資産家らしく、その方がよく通販を通じて百貨店を利用しているらしい。
漆喰さんにもちゃんと家族がいる。そう知って、どこかホッとしたのを今でも覚えている。
そうだ。漆喰さんには、まだ家族がいるのだ。
きっと私だけが彼を心配しているわけではないだろう。望という人と、頻繁に連絡を取り合っているみたいだし。
だから、漆喰さんは大丈夫。そう思うことにした。
「にしても、漆喰さんの家って、きっと何不自由ない家庭だったんだろうな」
それでも、輝夜さんは問題を起こして家を出た。
お金だけでは解決できない何かがそこにはあったのだと、私は察することしかできない。
「お金で解決できないことの方が、世の中は難しいのかな……」
架紀ちゃんも、そんな悩みを抱えていた。
その架紀ちゃんからは、未だに連絡が来ていない。
ひょっとしたら、突然帰ってしまった私の行動に怒っている可能性もあるし、単に忙しいだけかもしれない。
──そろそろ、もう一度メッセージを送ってみるべきだろうか。
そう考えていた時、枕元に置いていたスマホが震えた。
誰だろうと思って画面を見ると、お母さんからだった。どうしたんだろうと、のそりと起き上がりながら電話に出る。
「もしもし、お母さん。どうしたの?」
『あ、宮ちゃん。今、いいかしら。その……神楽さんとのお邪魔になってないかしら?』
モゾモゾとした言い方に、顔が熱くなる。
実家に漆喰さんが泊まって以来、私の家族はお父さんを含めてすっかり彼を気に入ってしまったのだ。
漆喰さんの見た目の良さはもちろん、家族が一番感銘を受けたのは、食事をする姿の美しさだった。「品がある」と大絶賛。
あとは私のことを心配して夜中に駆けつけてくれる愛情深さなど、とにかくベタ褒め状態なのだ。
そんな家族を今も騙していることには、ちょっぴり良心が痛む。
けれど、今は漆喰さんとの仲を勘繰られてしまい、言い淀む。
「お邪魔なんかになってないよっ。か、神楽さんとは節度あるお付き合いをしてるって、言ったでしょ?」
『本当に出来た方よねぇ。宮ちゃん、早く結婚なさいね。絶対に逃しちゃダメよ。また二人で遊びにいらっしゃい。……と、そうじゃなくてね。実はさっき、架紀ちゃんのお母様からお電話があったのよ』
一気に、お母さんの声のトーンが下がった。
それだけで胸がざわつく。




