大きな事故物件への誘い
今、私は京都の実家の自室にいた。お風呂にも入り、パジャマに着替えている。
私の部屋は、和室を無理やり洋風に設えた部屋だ。
そこに──漆喰さんがいた。
漆喰さんもお風呂上がりで、お父さんの紺色の浴衣を身にまとい、床に敷かれた布団の上で項垂れている。
「なんで、こんなことになったんだろうか……」
「ほんと、なんでこんなことになったんでしょうね……」
ベッドの上から下にいる漆喰さんを見つめるが、和服のイケメンが放つ色香に変な気持ちになってしまいそうなので、天井を見つめてこうなった経緯を思い出す。
──神社に漆喰輝夜さんの襲撃があり、私はひどく動揺してお母さんに抱きついて泣いてしまった。
その後、今日のことをうまく説明できなくて。「ちょっと嫌なことがあって、しんどくなった」とだけ伝えると、両親とおばあちゃんは凄く心配してくれた。
そのまま家族に引き止められ、「好物の鴨肉のすき焼きを作るから食べなさい」「今日は泊まっていきなさい」と言ってくれた。
その優しさがありがたくて、また泣きそうになるのを堪え、おばあちゃんが淹れてくれた雁金ほうじ茶を飲んでいると──なんと、漆喰さんが私を心配して家まで駆けつけてくれたのだった。
漆喰さん曰く、通話が途切れた後、スマホの電源が切られて音信不通の状態に。
実家の場所は緊急連絡先として把握していたから、車を飛ばして来たのだと玄関先で聞き……。
その時になって初めて、私は漆喰さんに連絡を入れようとしていたことを思い出した。
忘れていたわけではないけれど、感情の波に飲まれてしまい、すっかり失念していたのだ。
というか、輝夜さんが私のスマホに触れた際、わざと電源を落としたのだろう。
こう思うのは良くないけれど、輝夜さん──相当、性格が悪い。悪魔的だ。
そんなわけで、連絡を忘れていたことを謝ろうと玄関でマゴマゴしていたら、家族が「彼氏が本当にいた!」「イケメンだ!」と大騒ぎを始めてしまった。
そして「神楽さんも一緒にお食事をどうぞ」「ぜひ泊まっていってください」「娘がいつもお世話になっております」という三段構えの接待が発動。
家族の勢いに巻き込まれ、食事を共にすることになった。
あまつさえ、漆喰さんはお風呂まで勧められ、今に至るというわけだった。
しんとした部屋に、私たちの溜め息が重なる。
「俺、いつの間に階さんの彼氏になっていたんだ……」
「すみません。本当にすみません。察していただき、彼氏役を咄嗟に演じていただき、誠にありがとうございます。ばっちりでした。ご配慮、痛み入ります」
「いや、こちらこそ弟が申し訳ないというか。プロポーズも一応したし、ご挨拶的な? いや、せめてもの罪滅ぼしというか……階さんに合わせたが、食事や風呂までいただいて、済まない……」
珍しくしどろもどろな漆喰さん。
でも、その機転のおかげで私は命拾いをした。そこは本当にありがたいけれど、そのせいでなんだか、よく分からない空気感に包まれている。
両親が気を利かせすぎて、漆喰さんの布団を私の部屋に敷いたせいも大いにあるけれど。
しかし、やっと二人きりになれた。今日のことを話せる。泣いてスッキリしたし、ご飯もたくさん食べた。気持ちはだいぶ落ち着いた。今なら大丈夫だ。
私はコホンと咳払いをしてから、漆喰さんに今日あったことを、架紀ちゃんのことから全て打ち明けた。
※
漆喰さんは全てを聞き終えた後、輝夜さんが触れたバッグを見たいと言い、壁に掛けてあったそれを手に取った。血で汚れた箇所は、私がすでに消毒済みだ。
ただし、白いパンフレットにだけは、血がそのまま点々と残ってしまっていた。
漆喰さんの目的はそのパンフレットのようで、それを手に取り、まじまじと見つめた後、長い睫毛を深く伏せた。
そして一呼吸置いてから、背筋を伸ばして私を見つめた。オリーブグリーンの眼差しは、やっぱり輝夜さんと同じ。でも、こちらの方がずっと温かみがあると感じた。
「まずは、階さんが無事で良かった。白狐様のおかげだ。お友達の件については、階さんの判断で正解だったと思う。あの状況で無理やり連れ出したりすれば、ああいう手合いは警戒するからな」
「架紀ちゃん、大丈夫かな……」
さっき、架紀ちゃんにはメッセージを送った。
当たり障りのない内容で、「今日はごめんね。また今度遊ぼう。悩みがあるなら、私も力になるよ」というものだ。
返事はまだ、返ってきていない。
それだけが気がかりで、私は柔らかな布団の端をぎゅっと握りしめた。




