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「これは……血……?」


「凄い。君の狐に引っ掻かれた」


「!」


この人も漆喰さんと同じで、やっぱり霊が見えるんだ!


「霊体のくせにやるじゃないか。実に面白い」


輝夜さんは手の甲に走った赤い亀裂を、ぺろりと舐める。その艶めかしい動作に、自分が獲物として舌なめずりされているような感覚に陥った。


「神様を貶めたことは何度かあるけれど、君のは骨が折れそうだな。ふふっ」


やっぱり怖い。

魅了されたようにその場から動けずにいると──バッグの中のスマホが震えた。その振動に、まるで呪縛から解けたように素早く画面を見ると、漆喰さんからだった。


私は無我夢中でバッグの中からスマホを取り出した。その拍子にバッグを落とし、中身を地面にぶちまけてしまったけれど、そんなことを気にしている余裕はなかった。

素早く通話ボタンを押し、スピーカーモードにする。


「漆喰さんっ。今、私の目の前に輝夜さんがいます。なんだか、めちゃくちゃ綺麗で怖いですっ」


スマホをぎゅっと握り締める。


「しっくいさん……? って、もしかして」


輝夜さんはまじまじと私を見つめる。漆喰さんと同じオリーブグリーンの瞳で、そんな風に見ないでほしい。


「ど、どうしましょう。頑張って捕まえたらいいですか? それとも、警察を呼んだ方がいいですかっ」


胸に抱き締めたスマホのスピーカーからは、何かくぐもった音がするだけで、漆喰さんの声は聞こえてこない。電波が悪いのかもしれない。


「君、ひょっとして漆喰神楽を知っているの? 兄さんの関係者? カノジョ?」


「あなたには関係ありません」


そう言い放った瞬間、血に汚れた手が私の胸元にあるスマホを素早く奪い取った。輝夜さんはそのまま私のスマホに話し掛ける。


「もしもし? 兄さん。久しぶりだね、輝夜だよ。今、宮ちゃんと会っている……宮ちゃん、気に入ったから僕が貰うね。兄さんにはあげない。じゃ、そういうことで。ばいばーい」


『──』


スマホから何かが聞こえた瞬間、輝夜さんの手によって通話は一方的に終了された。


気に入ったって、どういうこと?

意味がわからない。緊張で心臓が痛いほどだ。

私はこれから、何かされてしまうのだろうか。


そんな危機感に全身が痺れそうになるのに、目の前の人物はおっとりと、血に汚れた手のまま私の落ちたバッグの中身を拾い集め出した。

その所作が上品で、やはりどこか漆喰さんに似ていることに、私は眉をひそめてしまう。


「今日はとても面白いと思ったことが二つもあった。一つは宮ちゃんと狐。もう一つは兄さん。気分がいい。だから今日のところはお暇するよ。はい、バッグをどうぞ」


最後にスマホをバッグに放り込むと、私の手にそれを半ば無理やり握らせた。

その手の冷たさ。


そして、血に濡れた手で物を掴むという異常性に、私は言葉を失った。


普通、手が血で汚れていれば洗うだろう。真っ先に清潔に保とうと思うはずだ。ましてや汚れた手で他人の物に触れるなんて、普通なら躊躇う。

けれど、この人は全く迷いがなかった。

私の私物に、平然と触れたのだ。


それが怖かった。普通じゃないことを、普通にする。

それがこんなにも恐ろしいことだと初めて知った。

輝夜さんは「じゃあね、また」と言い残し、鳥居をくぐってゆっくりと神社を出て行った。


いつの間にか辺りは夕闇に包まれていて、足元から忍び寄る夜の気配に肌が粟立つ。


完全に輝夜の背中が見えなくなった頃、神社の門を閉めにきたお母さんが現れた。


「っ、お、お母さん……っ」


「あらやだ。宮ちゃんじゃない。こっちに帰って来てたの。どうしたの?」


ふわりと笑うお母さんの姿に、張り詰めていた涙腺が一気に緩んだ。


私はバッグを再び地面に落とし、お母さんにしがみついて泣きじゃくったのだった。

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