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「つ、疲れた……」


私はヨロヨロと、実家の神社を目指して力なく歩いていた。

昼下がりから夕方へ。

この時間の日差しは、京都の穏やかな街並みを最も美しく見せてくれる時間だと思っている。

けれど、今の私には周囲に目を向ける余裕なんてこれっぽっちもなかった。ただ、とぼとぼと黒いアスファルトを見つめて歩く。


──私は架紀ちゃんの紹介で『ピュアライト』というサークル活動の現場に足を踏み入れてしまった。


ピュアライトは健照教が運営しているサークルだ。

本体である健照教への勧誘が目的で、その足掛かりとして、悩める人たちに手を差し伸べている。

その構造自体は、どこにでもあるものなのだろう。


「でも、私は健照教が何をやってきたか知っているわけで……そこの幹部の人と因縁めいているわけで……!」


だから建物に入った瞬間から、正直生きた心地がしなかった。すぐに漆喰さんに連絡をしたかったし、架紀ちゃんを連れて逃げ出したかった。

けれど中にいた人たちにガッツリと、ウェルカムされてしまったのだ。


荷物とスマホはロッカーに預ける方式。


「お悩み相談で個人のプライバシーを守るため」と説明されたが、私からすれば外部と連絡を断たせるための策ではないかと勘繰ってしまう。


そして──身構えつつ始まったお悩み相談会は。


「普通。すごく普通だった……! なんなら、『ちょっと良いかも』って思ってしまった自分が悔しいっ」


誰もいない道に、やり場のない気持ちを吐き出す。

まず、サークルの人たちは皆、清潔で綺麗なカフェ店員のような白シャツとパンツスタイルだった。

中年のスタッフが多かったけれど、どの方も丁寧で話し上手。嫌な感じはちっともしなかった。

町家を改装したというレンタルスペースは、ほっこりうちカフェのような内装で、とても居心地が良かった。


「しかも、出してくれたお茶とお菓子も美味しかったし……」


居心地の良い空間に、美味しいお菓子、そして優しい人たち。これは人が集まるはずだ、と思った。

実際、室内は盛況で、あちこちで談笑やゲームに興じている人たちがいた。


何より、架紀ちゃんが楽しそうにスタッフと喋っている様子を見て、私はどうしても「この人たちは危険だ」とは言い出せなかった。


他愛のないお喋りをしながら、少しずつ「悩みはないか」「困ったらいつでも来てね」と。

嫌味なく寄り添う感じが──私には気持ち悪くて仕方がなかった。


それは、私が健照教の裏側を知っているからだ。


でも、ここにいる笑顔の人たちは知らない。そのもどかしさが、胸をチクチクと刺す。


きっと、ここの利用者たちは『ピュアライト』という名前を信じていて、そのバックに何があるのかを知らない。

知っていたとしても、教団側が不都合な真実を隠しているに決まっている。表に出ないからこそ、こうして平然とサークル活動ができるのだと実感した。


それでも、私はなんとか笑顔を貼り付けてスタッフの話を聞いた。


──悪いことが起きるのは、あなたのせいじゃない。家に問題があるからだ。

家が汚れていると、悪いことが起きやすくなる。

まずは家を大事にしないとダメ。

正しい「気」をお家に入れるの。

彼らはしきりに、これは風水学に基づいた考えだと繰り返していた。風水という実在する学問を持ち出されると、素人には否定しにくい。


しかも「悩みがあるのは自分に原因がない」「あなたは悪くない」と全肯定されたら、誰だって縋りたくなるだろう。

隣の机では、泣いている人を優しく励ましているスタッフもいた。その人が寄り添い、囁いていた言葉。


『これはおまじない』

『言葉には力がある』

『この言葉を唱えれば大丈夫』


──『悪いことは外に出て行け!』


その言葉を聞いた瞬間。

『私はカルマを追い出す!』

という、あの事故物件でのフレーズが脳内に再生された。


限界だ。

やっぱりここは、あそこと繋がっている。


なのに架紀ちゃんの手にスタッフが優しく手を重ねているのを見て、私は強引に連れ出すのを躊躇った。

今ここで騒げば、架紀ちゃんに変な疑いの目が向くかもしれないと思ったのだ。


悩んだ末、私は「急な体調不良」だと嘘をついた。

サークルには興味があるからと、角が立たないようにパンフレットを貰い、お茶代を置いてその場を脱出した。


あとは一目散に逃げた。

背中に嫌な汗をかいてしまい、お気に入りのワンピースが台無しだ。


待ち合わせをした「土下座像」まで戻ってきたところで漆喰さんに連絡したが、繋がらない。


電話でうまく説明できる自信がなかったので、留守電に「折り返しが欲しい」とだけ残した。

一人になり、どうすべきか考えた末、私は一度実家に戻ることにした。こういう時こそ、神様に手を合わせるべきだ。

お母さんやお父さん、おばあちゃんの顔が無性に見たくなった。そうして三条から自宅へと向かったのだった。


「……お腹空いた。お母さんに何か作ってもらおう」


さっき起きたことを思い出しても、まだ考えがまとまらない。気持ちがザラザラと逆立っている。

立ち止まり、バッグの中のスマホを確認したが、漆喰さんからの連絡はまだない。


「漆喰さんも、今日は朝早くから出かけてたもんね。きっと忙しいんだろうな……」


はぁ、と溜め息をついて、また家へと歩き出す。

架紀ちゃんのことが気がかりだったけれど、今連絡してもまだあの場所にいるかもしれない。スタッフに怪しまれるのは得策ではない。

せめて、夜になってから連絡しようと心に決めた。


「架紀ちゃん、変なことに巻き込まれなければいいけど……」


お悩み相談で気持ちが晴れる、それだけで終わってほしい。深く入り込まないでほしい。


そんなことを考えながら、うだうだ歩いて実家の神社に着いた。

もうすぐ閉門の時間。誰もいないかと思いきや──赤い鳥居をくぐった先。


社殿の前に、誰かいた。

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