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三条通商店街は、言わずと知れた京都の観光スポットだ。
西日本最大級とも言われる全長約八〇〇メートルのアーケードには、昔ながらの商店と、町家を改装したカフェや和雑貨屋、美容院などが軒を連ね、華やかでどこか懐かしい。周辺には二条城や神泉苑もあり、いつ来ても賑わいがある。
そんなアーケード街を、架紀ちゃんと和やかに話しながらゆっくりと歩く。
私は、まぁ色々あって神楽さんという──彼氏と出会って大阪で同棲中。仕事もその彼氏のツテでなんとかやっている、と家族に伝えたことを架紀ちゃんにも話した。
もちろん彼氏だというのは嘘なのだが、事故物件が、どうのこうのという本当のことは言えない。プロポーズもされたことだし、これくらいの嘘はいいだろうと判断したのだ。
すると、架紀ちゃんは目を丸くした。
「嘘。宮ちゃんに彼氏ができたん? いや、宮ちゃんは可愛いから彼氏ができてもおかしくないんやけど、ほら。宮ちゃん男運がないやろ? 宮ちゃんにナンパした人はその場でいきなり腹痛になるし、バレンタインには謎の熱が出て毎年寝込むっていう、宮ちゃん独自のオリジナルイベントが……」
「架紀ちゃん、そこまでにしてください」
私だって独自のイベントにしたくて、しているわけじゃないのにと肩を落とすと、架紀ちゃんは「ごめん、ごめん」とクスクス笑った。
「そんなことが当たり前やった宮ちゃんなのに、凄いわぁ。びっくりやわ」
「ほんと、私もびっくりの連続なんだけどね」
「うん。でも良かったね。私……宮ちゃんが羨ましいわ。実家はしっかりした神社さんやし、彼氏もできていいなぁ」
少し俯く架紀ちゃん。私はちょっと慌ててしまった。
そういえば、連絡を取り合っている時に「少し悩んでいる」と言っていた。自分のことばかり話しすぎたと反省する。
「そんなことないよ。彼氏とは、えーと、成り行きだし。実家は実家で後継者問題とかずっとあるし。未来がどうなっているか、私にもわからないから」
あはは、と軽く笑って誤魔化す。
気づけば新京極通を過ぎ、三条通の奥の方まで来ていた。
このままアーケードを抜けた先に目的地があるのかな、と思っていると、架紀ちゃんはすいっと麩屋町通へと曲がった。
その足取りに迷いはなく、行き先は何度か訪れたことがある場所なのだろう。
「宮ちゃん。私の家ってお父さんが早くに亡くなって、お母さんと二人なのは知ってるやろ?」
「うん。お母さん、看護師をしていて凄いよね。架紀ちゃんも医療事務で働いていて、親子でキャリアウーマンって感じ」
「そんなん言ってくれるの宮ちゃんだけやわ。嬉しい、ありがと。……けどね、最近お母さん、交通事故で足の骨を折っちゃったんよ」
架紀ちゃんはその不吉な言葉を打ち消すように、いつも食べているミントタブレットを口に含んで力なく笑った。
「えっ、大丈夫なの!?」
「うん。命に別状はないんやけどね。リハビリがなかなか進まなくて……それで私、将来のこととか考えると急に不安になってしもて」
カリッと、タブレットが砕ける音がした。
「架紀ちゃん……」
麩屋町通に、私の力ない声がぽつんと落ちる。
ここは三条通の喧騒とは打って変わって、随分としっとりとした場所だった。
歴史的な旅館や老舗が集まるエリアで、かつてこの付近に麩屋や豆腐屋が多かったことが名前の由来だ。今でもその名残があり、重厚な日本建築が並ぶ情緒あるエリア。
そこを二人で歩いていく。
「病院事務も忙しくて、彼氏なんてできる暇もないし。空いた時間にお母さんのリハビリの手伝いとか家事をしていたら、あっという間に一日が過ぎてしまって……。だから、今日は宮ちゃんとのお出かけがすごく嬉しい」
にこっと微笑む架紀ちゃんに、私はコクコクと頷いた。
「私も今日、凄く楽しみにしてたから。この後は何か美味しいものでも食べて帰ろうね」
こくりと頷く架紀ちゃん。だが、その足がピタリと止まった。
そこは古民家をリノベーションした、さっぱりとした町家の建物の前だった。外にはレンタルスペースの広告が貼ってある。
「でね、ちょっと一人で参っていた時。誰かに相談したくてSNSで占いとか、無料相談をたくさん調べて、ここのことを知ったの」
架紀ちゃんはバッグの中から、何かを取り出そうと手探りしている。
「そ、そっか。ここっていうのは、この町家の中にあるの?」
「うん。ここはレンタルスペース。ここで不定期にお悩み相談を無料で開催しているサークルがあって、そこで悩みを聞いてもらって凄く励まされたんよ。気持ちが楽になったわ」
「そうなんだ……」
「あ、お茶代として千円は必要なんやけど、そこは私が出すから。サークルの人が『お友達も一緒にどうぞ』って言ってくれて……つい、『今度は二人で行きます』って言っちゃったの。ごめんね、宮ちゃん。怪しいサークルじゃないから、安心して」
お金のことなんてどうでもいい。
それより……なんだろう。嫌な予感がする。
悩みの相談に乗ってくれるサークル。それ自体は悪いことじゃないはずなのに──。
ぱっと架紀ちゃんがバッグから出したのは、一枚の白いパンフレットだった。
そこには、『ピュアライト』という文字があった。
「ピュアライト……って」
まさか、健照教の──!?
ぞくり、と背中に冷たい衝撃が走る。
「ね、大丈夫やから。怪しい宗教とかじゃないし。ほら、行こ!」
「あっ、た、架紀ちゃん……!」
考えがまとまらないうちに、私は架紀ちゃんに腕を引かれ、町家の中へと連れ込まれてしまった。




