事故物件はひっそりと
それから数日が過ぎたが、私と漆喰さんの関係に大きな変化があったかと言えば、特になにもなかった。
私はそれとなく実家に連絡し、お母さんにお見合い相手──漆喰輝夜さんのことは、どうなったかと聞いた。お母さんの話では、オバちゃんにお詫びの礼状とお菓子を預けてそれっきり。
相手から返事はないということだった。それを聞いて、私は漆喰さんにきちんと報告をした。
あとは必要以上に警戒するのも相手を刺激するかもしれないから、現状維持。
私自身も健照教や輝夜さんのことをネットで調べないようにし、疑問があれば漆喰さんに聞こうと思ったけれど、なかなか聞きづらいこともあるので、やはり今は現状維持だ。
以前に比べて分からないことがはっきりしたから、納得はしている。
漆喰さんは弟さんが現在進行形で、良くないことに手を染めているのを正攻法で止めようとしている。私は漆喰さんの味方であればいい──。
そんな風に思いながらも、それはそれ、これはこれ。
プロポーズを受けてから、私だけが妙に意識してしまうところがあった。
いや、漆喰さんに意識をされると、それはそれで困ってしまうというか。
また抱きつかれてしまったら、次は危ういというかっ。
なんでもないように、いつも通りの漆喰さんの行動がありがたいとは思うけれど──ちょっとだけ、乙女的には悩ましいところではある。
最終的に、あのプロポーズはビジネスライクなものだと自分に言い聞かせて、なんとかやり過ごしてはいた。
その間にも事故物件に泊まったり、あるいは数時間だけ留まって調査を終えたり。
相変わらず目まぐるしい日々を過ごして──今日は久しぶりに架紀ちゃんと会って遊ぶ日だった。
明日も仕事はお休みで、連休。実に素晴らしい。
私は足取りも軽く、京都の定番の待ち合わせ場所の一つ、三条河原町の『土下座像』前へ向かった。
この日のために新調した、シフォン生地のワンピース。ピンタックとプリーツがたっぷり入ったレトロなデザインが気に入って買ったのだ。
くすみグリーンも好みで、一年中着回せそうなところも良かった。
新しい服に袖を通して戻ってきた京都の街は、相変わらずの景色。
平日にもかかわらず外国人が行き交い、交通量も多い。かつて空きテナントだった場所に、免税可能なドラッグストアか抹茶スイーツ店ができるのは大阪と変わらないなぁ、なんて思ってしまった。
「あー、でも寺町三条に来たからには茶寮でお茶を飲みたいなぁ。空いていたらいいな」
今日は架紀ちゃんの行きたいところへ行って、その後にお茶をして、ちょっと買い物をしたい。その後に一度、実家へ寄ってみるのもいいなと、オフの日の予定に胸が膨らむ。
もうすぐ約束の時間だ。架紀ちゃんはどこから来るかな、と思っていると「お待たせ」と声をかけられた。
顔を上げると、ベージュのパンツにオレンジのニットを合わせた、きれいめカジュアルスタイルの架紀ちゃんがいた。
シュシュで緩く結んだポニテも可愛い。おっとりとした笑顔を向けてくれた彼女に、私も笑顔で返す。
「架紀ちゃん、久しぶり。元気そうでよかった!」
「宮ちゃんこそ、元気でよかったわぁ。いきなり大阪に引っ越すんやもん、びっくりしたよ」
ああ、はんなりした京都弁の架紀ちゃん、可愛い。話したいことがたくさんありすぎて困ってしまう。
「それには深い事情があってね。とりあえず、歩きながら話すから」
「うん、そやね。行こっか」
「そういえば、架紀ちゃんが行きたいところってどこ? コラボカフェとか、ポップアップストアとか?」
「う、うん……それは着いてからのお楽しみ、ってことにしといて。とりあえず三条名店街に行こ。それよりも、宮ちゃんの話を聞きたいな」
一瞬だけ、架紀ちゃんの表情が曇った気がしたけれど……気のせいかな。うん、気のせいだろう。
三条通にはいろんなお店があるし、きっとサプライズ的な楽しみがあるのだろう。
そう思いながら、私たちは再会の会話に花を咲かせるのだった。




