⑥
「し、漆喰さんっ!? なんだか私に抱きついているみたいですがっ! 何かの間違いであれば離してくださいっ」
「……年下は別に趣味ちゃうのに……」
ぼそっと耳元で何か囁かれて、背筋がゾワゾワした。
近すぎて、何を言っているのか正確には聞き取れなかった。
「ちょっと、重たいですっ。電池が切れたみたいにぐったりしないでくださいっ」
「はぁ……悪い。けどもう少しだけ、このままで……その後は忘れてくれ」
「それはズルすぎませんか」
「最初から、ズルいと言ったやろ」
こんな時に関西弁が出てくるなんて、本当にズルい人だ。
今、この人を抱きしめ返してしまったら、私もズルい気がした。だから私は、漆喰さんの腕の中から背中に回しかけた手を、そっと下ろした。
「漆喰さん。私を守ろうとしてくれて、ありがとう。でも私には白狐様もいるし、家族も友達もいるし……漆喰さんもいるから。自分の身は、自分で守ってみます」
その後、漆喰さんは何も言わなかった。
一度だけ大きく深呼吸をして、その肩が微かに揺れただけ。
貸してもらったニットよりも確かな体温を感じながら、恋愛感情がなくても男女はこうして寄り添うことがあるのだと知る。
私もこうして大人になっていくのかな──なんて。
漆喰さんに抱きしめられながら、月を見上げてそんなことを思うのだった。
※
──ベランダでのプロポーズ&抱きしめられ事件の後。
漆喰さんは『身を守るための手段として、結婚という選択肢を頭の片隅に置いておいてほしい』と私に言った。
さらに、今後弟さんのことで何かあれば、すぐに報告と相談をしてほしいと念入りに言い含められた。
結局、私が事故物件に泊まるというのは、すべて健照教絡みのことだったのだ。
漆喰さんは『巻き込んで悪い』と言いつつ『あともう少しだけ協力してほしい』と私に頼んだ。
彼の事情を知った上でのことなので、もちろん異存はない。
けれど──もう少し、という言葉に、漆喰さんの別れの日はそう遠くないのかもしれないという予感が、ふと頭をよぎった。
今はそれをあまり考えないようにして「はい」と返事をするだけに留めたのだった。




