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「それは俺が本人、輝夜から聞いている。輝夜は人の心を持ってない。サイコ野郎や。輝夜は親を殺して逃げやがった。俺はそれを当時、警察にどうしても言えなくて……ここまで来た。だから俺が──兄である俺が輝夜に社会的制裁を与えるのが、せめてものケジメやろ」


輝夜のことを考える。

目を瞑るとすぐに断片的な記憶が瞼の裏で舞う。

輝夜は誰よりも頭が良かった。

なのに人の心を持っていなかった。


輝夜は壊すことに喜びを見出してしまったのだ。

輝夜は酸素を吸うが如く、勉強も遊びもなんでも出来て当たり前。

なんでも出来て当たり前。

……それは言い換えれば、出来て当然のことに人は喜びや達成感、充実感、快感は生まれない──ということだ。


輝夜は生まれてから、ずっとつまらなかったのだろう。

でも頭が良かったから、嬉しいふり、悲しいふり、できないふりをして、人間らしいフリをしていた。

でも俺が高校生のとき──。


「神楽氏は、今はせっかく平和に、ぴちぴち女子とイチャイチャの淫らな生活を送っているのに、それを易々と手放すのはバチが当たるでござるよ」


ん、なんだろう。


今もの凄く、聞き捨てならないことを言われた気がして、俺は瞳を開けて望をまじまじと見つめる。


「望、何か言ったか?」


「だから、ぴちぴち女子と淫らな、」


「違う。階さんは若いが、そんな関係ちゃう! 前も言ったはずやろっ!?」


思わず声を大きくして否定する。


「だって気難しい神楽氏が、素直に家に女子を置いているのがあり得ないナリ」


「だから、それは……彼女に白狐が憑いているからや。それに、向こうも俺のことは異性として見てへん。距離感がある」


本人は気づいていないが、神社の娘ということもあり、彼女は凛とした空気を纏っている。

それがある意味、男が容易に近づけない要因の一つだと思う。それと白狐の嫉妬も相まって、男運の無さを促進しているのだろう。


それはさておき現状として。

互いに程よい線引きだと思っているのが半分。階さんが夢で見た内容が気になって、独自に色々と調べて俺に対する不信感が半分。


そんなところだと思っているが、今日の様子ではその不信感の配分が大きくなった。

そして階さんが何やら抱えている不安ごとも、不信感に釣られて大きくなったと俺は踏んでいた。


だからこそ、あの場で階さんの言葉を止めたのだ。


「はぁ。イケメンにじっと見つめられても嬉しくない。今回はそういうことにしておくナリ」


ふいっと望は俺から目線を逸らして、不満げに背中を丸めて横の花壇を見つめた。


「……高校時代に神楽氏は大変な目に遭って、霊が見えるようになって。そこから立ち直ったのに、輝夜氏を正攻法で捕まえるためだけに生きてきて……それが終わったら、神楽氏はどうするつもりでござるか?」


望の言葉は、ときに心の柔らかい部分を刺激する。

刺激された痛みに気づかないふりをするのにも、慣れてしまった。


「……そうだな」


考えてもみなかった。

海外に移住している祖父と祖母の会社経営に携わる気にもならない。

今まで散々迷惑をかけてしまった。

今もいらないと言っているのに、多額の仕送りが毎月俺の口座に振り込まれる。

祖父母が日本に帰ってきては勝手に車や土地を贈られる。そういったことは、俺がまだまだ心配だと思われている証拠なのだろう。


缶コーヒーをぐびりと飲んでから、俺も近くの木々を見つめて唇を動かす。


「そやな……俺の家があった場所に行ってみよか。祖父母の計らいで土地だけは残っているしな。事件があった日から、俺は一度も戻ってへん……あとは墓参りも行くか。ひょっとして、両親の霊が見えるかもしれへんし」


両親の墓参りも、俺は一度も行っていなかった。

なぜなら、輝夜が両親を殺した事実に俺は倒れて、脳みそがおかしくなった。

そのせいで霊が見えるようになった。見えるだけというのが実に厄介だ。


それは強すぎるストレスが引き起こした現象、バグなのだろうと、捉えていた。


こうなってしまった俺の体質。

そんな状況で──両親が霊になって俺に何かを訴えてきたら、俺はどうすることもできない。


ましてや仇を取ってほしい、弟を殺してくれと言われたらどうしたらいい。

それとも警察に真実を言えなかったことを、責められたら──……

だから俺は、かつてあった実家の土地も、両親の墓にすら近づくことはしなかった。


望は俺の言葉に一気に缶コーヒーを飲み干してから、ちらりと俺を見た。


「全然面白くない。そんなことをするなら以前から言ってるように、拙者と共に呪物コレクターの相棒になってほしいでござる。神楽氏は唯一、学生のとき、拙者のことを──馬鹿にした猛者だから」


猛者ときたか。


「……そりゃ、馬鹿にするやろ。お前の両親はどっちも大物芸能人なのに、出来の悪い偽物の呪い人形を一万円で通販で買って、はしゃいでいる馬鹿がいたら、馬鹿にしてしまうやろ」


「皆の者は両親を恐れて、そんなことを言ってくれなかった! だから神楽氏は尊い友認定をさせてもらった。そんなズッ友の今後のやりたいコトが、実家の跡地確認と墓参りしかないのは、大変嘆かわしい事態でござる」


その言葉に苦笑する。

そして立ち上がる。

「ありがとう。色々と後始末が終わったら、今後の身の振り方もちゃんと考えるわ。そのキャリーケース、どうせ今から呪物の買取かライターの仕事でどっか行くんやろ?」


こくりと頷く望。


「俺のことは心配せんでもええから。早く行ってこい。裁判やらなにやら始まる前には、ちゃんと連絡するから」


「分かったお……」


不承不承といった感じの望に苦笑してしまいそうになるが、今から言う、次の言葉の重みを考えると俺は笑うことはできなかった。


「で。輝夜と健照教の気配がしたら逃げろ。絶対に関わるな」


「神楽氏……」


望が分厚いレンズ越しから何か言いたげな様子だったが、俺は「じゃ、またな」と手をひらひらさせて、空き缶と封筒を持って歩き出した。


エレベーターで下に降りる気にならず、スロープと階段を使って下に降りようと思った。

風に乗って優しい土の匂い、木々の香りがする。

視界には綺麗なガーデンコーナー。


輝夜にとってはこれらも、壊すのが楽しい対象なんだろうなと夢想する。

輝夜は『壊す』ことに執着している。

そこにしか喜びを感じないから。

輝夜は言っていた。

壊す瞬間が唯一、楽しいと。

創造するより、破壊の呆気なさが美しいとも言っていた。


だから健照教などという宗教団体に入り込み、人の弱みにつけ込み。

その家庭を破壊し続けている。

後に残るのは、破壊された家。

人が住めなくなるほどに、その場に強い負の感情が残された──事故物件だ。


「弟がしでかしたことは、兄貴が面倒みてやらなあかんやろ」


軽く呟いたつもりが、無意識のうちに手に持った空き缶に力がこもり。

ベキリと不快な音を立てさせてしまったのだった。


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