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ヒロイック・アバンチュール  作者: 藤乃病


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8/12

8.

 天使の話をしよう。

 天使とは一部の宗教における神の遣いの事で神の意向を人々に伝える存在、という説がある。細々と話をして行くと一言では説明できないほどに役割があって難しいのだけれど、とりあえず神のしもべと思っておけばまあ間違いない。

 しかし現代においては別の意味合いもあるものだ。主に可愛らしい子供や女性に対して天使だとか、優しい人に対して天使のようだとか、誉め言葉や形容詞的な意味合いがいつからか生まれている。いやまあ実際にそれを使い出した起源なんて知らないが。宗教が元だとすれば実際には相当な前から使われていたのかもしれない。下手すれば紀元前とか? まあこの辺の話は歴史学者か言語学者に任せたいものだ。

 それでまあ、何が言いたいかといえば、だ。

 今、俺達は宙へ舞い上がり一人の天使から遠ざかって行く。彼女は剣を地面に下ろしただこっちを見つめている。その瞳から感じる何かに耐え切れず俺は目を逸らした。

「生きてる!?」

 上からは九常さんの声が聞こえた。その声でようやく現状を正しく認識し始める。

「生きてるよ」

「……ならいい」

 九常さんはどこか安心したように息を漏らした。

 今、俺達は逃げている。一人の天使から。




 九常さんが向かった先は俺の家だった。プテラノドンを模した生物は家の前に降りて行き俺達はひとまず難を逃れた形になる。地上と再会した俺に対して九常さんは、

「とりあえずあなたはもう帰りなさい」

 とプテラノドンに乗ったまま言った。

 ……このまま帰ればどうなるんだろう。たぶん、だけど、九常さんはかなり責任感があるタイプだと思う。今日だってわざわざ俺を巻き込む気なんて毛頭も無くてあんなことになったのは悪い偶然が重なっただけだろう。

 だったらこのまま任せたところで何も問題は無い。

 そう結論付けたにも関わらず俺はなぜか返事を出来なかった。

「……早く入れば? ここにいても仕方ないし妹さんも心配するでしょう」

「……あぁ、まあ、そうだな」

 藍色の事を言われるとその通りだ、と身体も頭も反射的に反応してしまう。そうだ、いい加減帰らなければ藍色を心配させてしまうじゃないか。色々ともやもやする事はあるけれど最も優先すべきことを忘れてはいけない。

 よし、とりあえず家に……。

「あ」

「どうしたの?」

「鍵が無い」

 俺は高校へ行く時に家の鍵をいつも学校の鞄に入れている。そして自転車に乗る時、鞄は前の籠に入れている。そしてその自転車は今、先程までいた公園に。

「……どうしよう」

 流石に今すぐ公園に戻るってわけにもいかないしなぁ。そう思っていると九常さんの下に一匹の蝙蝠が飛んで来るのが見えた。彼女はそれをリボンに戻すと溜息をつき、それから地上へと降り立つ。

「しょうがないわね」

 そう言って降りて来るとこちらへ、家の玄関へと向かい歩き、躊躇うことなくインターホンを押した。

「え?」

「とりあえず学校に忘れたとか言って開けてもらいなさい。後は流れでどうにかしましょ」

「ああ、そう?」

 少し待っているとインターホンのモニターで俺を確認したのか玄関へ向かって来る足音。そのまま鍵が開く音がしたかと思うと戸が開く。困惑した様子の藍色がこちらを見つめていた。

「……えーと?」

「あ~、実は鞄を学校に忘れて、鍵もその中でな」

「あ、うん」

 藍色の視線は俺よりも明らかにその隣にある九常さんの方へ。

「……九常さん、が、どうしてここに?」

 まあそうなるよなぁ、気になるよなぁ、逆の立場でも間違いなく真っ先に尋ねると思う。単なるクラスメイトが、それも異性がこんな時間に訪ねて来るどころか一緒に帰ってくるなんて意味わからないし。

 で、言い訳は九常さんに任せて良いんだよな?

 そう思って九常さんの方を見ると目が合ってしまった。あれ、もしかしてそっちも考えてない? 三人の気まずい沈黙の時間が始まる。

「……悪いけど少し上がらせてもらっていい? 茉莉君と少し話があるから」

 不意に九常さんがそう言った。え、上がるの?

「ど、うぞ~」

 藍色も少し驚いたようにしていたがとりあえず中へ入ることに。そのまま俺と九常さんは二階へ上がり俺の部屋へ。藍色はたぶんリビングかな、どうしているのか気になるがひとまずは九常さんとの話を終わらせてからか。

 殺風景な我が部屋へと人を招くのは初めての事かもしれない。無論、藍色と叔父を除いての話だが。九常さんを椅子に座らせ俺はベッドに腰かける。

「えっと、話って?」

「聞きたいことがあるのは茉莉君の方じゃないの?」

 ……そうなのか? まあ実際に気になることはたくさんあるけれど……。まあ折角だから疑問を逐一確認していくとしよう。

「公園、での、あれは?」

「質問が抽象的で腹が立つけど、まあ答えてあげましょう」

 いい加減な質問に少しお怒りのようだ。今後は気を付けようと思う。

「まず、例の博物館の盗人は動物殺し……。つまり」

 言いながら九常さんが立ち上がり窓の方へと歩いて行く。そして徐に窓を開いた。

「こいつで間違いなかったってわけ」

「あ、連れて来てたのか」

「私らとは別口でね」

 男は目を見開き呼吸が乱れているがそれは疲れているわけでは無くどちらかといえば恐怖に震えているように見える。

「しかし盗まれた武王の御物は手元には無くて、代わりにあったのはあの謎の剣だったってわけ」

「まあそうだな」

「じゃあ聞きましょうか、あれは何?」

 男は九常さんの問いに答えない。というよりはおそらく問いが耳に入っていないのだ。恐怖に我を忘れて声が届いていない。

 ゴスッ!

 鈍い音、九常さんの拳が男の頭をぶん殴った音だ。男は痛みと衝撃で我に返ったようでゆっくりと顔を上げて九常さんの方を見た。

「お前が持っていた剣に付いて答えろ」

 ……ううむ、九常さんはやはりヤクザみたいな口調の方がらしい感じがするな。

 男は小さなヤクザに恐れをなしたのか自分の知る事を話し始める。

「あ、あれは……、偶然あの女から盗ったんだ」

「とった? 盗んだって事?」

「ああ。俺は武王の御物を持ってて」

 言いながら男が手を挙げると薄汚れた皮手袋を付けているのが見える。

「これは武王が配下に与えたって話の手袋なんだ。これを付けてると盗みが楽に出来る」

 聞いた直後、九常さんが躊躇いなく男から手袋を剥ぎ取る。本当に、一瞬の躊躇いも無かった。

「これは私が預かる。続きを話して」

「あ、あぁ……。武王の御物を盗んで、この町に逃げて来たんだが……。あの女を見つけたのは偶然だったんだ」

 この男はどうにか武王の御物を金に換えようと様々な手段を模索していたらしい。その中で取引場所の選定の為に夜に出歩いていたところ、たまたま見かけたのが天使ちゃんだった。夜の公園、煌めく街灯の下で、剣を手に小動物を殺していた。

「殺されると思った。それぐらい恐ろしい殺気を放ってたんだ、あれは」

 正直なところ少し前までは人間は後ろから人が近付いて来るのも分からないのに殺気なんてものを読み取れるわけが無いと思っていた。しかし今は考えを改めている。天使ちゃんが剣を握ったあの瞬間、全身総毛だったあの恐怖、おそらく生涯忘れる事は出来ないだろう。

「俺は最後の望みをかけてあの剣を奪おうと思ったんだ。そうすれば生き残れるかもしれないって……。そしたら」

「そしたら?」

「盗めたのは盗めた。だが、あの剣に触れた瞬間、声が聞こえた」

「声?」

「頭の中に直接響いて来るんだ、殺せ、殺せ、殺せって……。それも二十四時間どんな時も、寝てる時だってお構いなしだ! 気が狂いそうだった、いや、もう気が狂ってたに違いない」

 ……男の言っている事はまるで想像できなくて共感できそうも無いのに、自分の身体を抱いて震えるその姿を見ていると決して嘘はついていないのだろうという事だけは理解できてしまう。

 この男は疑いようもなくあの剣を恐れている。

「それであなたは動物殺しになったと?」

「生き物を見ると殺したいって欲が出て来るんだ……。それに殺せば少しだけ剣の声が収まる。だ、だが勘違いするな! 俺は人殺しはやってねぇ。事が大きくなれば取引に支障が出る……。俺は金が欲しかっただけなんだ。だから人は殺さねえように自制してたんだ!」

「言い訳はいいから。お前の罪の軽重に関しては後に裁きを行う。早く続き」

「……だがもう話すことは。後はお前に見つかって捕まっただけだ」

「そう、まあ武王の御物の在処については後で聞きましょう。今はあの子をどうにかするのが先だしね」

 九常さんがそう言うと男は突如周囲に現れた無数の鳥に囲まれ、次の瞬間にはその場から消えていた。おそらくは尊王会とやらの施設……、例えば学校の裏手にあるやつとか、に連れ去られたのだろう。

 まあでも、だ。正直あの男の処遇には興味が無い。

「九常さん、天使ちゃんはどうなるんだ?」

「あ~、あの子。あなたの知り合いだったわね」

 とぼけたような台詞だ。会ったのはほんの僅かな時間だけだがはっきり覚えているのだと確信する。それと同時にどうするつもりなのかも。

「初めに言っておくと、あの子の持つ武王の御物ははっきり言って凄まじく危険な物ね」

「……その根拠は?」

「話を聞く限り詳細は不明だけれど持つ者に殺しを強要する、って所でしょ? 危険でしょ」

 男の話を事実とすれば全く反論のしようがない。彼は人殺しはやってない、やらないように耐えていた。裏を返せばその内に人を殺す日は来ていただろうという事だ。

「更に言えばあの子とはかなり共鳴しているみたいだったしね」

「共鳴?」

「確か説明しなかった? 武王の御物は人を選ぶって。おそらくあれとあの子は相性抜群って事。じゃなきゃあんな殺気出せっこないでしょ」

 それは……、確かにそうだ。天使ちゃんが剣を持った直後、恐ろしい殺気と共に九常さんが出した生き物が一瞬で全滅していた。おそらくあの場に居続ければ俺達も地面に倒れ伏す仲間になっていたのだろう。

「放っておけば間違いなく大勢死ぬ。あれを放置することは出来ない」

 悔しいけれど反論のしようも無い。九常さんの言い分は筋が通っている。

「……仮にどうにかするとして、どうするつもりなんだ? 九常さんが出してたのも全滅してただろ」

「言っておくけど、あれを殺すだけなら簡単だからね」

 九常さんはあっさりとそう言ってのけた。思わず冷たいものが背筋を走る。それは殺せるという自信を持っている事ではなく、それが当然の選択肢として出て来た事に対してだろう。

「……殺、せるのか? 負けてなかった?」

「あの数じゃ足りなかったみたいね。でも十で足りないなら百、百で足りないなら千、簡単な話でしょ?」

 本気か冗談か判断が付かない言葉だ。

「……数でどうにかなるのか?」

「さあね。でも逃げ場が無いほどの数があればいいだけよ」

「えっと、つまり?」

「死体であっても重さはある。大型の動物百頭に潰されて生きられる人間はいない」

 つまり数で戦うのではなく重量で押し潰す策か。確かにそれならば対抗のしようも無いかもしれない。

 ……少なくとも俺の凡百な脳味噌が弾き出した結論は九常さんの策は成就する、つまり天使ちゃんが死ぬという結論だ。

 これに対して俺は……。

 少し唇を噛む。ゆっくりと視線を上げて天井を見上げた。

 俺は、どう思えばいいんだろう。

「あなたはここで妹さんとゆっくりしてればいいわ。元々あなたには関係ない話。自転車と鞄は後で届ける……、まあ原型が残ってればね」

 もしも巻き込まれてたら弁償するわ、なんてことも言っていた気がするがその辺りからはどうにも記憶が曖昧だ。

 少し考え事をしていた。

 藍色の事が最も大切で何よりも誰よりも優先すべきで、俺は藍色のヒーローなのだから常に藍色の事を一番に考えなければならない。

 その点、九常さんの提案は俺のその信念を汚さぬ選択肢を用意してくれているはずだ。天使ちゃんは藍色と仲良くなったが剣を持った天使ちゃんを見ればあんな危険人物と一緒になど置いておけないことははっきりとわかる。思い出すだけで身の毛もよだつ程の恐怖を覚える殺気、それを俺は肌ではっきり感じとったのだから。

 俺は九常さんがこれから行うことを放置して事が終わるのを待てばいい。俺は藍色のヒーローであって他の誰かのヒーローでは無いんだ。俺に救うことが出来るのは藍色だけだ。

 思考が整理され考えがまとまり顔を上げる。九常さんにただ一言、気を付けてと言って送り出そう。それがここで俺が出来る唯一の事だ。

 不意に扉が開かれる。




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