6.
九常さんの話をしよう。
突如現れた転校生にして、その実態はなんかよくわからん組織の一員。そして武王の御物なるよくわからん物を探してる? のか?
とりあえず九常さんが二週間ぐらい前に起こった博物館の盗難事件について調べている事は理解してる。そしてそこに武王の御物なる凄い力を持ったアイテムが関わっていることも。なんと彼女は変な生き物を操り世を裏から動かす凄いアイテムを管理する組織のエージェントなのだ!
……たぶん。
なんとなくゲームの設定っぽくってワクワクする部分もあるけど、それを知ったところで俺の生活は変わらない。
そう、たとえ武王の御物が俺の中に入って来たとしても。
……ところで話によると俺の中にあると噂の武王の遺髪ってのは博物館から盗み出された物らしい。窃盗罪で捕まったりとか、無いよね?
一日の始まりはやはり日光を浴びるところから始まるべきだ。カーテンを開けると東の山から昇る太陽の光が目に眩しい。早朝の空を舞う鳥たちをしばらく見つめていると時間を忘れてしまいそうだ。しかしいつまでもそうしてはいられない、重い腰を上げて部屋を出る。
朝は忙しい時間だ。今日は学校、藍色が起きる前に朝ご飯と弁当を作ってやらねばならない。顔を洗うとコップ一杯の水で乾いた喉を潤し朝の献立を考える。
「流石に冷蔵庫の中身も減って来たな」
叔父が出張に出て数日が経ち、満タンだった冷蔵庫の中身も空きが見え始めて来た。今日の帰りにはスーパーなり商店街なりで補充する必要があるだろう。昨日まで出歩いていたのだからその時に買って来るべきだったのでは、という疑問については触れない方が良い。自分の間抜けさに涙を流してどうする。
「とりあえず期限の近い物をまとめて使っておくか」
豆腐や肉などがもうすぐ痛みそうだったのもありまとめて豚汁にしてしまおう。朝はもうこれだけでいいか。弁当はその分彩り豊かにしてやろう。卵焼きにほうれん草のお浸し、肉は片栗粉を付けて照り焼き風、トマトも入れて置こうじゃないか。
包丁やフライパンの上で油の跳ねる音、豚汁から沸き立つ湯気に照り焼きの香り。うむ、実に朝らしい風景だ。
やがて階段を降りる音が聞こえれば、それに合わせて藍色が眠そうな目を擦りながら姿を現す。
「おはよう」
「……お兄ちゃん」
藍色は俺の方へ一歩一歩近付いて来ると、そのまま抱き着くように手を回した。
「……藍色、どうかしたか?」
「……何でも無いよ」
何でも無いわけ無いだろ。そりゃ俺達は兄妹にしてはスキンシップ多めだとは思うが別に毎日抱き着くような事はしていない。
「藍色、ちょっと待ってな。もうすぐ卵が焼けるから」
「……うん」
藍色は俺の言葉に頷くと素直に離れてリビングの方へふらふらと歩いて行った。
うーむ、重症だ。しかし見たところ熱がありそうには見えない。ほんの数日前にそんな様子は見たばかりだから流石に熱が出てればすぐわかる。
今日のあれは……、何だろう? 初めて見る。
「……っと、卵が焦げるな」
急ぎ卵焼きの形を整えてフライパンから救出。一旦、皿に避けて、と。
弁当がまだ完成してないがそれよりもまずは藍色に話を聞かないと。
リビングでは藍色がソファに座り込んでうつぶせになっている。どうやらお姫様は随分と不機嫌らしい。
仕方ないな。
「藍色」
返事を待たずに後ろから抱きかかえる。
「わ、わっ、お、お兄ちゃん?」
抱えたまま改めて座り直そう。ソファに座った俺の膝の上に藍色が座る形になるな。こうして後ろから頭を撫でるのを昔から藍色が不機嫌な時によくやって来たものだ。今日みたいにわざわざ抱き上げてやってやるのは初めてだが、まあこういうのも偶には悪くない。強いて何か言うなら思ったより軽かったのでもうちょっと食べる量を増やした方がいいかなとは思う。
ま、それはそれとして。
「藍色、何かあったのか?」
人と人とのコミュニケーションは会話からだ。まずは君の事を尋ねよう。少々様子がおかしいようだが何かありましたか、お姫様。
「……」
「……」
む、無言!
コミュニケーションは会話からなのに! 会話全拒否!
「あ、藍色~? お兄ちゃん何かしちゃったか~?」
俺が気付いてないだけで何か藍色の怒りに触れるような事を? いや、しかし、全く身に覚えは無いが……。
ああいや、一つあるか。天使ちゃん探しと並行して動物殺しの犯人探しとかやったのがばれたか? 嘘ついて危ない事してたなんてばれたら流石に怒るか……。
いやでもばれる理由ないよな? 俺はへまをした覚えは無いし九常さんは言わないだろうし、後は天使ちゃん? でもあれから上手く聞き出したのだとすれば寧ろ藍色を賞賛すべきだよなぁ。
ううむ、何にせよ、だ。怒ってるその理由を知らねばこっちは対処のしようがない。
後ろから軽く抱きしめるようにして頭を撫でる。
「……藍色。何か言ってくれないとお兄ちゃんもどうしようもできないぞ。残念ながら人の心を読む超能力には目覚めてないんだ」
なんか怪我が早く治るという謎の能力には目覚めてるらしいけど。
頭をなでなで、髪をわしゃわしゃ、ほっぺむにむに、ついでに肩でも揉んどくか、となった辺りでようやく藍色が口を開く。
「お兄ちゃん、彼女って欲しい?」
「ん~?」
彼女? 急な話だな。別に今の所欲しがった記憶も無いし、そんな浮いた話題が出た記憶も……。
いや、浮いた話題はあった。それもつい昨日。
「まだ九常さんが彼女だと思ってるのか?」
昨日の夕方、九常さんがこの家を訪ねて来たわけだが、その時に応対した藍色は何を勘違いしたのか九常さんが俺の彼女だと誤解したらしい。疲れた様子の九常さんがそんなことを言っていた。……いや、ニュアンスが違ったような気もする。
まあいいや。
とりあえず昨日の時点では帰った後にちょっと問い詰められたが普通に同級生である旨を話したら納得していたが……、一晩経ってやっぱり納得できなくなったのか?
「昨日も説明したけど、九常さんは普通に同級生、ただのクラスメイトだ。天使ちゃんを探してる時にたまたま会ってちょっと手伝ってくれたりはしたけど、それは単に親切なだけだろ」
まあこれは大嘘だけど。一応そう言う事になってるので。
さて、これに対し藍色は。
「……あの人がお兄ちゃんの彼女じゃないのはもうわかったよ」
あれ、分かってるのか。なら話は終わりでは?
「そうじゃなくて、お兄ちゃんは彼女欲しいの?」
「ん? ああ、九常さんとか関係なくって事?」
「ん!」
彼女、彼女ねぇ。真柴なら躊躇いなく欲しい、って叫ぶところだろうけど。俺はなぁ。
よし、こんな時は想像してみよう。もし俺に可愛い彼女がいたらどうだろうか?
顔は藍色に似てて……、いや妹と付き合うのは普通に無いな。世界一可愛い事には間違いないがそれは無い。じゃあ……、まあ九常さん、か、天使ちゃん辺りで。二人共間違いなく可愛い部類だと思うし。
そんな感じで可愛くて、趣味も合って、一緒にいて楽しい彼女が俺の隣にいる。学校が終われば放課後デートでもしてみようか?
……いや、藍色が心配だし用が無いならさっさと帰りたいな。
休日はちょっとお出かけ、近所……、には無いけどショッピングモールとか? 行ってみたり?
……藍色を置いて一日中遊ぶのはなぁ。
夏休みなんかの長期休暇は旅行にでも!
……家を何日も空けるとか藍色が寂しがるかも。
うーむ。
真剣に悩む俺の姿を真剣な眼差しでで藍色がこちらを見つめている。そ、そんなに気になるか?
「……藍色、考えてみたんだが」
「……うん」
「俺は彼女を持つべきじゃないと思う」
「……うん?」
その返答はどうやら藍色の想定からは外れていたらしい、呆けた様な表情を見せてくれた。
「考えれば考える程思うんだ、俺に彼女が出来たとしても絶対大切に出来ないなって。デート中でもふとした拍子に抜け出して家に帰りそうだ」
「お、お兄ちゃん?」
「今の俺にはそんなのよりも藍色の方が大事だよ。こうして平穏な日々が続くことの方がずっと大事だ」
言いながらほっぺをむにむにと摘む。こうして藍色の頬を摘むことが出来るのも兄の特権という物だ。少なくとも、彼女だのなんだのはこれを放り出してまで得たいとは思わないな。
あ、鬱陶しそうに押し退けられた。ついでに呆れたように半目で睨まれてしまう。
「……お兄ちゃんって友達いる?」
「失礼だぞ、いるに決まってるだろ」
「本当?」
「俺が藍色に嘘をついたことがあるか?」
これは無論、言うまでもなくある。しかしそれをおくびにも出さず濁りの無い眼ではっきりとそう口に出したのだ。兄とは妹の為ならば嘘をつくことを厭わず、それを墓場まで持って行く事が出来る人種だと覚えておくと良い。
まあ友達いるのは嘘じゃないけどな。真柴とか……、真柴とか……、M柴君とか……。
「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだよね?」
「当たり前だろ?」
「……うん」
え、何? 何で沈んだ表情に?
「あ、藍色?」
「……朝ごはん、食べる」
「え、ああ、うん」
な、なぜ? どうしてこうなった?
どういうわけだか俺は藍色の機嫌を損ねてしまったらしい。しかし今のやり取りを振り返って見てもその原因がさっぱりわからない。
何が藍色の機嫌を損ねたのだ?
結局、藍色が不機嫌になった理由を俺は解明することが出来ぬまま登校の時間を迎えてしまう。どこか悲しみの表情を浮かべる藍色を見送ることしか出来ず俺は自らの無力を呪った。
俺は一人リビングに戻り棚の上に飾られたイビライダーのフィギュアを見つめる。
「なあ、何が悪かったんだ?」
言うまでも無く、返事は無かった。
こんな時でも学校へは行かなければならない。もし行かなかったなんて聞いたら藍色を心配させてしまう。それは決して俺の本意ではない。藍色を守るのが最も大切な事だが、藍色は自分の為に俺が学校を休んだなんて聞けば責任を感じてしまう。余程藍色の体調が悪い時でも無ければ学校へは通わなければならないのだ。
そんなこんなで教室に入ると真柴が早速声を掛けて来た。
「よ~、やっと来たか。今日も数学、頼むぜ?」
「まじでたまには自分でやって来いよ」
こうしてみると俺と真柴は本当に友達でいいのか疑問になって来るな。単に良い様に利用されているだけの気がして来た。まさか藍色は真柴が友達と言うには不適格だと思われたのか? それで心配を掛けてしまったんじゃ?
いやまあ、真柴の話なんかほとんどした覚え無いけどな。しかし不機嫌だと思っていたのは単に俺が心配を掛けたせいだったのかもしれない。あくまで可能性の一つだが。
「真柴」
「何だ? まさか宿題やって来てないのか?」
「いや、それはやってるが」
「じゃあ何だよ」
言いながら真柴は平気で俺の鞄を漁り始める。こいつには遠慮とかそういう物は無いんだなぁ。だからこそこっちも遠慮なしで行ける部分はあるが。
よしっ。
「ちょっとツーショット撮らないか?」
真柴の鞄を漁る手が止まる。そしてこちらを見つめて一言。
「何て?」
「聞こえなかったか? ツーショットを撮ろうって言ったんだよ。スマホでさ、自撮りみたいな感じで」
「ぞわっ!」
わざわざそんな叫び声と共に真柴が飛び退いた。
えぇ、そんな風になるような事か?
「おいおい、何だ急に変な声出して」
「何だ急にはこっちの台詞だ! 気持ち悪い!」
「気持ち悪いって……。友達ならツーショットぐらい普通だろ?」
「男友達と誰が撮んだよ! うわっ、めっちゃ鳥肌立ってるじゃねえか!」
おお、ほんとだ。真柴の腕に鳥肌がぶつぶつと……。俺の発言そんなに気持ち悪かったか?
「茉莉君、また何かやってるね」
騒ぎを聞きつけて面白そうとでも思ったのか常見がすぐそこまで来ていた。
「俺、そんな変な事言ったか?」
「男子でツーショットはあんまり聞かないかもね。旅行とか行ったならともかくこんな普通の日に言うのはちょっと珍しいんじゃない?」
「そうなのか……」
常見が言うならおそらくそうなんだろう。クラスの委員長やってるし少なくとも真柴や俺よりは信頼できる。
「何で急にツーショット?」
「ああ、それは」
喋りかけたところでガララ、と扉が開く。九常さんだ。
「九常さんおはよ~」
「おはようございます」
……こいつ相変わらず学校では猫被ってるな。まあ俺が気にする事でも無いか。藍色とクラスメイトじゃ態度が違うのは俺も同じ、そういうもんだろ。
九常さんが席に座るのを見届けると改めて話の続きを。
「ツーショットなんだけどな。実は藍色が関係してて」
「だろうね」
「だろうな!」
なんだ、二人共分かってるじゃないか。え~、俺ってそんなにわかりやすい? いやまあそうだろうけど。
「ごほん、え~。まあ、藍色がな、今日の朝、ちょっと不機嫌だったと言うか、何か不安がってたと言うか」
「それで何で俺とのツーショットだよ!」
「俺がいつも藍色といるからかな……。友達いないんじゃないかって思われたんじゃないかと思って……」
「あー……」
「それはまぁ……」
あれ、何で二人共納得した感じ?
「いや、俺友達いるよ?」
「いるのか?」
「真柴、俺達友達だよな!?」
「いやまあそうだけど」
ふぅ、良かったぜ。これで真柴に否定されたら藍色に余計な嘘をついたことになる所だった。妹の為に嘘をつき墓場まで持って行くのは兄の使命だがそんな嘘は出来る限り少ない方が良い。
少なくともこんな事で嘘をつくのはなぁ。ばれたら兄の威厳も何もなくなりそうじゃん。
「俺以外は?」
「あ?」
「いや、俺もお前が誰かと一緒にいるような所あんま見た事無いけど」
「……それはさぁ」
いや、まあ、実際いない。
否!
視線をすっ、と横に向け。
「あ、私はちょっと。友達って言うほど親しくは無いかな」
「あ、はい」
常見からは物の見事に拒否された。まあ二年連続でクラスが同じだから多少話したことあるだけだし。昨日、九常さん絡みでお昼を一緒に食べたけどその前に話したのなんていつだったか。
「いないんだろ?」
「……まあな」
「そりゃ妹さんも心配するだろ。うちの妹と違って優しい感じの子なんだろ?」
「そりゃもう、藍色は汝の隣人を愛するような素晴らしい妹だからな」
「羨ましいねぇ」
俺の妹なんてなぁ、と僻み始める真柴。その横で俺は一人後悔と反省の情に苛まれている。そうか……。おれはそんな素晴らしい妹に心配を掛けるような兄になってしまっていたのか。
いやいや待て待て。
「いやさ、だからツーショットなんだよ」
「何が?」
「実際に友達といるところを見せてやれば安心するかなと思って」
「ああ、そういう? いや、行動がさ……、せめて最初から理由を説明してくれよ。俺お前が多様性のあれやこれやなのかと思ったぞ」
「多様性?」
「わからないならわからないでいてくれ」
首を傾げていると、常見が俺と真柴を交互に見て何事か考え込む。そして、
「私はいつでも味方してあげるから」
と、心強い言葉を頂いた。常見はとても良い笑顔を見せていたが不思議と嬉しさは全くなかった。
幾つかの授業を乗り越えてあっという間に昼休み。
弁当、の前にちょっとトイレに行こうかな。
込み合う近場のトイレを避けてわざわざ誰も来ない部室棟。普段ならわざわざこんなところに来たりしないが、ちょっと頭を冷やして考え事をしたい気分でもあったわけだ。ここ数日色々とあったせいか考えがまとまり切ってない感じがあるんだよなぁ。家にいるとつい藍色の事ばかりになってしまうし、一人になれるこの時間は相当に貴重な物だろう。
手を洗い扉を開けて外へ。さぁて、と。購買へ向かう愚民どもを見下ろしながら悦に浸るぜ!
一瞬でその思いは霧散する。
「……えぇ」
「何よその嫌そうな表情は」
一人になれる、というのは少々勘違いが過ぎたようだ。わざわざこの時間には誰も用の無い部室棟、その男子トイレの前で待ち構えていたのは誰あろう九常さんだ。
「な、何か御用で?」
「何その態度は……」
だっていっつも怒ってんじゃん。怖えよ。
まあそんな事言えないけど。
「わざわざこんなところにいるって事は何か用があっての事とお見受けしましたが」
「その変な言葉遣い止めて」
「と言われましても……」
なんだろうな、たぶん心に刻まれてるのだ。九常さんを立てるように話さないとすぐ怒られるぞ、ってな。
九常さんはそんな俺の気持ちを察したのか或いは別の何かか、ともかく大きな溜息を一つ。それからしばらく視線をふらふらと何か言い辛そうにしていた、が、ようやく決心し口を開いた。
「……あのさ、もしかして私のせいだったりする?」
「……何が?」
少し考えてみたが何の話か分からない。
「朝、の、話」
朝の話? ……え、何?
そんな俺の思いが表情に出ていたのだろう、
「朝、妹さんが不機嫌そうにしてたって言ってたでしょ……」
すぐに何の事か説明してくれた。あ~。
「いや、別に九常さんは関係無いんじゃ?」
「でも私が昨日妹さんと話をしたせいなんじゃ……」
「んん~?」
元を辿ればそれも間違いじゃない、のか? 実際、彼女がどうこう言い出したのは間違いなく九常さんと話したのが原因なんだろうしなぁ。でも昨日は納得した風にしてたし……。いやまあ朝も考えたけど時間が経ってやっぱりってのはあり得るってのは分かるか。
まあだとしても、だ。
「別に九常さんのせいでは無いだろ。藍色を不安がらせた何かがあるとしたら、それはやっぱり俺のせいさ。俺はいつだって藍色を守ると誓ったからな」
「……ヒーローなんだっけ?」
……藍色、昨日そんな話までしたのか?
「そんな話したの?」
「言ったでしょ。元々あなたの事を調べる為に妹さんの所を訪ねたって。その時に聞いたの。何だっけ、イビルダー?」
「イビライダー」
「ああそう、それ。みたいなのになるんでしょ?」
なんか雑な覚え方だな。九常さんアニメとか見ない人っぽいんだよなぁ。昨日常見たちと話してる時もテレビだの芸能人だのの話題は全然ついて行けてなかったし。何と言うか、見た感じ仕事人間なんだろうな、趣味とか無さそう。
そんな失礼な感想を抱いてるとは露知らず、九常さんは咳ばらいを一つ。
「ごほん、まあその。……私のせいで、その、妹さんと変な感じになったとしたら、悪かったな、と、思って」
……え?
あぁ、これって要するに、悪いことをしてしまったから謝ろうって事なのか。あの尊大で怒りっぽい九常さんが、ねぇ。
「なんか意外だな」
「……意外? 何が?」
「いや、九常さんって謝ったりするんだと思って」
「……いや、悪いことをしたら謝るのは当然でしょ?」
「てっきり相手を力で黙らせるタイプなんだとばかり」
「それがお望みならそうするけど?」
九常さんの手がリボンにかけられる。普通の人がそんなことしてもだから何? で終わりだが九常さんがやると話が違う。思い出されるのはつい先日見たばかりの訳の分からん大量の生き物。象だのなんだのに潰されるのはもう御免だ。
「まあまあまあ、ちょっとした誤解や勘違いは人の常って事で、ね?」
「……それもそうね」
おお、思ったより話が通じる。あんなにいつも怒ってばかりだからちょっと新鮮な気分だな。
「まあ、そう言う事だから。私はもう行くわ」
「ああ、うん」
その場で九常さんの背中を見送る。想定外の邪魔が入ったがとりあえずこれで考える時間が出来たな。後は休憩時間が終わるまでここで。
そう思っていたら急に九常さんが回れ右してこっちを見た。
「……何か?」
「少し間を開けて戻って来てよ」
「何で?」
「一緒にいたと思われたくないから」
……それって酷くないか? まあそれはいいんだけど。
「いや、俺戻る気ないけど」
「戻って来い」
「何で?」
俺が戻る理由あるか?
「……また常見さんに呼ばれたから」
「……いや、コミュニケーションコミュニケーション。それぐらい自分だけでどうにかしろよ」
おお怖、めっちゃ睨まれた。
こりゃあ長居できそうも無いな。仕方ないので少ししたら教室に戻ろう。
激動の昼休憩を乗り越えあっという間に放課後へ。さーて、今日は何をしようかな。
「……買い物しなきゃなんだっけか」
はっきりとした用事を思い出した以上は向かう場所は決定だな。鞄を背負い教室を後にする。
「妹ちゃんと仲良くしろよ~」
後ろから聞こえて来た真柴の声に手を挙げて返事。まあいつだって俺と藍色は仲良しだけどな! ……実は嫌われてたりしないよな? 不安になるような事言うなよ。
自転車をこいで向かう先は商店街。スーパーにする案もあったのだが色々とこちらの方が都合が良いことに気付いたのだ。
「ついでに天使ちゃんを発見できれば藍色も喜ぶだろ」
藍色は天使ちゃんに会ったら連絡先を聞いて欲しいと言っていた。つまりここで見つけて連絡先を聞くことで不機嫌だった藍色がご機嫌になるってわけだ。そしてつい先日、天使ちゃん捜索の際に彼女を発見した場所はこの商店街だ。今日もここにいると限ったわけでは無いが、少なくともスーパーよりは確率が高いと見た。
というわけで今日はこの商店街をうろつき必要な物を買いながら天使ちゃんの捜索に当たる。うむ、我ながら完璧な計画だ。
「……とりあえず肉や魚は後回しだな」
すぐに痛みそうな物は後回しにして可能な限り捜索できる時間を長く取ろう。しかし捜索か、この前は果物を齧ってたし八百屋が本命かねぇ。
「この前来た子? いや、今日は見て無いね」
「この写真の子はちょっと見てないかな」
「ん~? いや、来てない」
……えー、数人の店の人に写真を見せながら確認しましたが、何の成果も得られませんでした。どうやら今日はここに来てないらしい。いやまあたまたま気付いていないだけという線もあるのだが……。
「どうしたもんかねぇ」
なんやかんや買い物もある程度終わってしまったし、後は肉と魚を買って終わりになってしまう。あれを買ったら長居は出来んぞ……。どうした物か。
そんなことを考えながら肉屋の周りをぶらぶらと歩いていたのだが。
「おじさん、コロッケ一つ」
「あいよ」
……今、聞き覚えのある声が聞こえたんだが。
ここのコロッケは非常に衣がサクサクで中に入ったひき肉も大きく味があり評判が良い。その分少々お値段もお高めではあるが、我が妹たる藍色もお気に入りのコロッケ故に偶に食卓に並ぶほどだ。
まさか学校帰りに買い食いするほどとは知らなかったが……。どれ、ここは一つ年長者として注意でも……、っておい。
肉屋の前には二つの影。一つは我が麗しの妹、藍色。そしてもう一つは。
「……天使ちゃんじゃん」
藍色の為に探していたはずの天使ちゃんだ。いや、俺より先に見つけ出してたのかよ。
俺の苦労は何だったんだと少し肩を落としながら二人の背後へ向かう。
「はいよー、お待たせ。350円ね」
「1000円出すから二個追加してくれ」
「お、毎度!」
ここのコロッケは三つ買うと50円お買い得になる。たくさん買うのがおススメだぞ。
「お兄ちゃん!? あれ、何でここに?」
ふ、驚かせるのには成功したようだな。これから買い食いについてはみっちり問い詰めてやるから覚悟しておけ。
……いや、自分の分も買っておいて今更か。
近くのベンチに三人で座り食事タイム。熱々のコロッケは……、うむ、旨い。
「ん~、やっぱりコロッケはここのが一番だね」
「だな。間違いない」
天使ちゃんも俺達の様子を興味深そうに眺めていたが、やがて一口で半分近く頬張り美味しそうに頬を緩めた。
「気に入ったみたい」
「だな」
その調子であっという間に一つ食べ切ってしまう。
「半分やるよ。俺の奢りだ」
この前も思ったが天使ちゃんはよく食べる。藍色は食欲控え目だからなぁ、美味しそうにぱくぱく食べる姿は見ていて新鮮で面白い。そして二つ目のコロッケもあっという間にぺろりと平らげてしまった。
ううむ、このコロッケ決して小さいわけでは無いんだがなぁ。
「天使ちゃん食べるの早いね~」
藍色はまだ半分を過ぎたぐらいだ。ゆっくり味わって食べるのは行儀が良くてよろしいが、あれほど美味しそうにたくさん食べているのも見ていて気分が良いな。
……っと。
「ああ、待て。服で油を拭くんじゃない」
天使ちゃんが自分の服の裾で手を拭こうとするのを制する。全く、藍色に比べて色々と手のかかる子だな。
「今のダジャレ?」
藍色のツッコミは無視しつつハンカチを取り出し手を拭いてやる。やっぱり天使ちゃんって幼稚園児並の思考だよなぁ。無邪気に白い服……、まあほとんどぼろ布みたいなもんだけど白い服で油を拭くのは普通誰か止めるだろ。
あの頃の藍色は……。いや、やめよう。両親の顔がちらついて変に気分が沈むだけだ。そんなことを思い出す前にさっさと話を変えようじゃないか。
「藍色、なんでこんなとこに?」
「学校の帰りに天使ちゃんがいてね、一緒に遊んでたの」
「へぇ。それでお腹が空いてここに?」
「そうだよ」
……普通に学校帰りにいたって、ほんとに俺が探した意味無かったな。いやもちろん藍色が出会うなんてわからなかったんだから他に選択肢なんて無いし、そもそも藍色を喜ばせようと思えば当然こうすべき選択肢だから後悔なんて無いけどな。
「天使ちゃんとは何して遊んでたんだ?」
「んっとね、一緒に走り回ったりしてたよ」
「それはそれは……」
藍色じゃ天使ちゃんの相手にならないんじゃ……。
我が妹、藍色の体育の成績はお世辞にも良いとは言えない。俺が体力テストで十点満点の十を連発する中、藍色は大体が三ぐらいだったかな。自転車に平気でついて来る天使ちゃん相手には少々力不足だろう。
「凄いんだよ。こうやって私を抱えてびゅんびゅん走るんだから!」
「それはそれは……」
ごめん、想定外だった。天使ちゃんの腕は細く、まあ筋肉が無いとは言わないが少なくとも人一人を抱えて走れるようには見えない。自分の腕を見返し、明らかに倍はある太さなのを確認。……いや、でも藍色を抱えてびゅんびゅん走れる自信は無いなぁ。
「天使ちゃんは力持ちだし足も速いわけだ。将来はスポーツ選手にでもなるか?」
そう言ってみるもよくわかってないのか首を傾げられる。
ふうむ、人は自分の凄い部分には無自覚な物だと言うが、こうも実例を目の当たりにする機会が来るとはなぁ。
「あ、そうだ!」
しみじみとそんなことを考えているとふと思い出したように藍色が口を開く。
「天使ちゃん、連絡先交換しようよ」
再び首傾げ。
「天使ちゃんはスマホ持ってるのか?」
みたび首傾げ。あら、やっぱり持ってない?
「お兄ちゃんスマホ」
我がスマホを藍色に預けると天使ちゃんに見せて何やら話し始めるが……、あの反応では間違いなく持ってないな。
まあそうだろうよ。冷静に考えれば迷子になってたわけだし、それ以外でもスマホ持ってたらこうはなって無いだろって事が多い。
「お兄ちゃん、天使ちゃんスマホ持ってないみたい。どうしよう?」
「どうしたもんかねぇ」
連絡先を聞き出そうにもそもそも持ってないんじゃどうしようもない。しかし藍色に折角できた人の縁だ。これから先も是非とも繋いでいって欲しい、そう切に願う物である。
「……天使ちゃんってどの辺りに住んでるんだ?」
首を傾げられる。いや、これに首を傾げられると困るんだけど。
「あー、じゃあさ、こうしよう。藍色はさ、中学に通ってるんだけど」
天使ちゃんが頷く。うむ、ちゃんと理解してるな。
「暇な時はその帰り道で待ってやっててくれよ。それで一緒に遊んでやってくれ」
うむ、連絡が取れないならいつも通る道にいれば自然と会える。そう、今日のようにな。
「なっ?」
言いながら天使ちゃんの頭を軽く撫でる。
じっ、と天使ちゃんが俺の顔を覗き込む。その瞳は吸い込まれそうなほど透き通っていて、そしてにこりと笑みを浮かべた。
ふっ、藍色と天使ちゃんの仲を取り持つ、これこそ兄のあるべき姿だな。嬉しそうに肩を組む二人の姿に思わず涙が零れそうだぜ。
「じゃあ俺は先に帰るぞ。折角買った食材が痛んじゃうからな」
腰を上げて颯爽とこの場を去る。二人の邪魔をするほど野暮じゃないぜ。
と、思っていたのだが。不意に手を掴まれた。
「……天使ちゃん?」
じっ、とこちらを見つめる瞳にはどんな思いが込められているのか。
「お兄ちゃんも一緒に遊ぼうって」
……成程、天使ちゃんのお友達には俺も含まれていたってわけね。おいおい、俺ってばいつの間にか友達の数が倍になってたらしいな。
「そうだな。今日は用があるから、次に会った時には一緒に遊ぼうか」
「だって、天使ちゃん。今日はダメなんだって。また今度って」
天使ちゃんは少しだけすねるように唇を尖らせたがゆっくりと腕を掴む力が緩まって行く。そして俺が手を振るとしっかりと手を振り返して来たのだった。
実は天使ちゃんは親戚の子供なのかもしれない。偶に遊びに行ったら懐いてくれて去り際にぐずついてしまう。次に会う時に備えて今後はお菓子でも常備しておくかねぇ。
家に帰ってさっさと晩御飯の支度でもしてしまおう。藍色が帰って来たら一緒に宿題をやって遊ぶ時間も取りたいな。
そんなことを考えながら辿り着いた家の前には、一人の同級生が立っていた。
「……九常さん? まさか今日も落とし物を届けに?」
「だとしたら今日はあなたが迂闊なだけね」
それは過去二回が自らの犯行だと自白しているだけでは? いやもう自白していたような物だしどうでもいいのか。
「えーっと、何か御用で?」
「大した用じゃない」
「はぁ」
「……あなたには監視が付いてるんだけど」
「え、そうなの?」
なんか昨日とか良い感じの雰囲気で話が終わったしなんか疑いみたいなのは晴れたのかと。
「武王の御物を持ってる人間をそう簡単に野放しに出来ないからね」
「どこにいるの?」
尋ねると不意に周囲の家々から鳥や鼠が姿を現す。その異様な光景に思わず身構えているとその内の数匹が九常さんの下へと走って行った。
「……あれ全部?」
「そうね」
「わーお……」
思った以上に監視の数多くない? ってか。
「全部九常さんがやってるわけ?」
「人手が足りなくてね」
……尊王会、どんだけ人手足りないんだよ。女子高生に頼り切りになって恥ずかしくないのか? もしかして俺が思ってるよりも小さい組織なのか?
「……まあいいや。それで監視がどうかした?」
「……いえ、あなたがあんまりにも普通に過ごしているから」
「はあ」
「それが気になっただけ」
「ん~?」
どういうことだ? 普通に過ごしていたら逆に怪しい的な? 友人が死んだのにあまりに普通にしているからこいつが犯人に違いない、みたいな? でも俺は別にそこまでの事は起こってないよなぁ。
「そりゃまあ、普通に過ごすだろ」
「あなたの身体には武王の御物があるのよ?」
「正直実感無いしなあ。それに骨折とかしてもすぐ治るとか言われてもねぇ、だから何? って言うか。怪我する予定無いんだけど」
「……それでも普通気になったりしない? 武王の御物が何なのかとか、尊王会がどんな組織なのかとか、学校にいる尊王会の人間って誰なのかとか」
「いや、別に……。そりゃ少しも気にならないって言ったら嘘になるだろうけどさぁ」
「じゃあ」
「でも別にそれって俺にとってそんな重要な事じゃないだろ?」
風が俺と九常さんの間を吹き抜けて行く。それは二人の間にある価値観の溝を表しているかのように、そこには決して相容れない物があるかのように。
「本当に重要じゃないの? 超常の力を手に入れたのに?」
「それは結果論であって俺にとって目的じゃないし」
「そう……」
……なんとなく、俺達の間にある違いは理解できる気がする。それは力の大小とかそういう問題じゃない。
九常さんにとって自身が得た超常の力はその後の人生に大きく関わる事だったのだろう。実際、こうして尊王会のエージェント? として走り回っているのを見るにそれは間違いないはずだ。しかしそれに対して俺はといえば、ろくにその力を使うことも無く日常を続けている。
……これは価値観の違いなのか? それとも境遇の違いなのか?
じっとこちらを見つめる九常さんの瞳に浮かんでいるのは怒りなのか、哀しみなのか、はたまた全く関係ない別の感情なのか。
「その日常がいつまでも続く事を願ってるわ」
その台詞は本心なのだろうか、それとも。
少しだけ疑問に思ってしまう。武王の御物、その超常の力、それに日常を変えられてしまうのとそれを得ても日常が変わらない事、どちらが幸せなのだろうかと。
「……晩飯を作ろう」
しかし俺にはこれ以上考える時間は無い。藍色が帰って来る前に晩飯を作らねばな。
家の中に入る俺を烏が見守っている。九常さんの仕事が上手く行くことを祈りつつ俺は戸を開けて玄関の向こうへと消えて行った。




