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ヒロイック・アバンチュール  作者: 藤乃病


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5/12

5.

「茉莉緋色の話をしてちょうだい」

「はいはい、夕莉ちゃんは人使いが荒いねぇ」

 早朝、学校裏にある秘密の部屋。この町周辺の尊王会支部で諜報係をやっている永見と二人で今後の相談。

 こんな早朝からわざわざ仕事の話をする羽目になるとは思わなかった。私が優秀とはいえ最近は仕事仕事でろくに服も買いに行けないなんて……、はぁ、嫌になる。

 まさかこんな田舎に転校することになって、その上更に余計な仕事が増えるなんて思わなかった。本当ならさっさと終わらせてこんなところおさらばしたかったのに……。

 こんな調子じゃそれがいつになることやら。

 そんなことを考えていると永見が一枚の紙を渡して来る。

「茉莉緋色は、まあそれほど面白い特徴は無いかな。見た目は隣の席だし説明の必要は無いでしょ? 高二とは思えないぐらいでかいよね、180センチぐらいあるとか。授業態度は至って真面目で成績は悪くない、スポーツ万能で体育の成績は凄いよ。部活やってればスポーツ特待とかも狙えるんじゃない?」

 紙にまとめられている情報を見ても不審な物は無し。ただの学生か、不運な奴。

「経歴も特に不審な点無し?」

「普通に学生だよ。まあ両親が事故死してるのは多少特筆すべき点かな」

「両親が?」

「そうだね。十歳の時らしい。信号待ちの際に暴走車に突っ込まれてそのまま即死。彼と四つ下の妹は家で留守番をしていて難を逃れたらしいね。そのまま彼らは叔父に引き取られてそこで暮らしているみたいだ」

 あれは叔父の家だったのか。

 ……昨日親を絡めた罵倒をしなくて良かった。怒ると周りが見えなくなるのは悪いとわかってし気を付けてるつもりだけど、変に地雷を踏む前に直さないとなぁ。

「本人の性格は穏やかで温厚な方だね。ただ若干……、いやがっつりシスコンか」

「しすこん?」

 って何?

 多分私の考えが顔に出てたんでしょうね、まさか知らないなんてと煽るような永見の表情がむかつく。

「シスターコンプレックスの略称で、要は妹好きというか妹に対して過保護というか」

「あぁ……」

 確かに昨日も妹がどうのこうのと言ってたか。

 しかしねぇ。

「まとめるとこいつは妹好きでスポーツが得意なただの高校生ってこと?」

「ざっと調べた感じはそうだね。調べれば調べる程に本当にこの子が武王の遺髪を持ってて、更に例の盗人の情報まで持ってたってのは……。まあちょっと信じがたいかな」

「私だって信じたくないわよ」

 あの情報が本当なら既に警察が調べた動物殺しの情報で既に犯人の目前まで迫っていると言えなくもない。私の仕事は早く片が付きそう、だけど。

 結局、武王の御物持ちが新たに生まれたら休めないんだけど!

 思わず頭を抱え溜息が漏れる。そんな事をしていると私の苛立ちを読み取ったのか永見は、

「まあまあ、夕莉ちゃんならどうとでも出来るでしょ。尊王会の人は君の凄さをみんな分かってるから」

 ご機嫌取りご苦労様、と。

 どうにしろ動かなきゃ何にも終わらないし、色々とやって行くしかないか。目の前の事を一つ一つ終わらせて行かないと自由になんてなれない。

 よし、行こう。今日は平日、まずは学業からだ。

 ……面倒だしさぼろうかな。

「夕莉ちゃん、授業は出てよ? どうせ君の力ならわざわざ外行かなくても調べられるんだからさ」

 ちっ、見透かされたか。




 時刻は八時、外には大勢の学生たちが学校へわらわらとやって来る。人目を忍び裏庭から外へ出て改めて人の波に紛れ込み登校。

 これ毎回やるのは面倒だなぁ。

「高校なんて卒業したところでなぁ……」

 どうせ尊王会の仕事があるし金には困らない。面倒は多いが私ほどになれば実入りも多い。

 大学ぐらいは卒業しておけとの周りの声に流されてまずは高校へ入ったはいいけど未来の展望は暗いかな。言ってきたやつの顔は覚えてるし今度会ったら大文句のついでに服を買いに行く時に荷物持ちでもさせよう。

「……あ」

 見覚えのある自転車と後ろ姿に思わず声を上げた。そしてそいつもこっちを見て。

「うわっ」

「うわっ、って何? 失礼でしょ」

 茉莉緋色は頭を掻きながら自転車を停めてこっちを見ると軽く頭を下げる。

「これはこれは申し訳ありませんでしたお嬢様」

 そのまま自転車を走らせて去って行こうとしたので当然の権利で追いかける。人の顔を見て不愉快そうな表情を浮かべるとは、厳罰に値する。

 自転車置き場で鍵をかけている茉莉緋色をじーっと、穴が空くほどに見つめる。

 じ~。

「……九常さんって暇なの?」

 この野郎、まるで馬鹿にされているようで不愉快だ。

「忙しいわよ。あなたが思うよりずっとね」

「だったら何も悪い事してない一般市民の事は放って置いてくれると助かるんだけどなぁ……」

「私だって放っておきたいわよ。上がきちんと見張っておけってうるさいからやってるだけ」

 尊王会はかなりいい加減な組織体系だ。上下関係も曖昧というかそもそも一枚岩の組織ではないので私でさえいまいち誰が上なのか把握できてない。しかしそれでも任された仕事はこなさねばならない。そのぐらいの責任感が私にはある。

「改めて言っておくけど、今のあなたはある意味では危険人物なのよ」

「そうなの?」

 疑問符を出すな、当たり前でしょ。

「武王の御物の力は成長することもある、今のあなたは傷を治すだけみたいだけど……、将来的にどうなるかはわからない。今のあなたならその心を悪に染めようが私が一秒で潰してあげるけど、未来はどうかわからない。監視は必要なの」

「……成長とかあるのか」

「説明したでしょ!」

「いや、聞いてない」

「なっ……」

 ……あれ、説明したよね?

 いや、待てよ。昨日は面倒が重なってる時にグダグダと色々あって怒ってたから……、説明が、した、けど……。

 あ、言ってないな。

「……言ってなかったわ」

「……九常さんって思ったより、ドジっ子的な……?」

「うるさい! とにかくそういうわけだから監視は必要なの! お願いだから余計な手間かけさせないでよ!」

「はいはい。まあ俺は藍色との平穏な生活が守られさえすれば後はどうでもいいよ」

「……そう」

 成程、シスコン? だったっけ。確かにその通りみたいね。

「じゃあ俺行くから。九常さんも遅刻しないようにね」

「……ええ」

 茉莉緋色については、あまり気を配る必要は無いかもしれないわね。少なくとも今のところは。

 今後の予定を頭の中で組み換え入れ替えしながら教室に向かう。はあ、今日も忙しい一日になりそうで憂鬱だわ。




 学校の授業は流し聞き。どうせ進学なんてするかどうかも分からない。こんなの真面目にやってられないわ。

 英語、社会、理科に数学? そんなの私が尊王会の仕事をするのに役に立つの? 全く、馬鹿らしい。

 そんなことを思っていると授業終了のチャイムが。

「む、もう時間か。それじゃ問題集の16ページから19ページが宿題な。きちんとやって来るように」

 それだけ言って去って行く教師。生徒はやって来た昼休憩の時間に騒ぎ立つ。……そもそも学校に来てなければ授業の時間も無いのに不思議な事だ。やっぱり来ても仕方ないよねぇ。

 まあ半端な時期の転校生である私にとってこの昼休憩の時間はしがらみも無く居なくなれる時間。ちょっと学校を抜け出して調査でもして来ようかな。

 そう思っていたのだけど。

「九常さん九常さん」

 立ち上がり教室を出ようとしたところで呼び止められる。

「……えっと、何か?」

「お弁当ある? お昼一緒に食べようよ」

 あー……。あれは、何さんだっけ? 名前も未だ憶えていないクラスメイトに呼び止められても困ると言うか、しかし断ると角が立つし後ろに控えている何人かの期待の目が痛い。何か、何か断る手は無いか?

 周囲を見渡し、ふと、茉莉緋色がこっちを見ているのに気付く。助けろ、と、視線を送ってみるが果たして届いたかどうか。

 お?

 ガタッ、と椅子を引いて彼が立ち上がる。そしてこちらに来て私となんとかさんの間に手を入れる。

「え、あ、どうしたの茉莉君?」

 何人かが彼の行動に驚き注目しているのが見える。成程、こういう事をするタイプでは無いらしい。実際、私もこれまで話して来た印象からはこんなことをするとは思わなかった。

 さて、どんな助け舟を出してくれるのか?

「悪いな、常見。実は……」

「じ、実は?」

 実は?

「九常さんは人見知りでクラスメイトの名前をまだ覚えてなかったんだ」

「え?」

 ん?

「それで誘われたは良いが名前も覚えてないのに輪に入るのは気が引けるってなもんで悩んでたんだよ」

「そうだったんだ」

 そんなわけないだろ! いや、覚えてないのはそうだけど、輪に入る気もねぇよ!

「まだ来たばっかりだもんね! 気にしなくていいよ」

「あ」

 手首を掴まれ逃げ場を失う。おのれ茉莉緋色! 恨みの籠った視線を向けたところ何を勘違いしたのか親指を立ててグッドラックじゃねぇ!

「茉莉君も一緒にどう?」

「俺も?」

「待て! 緋色ばっかりずるいぞ! 俺も女子と一緒にご飯食べたい」

「真柴君……、もまあいいか」

「ありがとうございます!」

 何故だろう、気が付けば大勢で食事会になっている。今更逃げ出そうものなら凄まじい顰蹙を買うことになってしまう。本来ならこの時間で例の盗人の調査を進めるはずだったのに。やっぱり学校なんて行く必要無いんだ!

「そういえば茉莉君、どうして九常さんが考えてることわかったの?」

 心の中で叫び声を上げていた頃、誰かがふとそんなことを尋ねた。いや、こいつ私の心の内なんてこれっぽっちも分かってないけどね。マジで。

 それにも関わらず茉莉緋色は大真面目な顔で口を開く。

「九常さんって背丈がさ藍色に近いんだよ」

 ……あ?

「そう思うとなんか藍色が重なって見えてな。守ってやらないとと思うと心の内が見えて来るんだ」

「あはは、相変わらずだね」

 ……そう、相変わらずなんだ。なぜだか怒る気力も失せて行く。

 これは、たぶん、そう、あまりに頭がおかしいやつを見た時にただただ気力だけが削がれていくような、そんな感じだと思った。





 放課後、これからが本当の私の時間だ。こんなところにいつまでも居られない、さっさと学校を出て盗人を探しに行こう。

 立ち上がり慣れ合いばかりの学友達の合間を抜けて外へ。

「九常さん」

 茉莉緋色の呼び声。ちぃっ、何の用よ、邪魔しないで!

「鞄忘れてるぞ」

 振り返り彼の指差す先、私の席には鞄がぶら下がっている。

 ……っ!

「あ、ありがとう。ちょっと、急いでて」

「気を付けるんだぞ」

 その慈愛に満ちた瞳は成程、確かに彼が妹を見ている時のような穏やかさを孕んでいる。

 こ、の、野郎~、人目の無い所だったら一発殴ってやるのに。理不尽だとは思うけどそれでも一発殴ってやりたいこの衝動を抑える必要はあるの!?

 昨日からずっと私の癇に障る行動ばっかしやがって……。

 まあいい、もういい。さっさと盗人を捕まえてこんなところおさらば……。

「いや、新しく監視任務が出来たからおさらばは出来ない?」

 ……考えるのを止めよう。

 学校を出て人の気配の無い場所、リボンを軽く撫で空色の幻獣を呼び出す。それは翼を広げると私を背に乗せた。

 眼下には豆粒をぶちまけたような街並みが広がっている。空の上は快適だ、何せ私を邪魔するものが何も無い。地上では不愉快な事が多過ぎてすぐに怒りが溜まってしまうけれど、こうして地上を見下ろしている間は穏やかな気分になれる。ずっとこうしていられるならどれだけ幸せな事か……。

 さて、ここからは仕事だ。

 学校にいる間にも町中に放っていた小動物たちによって例の盗人の捜索を続けていた。現在も様々な場所で監視の網を張っているわけだけど……。

「さーて、どうやって捕まえようか」

 茉莉緋色の情報を信じるならば動物殺しが例の盗人ということになる。警察との情報交換の結果、動物殺しの犯人に関して様々な情報を得ることが出来た。結果として大まかな背格好は分かっており、それらしい人物全てに小動物の監視を付けているわけだけど。

「現状だと絞り切れないな」

 犯人の顔までは分からないしそもそも放たれた小動物の大まかな位置は把握できるものの視界を共有しているわけでは無い。私の命令に従って追跡はしてくれるだろうが……、これだけじゃ手詰まりだな。

「本当に動物を殺してくれればあっさり見つかるのにねぇ」

 とりあえずあれが動くのは夜らしい、それまでは休もうかな。

 ……いや、そうもいかなそうだ。

「公園の方に何か来た?」

 茉莉緋色と出会った公園には特に密な監視を置いている。証言を信じるならあそこには武王の遺髪が埋められていたのだ。

 なぜか?

 幾つか考えられる事はあるが有力なのは取引の為、だ。

 武王の御物はそれを知る者にとっては圧倒的な価値を持つ物だ。どんな力かはわからないがある種の超能力を得られるのだ、欲しがらない者などいない。盗人自身もそれを欲して博物館から盗み出したのだろうと推測されている。

 しかしあれらには相性がある。

 過去の例で言えば武王が戦いの際に提げていたという剣は横暴で好戦的な性格の者によく馴染んだ。人を殺す為の武器はその為の力を持ち、それを苦にしない性格の者にしかその力を引き出すことは出来ない。

 今回盗まれた御物は三つ。その内の全ての力を引き出せる者など居ないだろうし、仮にそうだとしても三つ全てを持ったままにしておく必要も無い。

 なぜならそれを欲しがる者など大勢いるのだから。時に、一生を遊んで暮らせるような大金と引き換えにしても。

 さて、となると武王の遺髪を公園の一角に埋めたのは、誰かとの取引の為と考えるのが分かりやすい。誰も来ないような公園の端に埋めて後日そこに取引相手が物を取りに来る。現場を抑えられないようにと無い頭を捻った結果だろう。

 つまりこのタイミングで公園を訪れた者は取引相手の可能性があり、曳いては例の盗人の情報を持っている可能性がある。

「私に見つかったのが運の尽きだ。盗品の取引に手を出したこと後悔させてやる」

 幻獣の背に乗ったまま地上へと近付いて行く。

 地上からはこいつの姿は空に溶け込んで見えない、上から監視して植え込みに入ったところで捕らえればいいか。

 ……ん?

「……なんでまたあいつが」

 溜息交じりに下へ降りる。本来なら人目のある所で降りるなど言語道断だけど相手が私の力を知っているなら関係ない。

 地面に降りた音に反応して男が、茉莉緋色がこっちを見た。

「うわっ、え? 九常さん?」

「何でここにいるの?」

「え、あ、怒ってる? なぜに?」

「な、ん、で、ここにいるの!?」

 怒声を上げると質問一つ許してくれねぇのか、とぼやいている。

 えぇそうですとも! お願いだからこれ以上怒らせないでくれる!?

 そんな願いが通じたのか彼は素直に口を割った。

「単に人探しだよ。昨日一緒にいた子がいたろ? 九常さんが来て何も言えずに別れちゃったから一言謝っとこうと思ってな」

 ……ああ、そう言えばいたな、なんか変なのが。

「その子の連絡先も知らないの?」

「スマホ持ってないんだと。残念ながらな」

「それは……、本当に? このご時世に?」

 いくら特殊な力を持っていたところで現代においてスマホを持たない生活は正直考えられない。連絡や調べもの、その他諸々の雑多な手間を省くのにも必須アイテムだ。

 まあ、面倒な連絡が多いので投げ捨てたい時はあるけれど。

「持ってないんだから仕方ない。まさか俺や九常さんが買い与えるわけにもいかないだろ? そんなお金も無いし」

「お金なら有り余ってるけど」

「……わーお、お金持ち~」

 それだけの面倒を引き受けてるってことだけどね。通帳を偶に見返すと時々思う、このお金をどうやって使い切ればいいのかと。

 お金よりも休みが欲しい……。夏服の新作も出てるだろうし見に行きたいんだけどなぁ。

 悲しみに満ちた物思いに耽っていると茉莉緋色の方から何やら質問が来る。

「九常さんは何を? この公園に用事が?」

「何をってねぇ……」

 こいつは何もわかってないな。そののんきな頭に如何に状況がひっ迫しているか教えてやりたい。

 ……まあこいつは既に武王の御物について知ってるし半分こちら側、別に言っても問題ないか。

「例の盗人探しよ。茉莉君がくれた情報を元に色々と調べてる所」

「じゃあ何で公園に?」

「この公園に不審人物がいたから」

「俺? そんなに不審だった?」

「今こんなところに来ること自体が不審なのよ!」

 動物殺しなんて不穏な事があった場所に近付いて来るやつなんて全員頭がおかしいに決まってる。こいつなんて正にそうだ、そうに違いない!

「成程なあ。因みに捕まりそうなのか? その盗人兼動物殺し犯」

「私がいるんだから時間の問題よ。尊王会で最も優秀な私が、ね」

「そう言われても尊王会についてはあんまりよくわかってないって」

 ああもう、黙って頷いて私の気分を良くさせろっての。

「まあでも捕まりそうなら良かったよ。藍色もあのニュース見る度に不安そうな顔してたからさ」

「博物館の盗難騒動を?」

「近所の動物殺しを」

 ああそっか。彼らにとってはそっちの方が大事よね。

「もう何回も報道されてるからさぁ、どうしても近所だと思うとな」

「私なら出会っても簡単に取り押さえられるけどね」

「身に染みて存じております」

 そういや軽くのしたんだったっけ。素人にしちゃ良い動きだったけど私にとっては歯ごたえ無さ過ぎて忘れてた。

「ま、もし手伝えることあたら言ってよ。多少知ってる間柄だし出来る事なら手伝うから」

「茉莉君より私の使い魔の方が優秀だけどね」

「そりゃ違いない。じゃ俺はお暇するよ。ここには天使ちゃんいないみたいだし」

 ……本名だったら悪いけど、友達だか彼女だか知らないけど天使ちゃんって呼ぶのはちょっと気持ち悪いな。

「……あ」

 急に振り返って来た。別に不快そうな表情はしてないので心を読んだわけでは無さそう。

「そういや昨日まで俺を緋色君って呼んでなかったっけ?」

 ……こいつ、どうでもいい事に気付きやがって。

「……昨日までは苗字知らなかったから」

「何で名前は知ってたのさ?」

「前の席の、真柴君が呼んでたでしょ」

「あ~、成程」

 ふぅ、納得したか。

 正直後で気付いてちょっと恥ずかしかったんだよね。名前呼びだなんてなんか仲が良いみたいで。クラスメイトの前で呼ぶ前に気付いて良かった。

「俺は名前で呼ばれる方が好きだからいつでも戻してくれて良いからな!」

「二度と呼ぶか!」

 大声で叫ぶと茉莉緋色は逃げるように去って行った。顔が熱いのは怒りのせいであって照れや恥ずかしさのせいではない、と、思う。




 再び空の上。思うのは一つ。

 これ以上茉莉緋色に時間を使ってられるか!

「後回しにするつもりだったけど……、先にやるか」

 手元には学校でちょっと拝借した生徒手帳。中には茉莉緋色の名前が記されている。

 どうせ例の盗人が見つかるまでは少し時間がかかる。煩わしい問題をさっさと解決してしまおう。

 向かうのは住宅密集地から少し離れたところ、周辺には畑や空き地が広がる中に現れたそこそこ大きな一軒家。三世代は軽く住めそうな少し古めかしいその家はつい昨日にも訪れた場所だ。

 リボンを振り小動物に中の様子を探らせる。……人の気配は一つ、そしてそれがあの邪魔ばかりしてくる男では無いことは確認。

 突入だ。

 インターホンを鳴らす。古い家なだけあって防音設備など無いようだ、中から階段を降りる音が響いている。その音が止まったという事は今頃インターホンに付けられたカメラから私の姿を見ているのだろう。

『こんにちは、えっと、昨日来た、お兄ちゃんの同級生の方ですよね?』

 そして昨日も聞いた声が流れて来る。

 ここは茉莉緋色の家、正確には叔父の家だが細かい所はどうでもいい。そして今応対しているのは妹の茉莉藍色のはず。

「ええ、同級生の九常よ。こんにちは。学校の帰りに茉莉君の生徒手帳を拾ったので届けに来ました」

 言いながら生徒手帳をカメラの前で広げる。

『あ、そうなんですか? ごめんなさい、お兄ちゃんまだ帰ってなくて……』

「そうなんですか。でしたら預けておきますので後で渡しておいてください」

『わかりました。じゃあ今開けるのでちょっと待っててくださいね』

 音声が途切れる。

 ふう、外面よく会話するのは疲れる。まだもう少しその時間は続くけれど。

 ここに来た目的は単純明快。茉莉緋色の人となりについて調べる為だ。

 偶然かどうかわからないけれど今の彼は武王の御物をその身に宿している。そうなってしまった以上は彼が危険な人物では無いという保証が必要だ。経歴を聞いただけでは理解し得ない彼の中身に付いて詳しく知る必要がある。

 その為にはどうすればいいか?

 ガラガラガラ、と音を立てて戸が開かれる。その先には昨日も見た小さく髪の長い女の子。

 人となりを知る為にはその人と関わりの深い人物から話を聞くのが最も簡単だ。生まれてからずっと一緒にいる妹はその最たる人物と言えるだろう。

「こ、こんにちはー……」

 茉莉藍色、彼女はどこかおどおどとした弱弱しい印象を受ける子だ。昨日も私がいる間は常に兄である茉莉緋色の後ろに隠れていてあまりこちらと目を合わせようともしなかった。その様子を見ていればこの兄妹の仲の良さと関係性についてはある程度の想像ができる。

 きっと茉莉緋色は兄として彼女を守って来たのだろう。シスコンと呼ばれるほど過保護に。

 ではそんな妹からどう思われているのか早速丸裸にして行こうじゃないか。私としては気持ち悪いなんて思われてればちょっと気分良く帰れそうだけどどうかしらね。

「これ、お兄さんの生徒手帳ね」

 さっ、と扉の内へと入り生徒手帳を手渡す。

「あの、ありがとうございます。ちゃんとお兄ちゃんには伝えておきますね」

 ま、それは私がこっそり抜き取った物だけどね。そんなことはわざわざ言う必要が無いのでそのまま玄関の上がり框に腰を下ろす。困惑した様子の茉莉藍色を少し放置して何から聞くべきか頭の中を整理していく。

 一応尊王会の中で人となりを調べる場合のマニュアルはあるみたいだけど、会自体が細かい所は適当な組織だし内容をあんまり覚えてないのよね。

「え、えっと……?」

 茉莉藍色は……、正に守られて来た人間だ。

 私がこうして想定外の行動をしている事に驚きを隠せず、それでも何かしらの行動には移せない。私ならよく知らない人間が玄関に居座ろうとしたなら蹴りを入れて追い出すところだ。しかしこの子は誰かが助けてくれることに慣れているかのようにおどおどしながら私の事を見るばかり。

 ……あんまり脅かすつもりも無いしさっさと話に入りましょうか。

「ごめんなさい、急にこうして居座るものだから驚いていると思うわ」

「え? あ、いえ……、その、ちょっと図々しいなとは思いましたけど……」

 思ったより口悪いなこの子。評価を改めるべきかしら。

 まあ妹の方は別に関係無いし放っときましょう。

「ちょっと聞きたいことがあるの」

「聞きたいことですか?」

「茉莉緋色、あなたのお兄さんについて、ね」

 一瞬、ぽかん、と口を開けて驚いた様子を見せた彼女は次の瞬間には私の横に座って来た。そして目をキラキラと輝かせ私の手を取る。

「な、何?」

「お兄ちゃんの事なら任せてください! 私が世界の誰よりもお兄ちゃんについて詳しいですよ!」

 ……あ、そう。

 なんだか急に帰りたくなったけど我慢我慢。

 あ、そうだ。シスコンってのがシスターコンプレックスの略だったっけ? だとしたらこの子はブラザーコンプレックスでブラコンになるって事? 後で調べておきましょうか。

「お兄ちゃんの何を知りたいんですか?」

 それはそれとして。今は目の前の事を。

 茉莉緋色の経歴には興味は無い、調べればわかるし。より深い情報、兄妹だから、ずっと一緒にいたからこそわかるような事。彼を形作る芯のような物、それを知るには……。

「……昨日だけど、町を自転車で駆け回る彼を見かけたわ」

 自然と話しやすい雰囲気を作るには事実と嘘と脚色を混ぜ込んだ話をするのが一番らしい。そしてそれを情感を込めてどこか思い詰めた様子で語るのがより効果的とか。

 肘をついて下を向き表情を隠すように掌で目元を覆う。

「興味本位で話を聞いたら人を探してるんだって。手掛かりも何も無いけれど妹さんの、あなたの為に必死になって駆けずり回ってたわ。それを聞いて思ったの」

 顔を上げ神妙な様子で、じーっと茉莉藍色の顔を見つめる。そして再び目を逸らした。

「あれほど人の事を、たとえ兄妹であっても、誰かの事を想って行動できるって言うのは……。私の語彙では上手く表せないけれど、とにかく凄い事なんじゃないかなって思ったの」

 ちょっと臭い演技かと思ったが隣から息を呑む音が聞こえた。

 よし、場の雰囲気に飲み込んだ。彼女には今の私が思春期の悩みを抱える少女にでも見えているはず。

 馬鹿め! 何が人の事を想うだ! そんなの無くたって人は勝手に生きてるんだ! どうだっていいんだよ!

 と、そんなの表情には出してはいけない。一旦息を整えて、と。

「私は誰かの為にあそこまで動くことは出来ないと思うの。だから茉莉君はどうしてあんな風に出来るのか、私にはそれが不思議でならなかった。そう思うと知りたくて、彼の原動力は、軸は、芯は、その心の内にあるものって何なんだろうって」

 言ってて恥ずかしくなりそうな台詞だけど効果は抜群だと思う。少なくとも表情を見るにもはや困惑や疑問は彼女の中から消えてしまったらしい。

 さて、後は。

「……ごめんね、急に変な事を言って。……今の話は忘れてくれると嬉しいな。その、私も何を言ってるかわかんなくなっちゃったし……」

 一歩引く。この姿勢が大切だ。ちょっと正気に戻ったかのようにすることで話に真実味を持たせる、みたいな。

 そうしながらゆっくりと立ち上がり、引き留めやすい速度で動き出すのを忘れない。そうすれば……。

 歩き出そうとした時、私の手が掴まれる。

 ほら釣れた。

「……昔の話ですけど、少し聞いて行きませんか?」

 中へ案内されリビングへ。わざわざお茶まで出してくれてこの子は相当に教育が行き届いていると言うか……、若干こんな話を聞き出そうとしていることに罪悪感すら覚えそう。

 あ~、だから嫌なのよこの仕事。

「えっと……、私とお兄ちゃんはその、いまから大体十三年前、私が生まれた時からずっと兄妹なんです」

「そりゃそうでしょうね」

 さっきは教育が行き届いてるなんて言ったけど前言撤回していい?

 当たり前の事を一々仰々しく言うな!

「でもお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなくてヒーローなんです」

「……は?」

「あの日からお兄ちゃんは私のヒーローなんです」

 要領を得ねぇ~。頼むからもっとわかりやすく話してくれない? あんまりそんな迂遠な話し方されると頭の血管が切れそうなんだけど。

 ……いや、もう切れてるか?

「すぅー、ふぅ。……ごめんなさい、あの日って言うのは?」

 どうにか深呼吸で気持ちを落ち着けて会話を継続する。既にこの子から話を聞こうとしたのを後悔しているけど、ここで帰っても何の収穫も無し。それは私の沽券に関わるし……、いや別にそうでも無いか?

 とにかく、何らかの収穫を得よう。うん。

「……実は私たちが住んでるこの家は叔父の家なんです」

 それは知ってる。でもまあ知らないふりをしておきましょう。

「叔父の?」

「はい。両親が事故で亡くなって……、それから叔父が私たちを引き取ったんです」

「……それは悪いことを聞いたわ」

「いえ、もう昔の話ですから。私が六歳でお兄ちゃんが十歳の時の話です」

「……当時は大変だったでしょうね」

「……実を言うと私はあまり覚えていません。ただ……、辛くて、悲しくて、泣いてばかりいたのは確かですが」

 六歳と言うと小学一年生? まだまだ両親に甘えたい頃よね、泣いてばかりになるのも仕方ないか。

「あれ、知ってます?」

 不意に茉莉藍色がそう言って指差したのは……、何だっけ?

 巨大な角に黒を基調にしたマスク、特徴的なライダースーツやプロテクター。たぶん漫画かアニメのフィギュアってやつだと思うけど……。

「ごめんなさい、あまりアニメとかは詳しくなくて」

「あれは私が小学生の頃に見ていたアニメのヒーローです。イビライダーって言って悪魔の力と正義の心で地球を侵略する悪の組織をばったばったと薙ぎ倒して行くんです」

「ばったばったと……」

 ヒーローのイメージに使う言葉なのそれ。

「両親が亡くなって、私は、その、お恥ずかしながら引き籠りというやつになりまして。来る日も来る日も涙を流して布団にくるまっていたんです。……外の世界が怖かった、次にそこを出た時にはまた誰かがいなくなっているんじゃないかと思うと……、怖かったんです」

 怖い、か。

 人は過去に起こった出来事に左右されて生きるもの、トラウマはその最たる例だろう。過去の恐怖に縛られまともに生きられなくなるというのはどうしたって起こってしまう。

 仕方ないでしょ? 足が竦み、喉が震え、視界は明滅し、頭の中は真っ白になる。

 人が恐怖に勝つのは難しい。この子がそうだったとして、私は別に悪いとは思わない。

「……今のあなたは引き籠りには見えないわ。こうして私とも話しているしね」

 だとすればこの子を変えたのは……、まあ、考えるまでも無くあの男なのだろう。

「何があったの?」

「……お兄ちゃんは私のヒーローです」

 再び視線はフィギュアの方へ向けられる。

「ある日、お兄ちゃんはイビライダーの格好で私の部屋に来ました。子供の手造りの、拙いものでしたが。そして私の手を引いて言ったんです」

 過去を思い起こすように彼女の視線は天を仰ぐ。

「お兄ちゃんは藍色のヒーローだ。イビライダーのように必ず守るべきものの所へ戻って来る」

 ちょっと声真似が入った感じ、兄妹だからか若干似てるのが不愉快でもある。しょうがないでしょ、あいつの声なんか聴きたくないわよ! 茉莉緋色には何だか邪魔をされてばっかりなんだから!

 っと、まだ続いてるわ。

「不安があるならお前が安心できるまでずっと手を握ってる、怖いものがあるなら俺が追っ払う。俺は藍色のヒーローとしていつまでだって傍にいるよ」

 ……終わった?

 なんと言うか、こう、急に聞かされてもノリが分からないんだけど。イビライダーってのを知ってたら、或いは当時の茉莉家の様子をもう少し知ってればなんて出来たお兄ちゃんなんだろうって言ってあげられたのかもしれないけど……。

「だからお兄ちゃんは私のヒーローなんです」

「……そうなんだ」

 ヒーローねぇ。うーん、シスコンってやつになったのもその辺が絡んでるのかも、とは思えたけど……。まあそれだけか。この兄妹の事は少しわかったしとりあえず今日はこれで満足しましょう。

 ふと、視線を上げると茉莉藍色が気合を入れて息を吸い込んでいる。

 え、何?

「だからっ!」

 急な大声に思わず身構える。いつでも使い魔どもを出せるよう臨戦態勢。

「九常さんにお兄ちゃんは渡さないからっ!」

 そして発せられた言葉に……。

 え? いや……、え?

「九常さん、お兄ちゃんの事狙ってるんでしょ!」

「狙う? え? 何が?」

「だって昨日も急に家に来て、忘れ物だって、二日連続なんて、おかしいもん!」

「……はぁ?」

「お兄ちゃんは私のなの! お兄ちゃんは私のなの!」

 ……あ。もしかして、私が茉莉緋色の事を好きだとか思われてる!?

「いや、違」

「私のだもん! あげないもん!」

 駄目だ、話を聞きやしない。さっきまで丁寧語で話してたのもどこへやら、完全に子供の癇癪だ。

 ここは……。

「お邪魔しました!」

 三十六計逃げるに如かず、逃亡逃亡逃亡だ!

 リビングを飛び出て廊下を駆け抜け靴を履くのも後回しにして靴下のまま外へ。ああもう、なんて日だ。今日は厄日ね。

「……九常さん?」

 ……間違いなく、今日は厄日だ。

「えっと、俺んちに何か用だった? つーか、藍色の声が聞こえるけど、何かあった?」

 ……明らかに目の色が変わった。妹を泣かせたのであれば相手が何であれ容赦しない、そんな圧を感じる。

 実際の所、茉莉緋色がどんなつもりだろうと力で黙らせるのは私にとって大して難しい事じゃない。武王の御物をその身に宿していようが大抵の相手は一般人と変わらない、まして彼はその力を十全に使いこなしてはいないのだから。

 ただ、まあ、そういうのは嫌いだ。

「先に言い訳させてもらっていい?」

 結局、私はここに来た目的を洗いざらい話した。秘密裏に茉莉緋色がどんな人物か調べていた事、その為に茉莉藍色から話を聞いたこと、生徒手帳をくすねていた事、なぜか私が茉莉緋色を恋愛的な意味で狙っていると誤解され癇癪を起こされ逃げ出した事。

 結果、妹に確認が取れたようで私はそのまま無罪放免。寧ろ妙な勘違いをされたことに同情される始末。

「悪いな、藍色はちょっと寂しがりというか……」

「幼い頃に両親が事故死、でしょ? 仕方ないと思うけど」

「そう言ってくれると助かる」

 思った以上に常識的な対応だ。……茉莉緋色に対しては、こう、間の悪さからつい必要以上に評価が悪くなっていたと、その点は認めないといけない。

 さて、今日は帰ろう。もう……、疲れた。

「……ところで」

 私が歩き出そうとしたところで不意に彼が口を開く。

「俺を調べてる事は話して良かったのか?」

「良いわけないでしょ……」

 元々、秘密裏、に調べていたのだから。言って良いわけが無い。

「じゃあ何で?」

 ……はぁ。

「少なくとも、あなたは妹さんがいるのに妙な犯罪行為に走るやつじゃない。そう思っただけ」

「まあ藍色を一人には出来ないからな」

「じゃあ、私帰るから」

「ああ。また学校で」

 夕陽が赤く地面を染めている。

 また学校で、か。そんな言葉を聞いたのは久しぶりかもしれない。少なくとも、悪い気はしなかった。




 夜、提出する報告書には茉莉緋色への監視の強化は不要とだけ書いた。彼が尊王会に、武王の御物に対してどのように相対するのかは彼自身の決定を待つとしよう。 




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