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ヒロイック・アバンチュール  作者: 藤乃病


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2/12

2.

 同級生の話をしよう。

 その同級生とは彗星の如く現れた超新星、クラスに更なる活気をもたらすべく新学期始まってまだ一か月も経っていないこのタイミングでやって来た転校生だ。

 彼女の名は九常夕莉、とても高校生には見えない背丈(低いという意味で)、なんか気の強そうな目付き、ついでに謎のリボンを頭に付けているぞ。

 そしてなんと、俺は九常さんとは実は以前に会ったことがあるんだ。そこでは驚くべき事に自転車で走る俺の前に塀を飛び越えて飛び出して来るという衝撃的な出会いがあったんだ。個人的な思いを言わせてもらえれば非常に迷惑だったので二度とあのような事はしないで欲しいな。

 えー、そういう訳であんまりいい印象を持っていないんだけど、そんな相手が見事にお隣に座ってるんだよなぁ。




 九常さんはクラスの皆の注目の的だ。休憩時間になると誰もがちらちらと彼女の方を見ている。それは誰か話に行けとお互いを牽制しているようではっきり言えば馬鹿らしくも思える。

「緋色、これ返すぜ」

 ではそんな彼女に誰が一番最初に話しかけるのかと言えば、それは前の席の奴でも隣の席にいる俺でもない。宿題を写す為にパクっていた俺の問題集を返した勢いそのままに真柴が九常さんの元へ。

「九常さん。俺、真柴大樹、これからよろしくな」

 周囲の空気などどこ吹く風、真柴は当然のようにそう声を掛けて握手を求める。……女子相手に躊躇いなくそうできるのはもはや才能かもな。

 さて、相対する九常さんは真柴の底抜けの、少々馬鹿っぽい笑顔に対し微笑みを返した。

「ええ、よろしく」

 おお、にこやかに握手を返すとは。正直予想外だった。

 思い出されるのはつい三日前の事、自転車の前に飛び出して来ておいて……、何だっけな。何か言われたような……。逆切れされたような……、いや違うか? 忘れたな。

 まああんまり態度が良くなかったような気がするから差し出された手を叩くぐらいやるかと思ったのに。いや、そんな態度悪いやつが隣に来るのは御免だな、そんな事やり出さなくて良かった~!

「教科書とかもう揃ってるの?」

「ええ、転校の準備自体は少し前から始めていたから」

「そっかそっか。もしまだ無いんだったら俺が貸してあげようと思ってたんだけどなぁ」

「それだとあなたの教科書が無くなるんじゃない?」

 へぇ、意外に接しやすい態度だ。うーむ、あの時は余程急いでいたとかなんだろうか。正直もう記憶もあやふやだし、妹の元へ行くのを邪魔されて勝手に悪い印象を抱き過ぎたのかもしれない。

 いややっぱ塀を飛び越えるのはねーよ。

「ま、困った事あったら俺に聞いてよ。それかこいつでもいいぜ」

 不意に真柴に肩を叩かれる。あまりに突然の出来事に思わず睨みを入れた。

「俺かぁ?」

「隣の席だろ? こいつは緋色、俺の手下みたいなもんかな」

「いつお前の手下になったんだよ」

 真柴と二人で漫才コンビのような目で見られるのは嫌だなぁ。もしかしたらクラスの連中からは既にそういう目で見られているかもしれないし、せめて新入りの九常さんにはフラットな視点で見て欲しいね。

 と、ちらりと九常さんを一目見る。

「緋色君、ですか……、」

 えー、気のせいでなければ明らかにこちらを見る目が鋭い。こう、圧を掛けられている気がする。これはあれか? もしかして私を自転車で轢こうとした奴とでも思われてるのか?

「……どうも初めまして、まあ授業中にわからないことがあれば聞いてくれてもいいよ」

 とりあえず挨拶で初めて会ったアピールでもしとこう。何か勘違いしているみたいだけど自転車で君を轢きかけたのは僕じゃないよ! 仮にそうだったとしても俺は悪くない!

「ええ、もし何かあれば教えてくださいね」

 お、にこにこ笑顔で返事が来た。これは別人だと認識されたんじゃないか? いやあ、よかったよかった。

 学校での時間は平穏に済むのが一番だ。ここで何かあれば家に帰るのがそれだけ遅れてしまう。そうなれば藍色に何かあっても駆け付けてやることも出来ない。

 転校生なんて大仰なイベントは余所のクラスに来て欲しかったものだが、うちに来てしまったものは仕方ない。ここは程良い距離感を保って、卒業後はアルバムを見てそういやこんな人いたね、で終わるぐらいの関係性で突き進むとしよう。

 と、いう、わけ、で。

 あっという間に放課後だ。幸いな事に転校生イベントには大仰に巻き込まれずに済んだぞ。真柴が話しているのを見て誰が行くか牽制する時間は終わったらしく休憩時間の度に隣の席が騒がしかったが、その時間の全てを俺は空気となってやり過ごした。

 今はもうとにかく藍色の事が心配で仕方ない。体調は良くなっていたとはいえほんの三日前に熱を出して寝込んだわけだからな、疲れでまたどこか悪くしてしまうといけない。

 さあ帰るぞ! いざ藍色の元へ!

「緋色君」

 そんな俺に声を掛けて来たのは誰あろう転校生。駆け出そうとした足を止めてぎこちなく振り返る。

「ちょっといいですか?」

 俺の気のせいでなければ彼女の後ろには何か恐ろしい生物が睨みを聞かせているように見えるよ。

 嫌です、とは言わせてもらえそうに無いなぁ……。




 放課後の解放感に溢れた空気感。部活へ向かう物、友達と遊びに行く者、家に帰る者と分かれる中で俺と九常さんが向かう先は図書室だ。

「えー、なぜ図書室に?」

「そこなら学校の案内という名目を取れるからです」

「あ、そう」

 要するに一緒にいる理由で変に騒ぎ立てられたくはないってことだ。意見が一致している部分があるってのはありがたいね。

「うちの図書室は基本的に人が居なくて快適だから密談にはおすすめかもな。本があんまり無いせいで読書好きすら寄り付かないとの噂だ」

「知ってます」

 何で知ってるんだよ転校生。

 歩きながら周囲に人の気配が無くなって行くのを感じる。この時間に来ることが無いから知らなかったが図書室周辺は部室も無いようで、遠くグラウンドから聞こえるサッカー部やら野球部やらの声が木霊のように響いていた。

 そんな中で不意に九常さんが口を開く。

「この前の事は誰にも言わないように」

 あんまり唐突な台詞に一瞬何を言っているのか理解できなかった。ぶっちゃけまさか急に喋ると思ってなかったので野球部が練習の準備をする様子を眺めていたぐらいだし。

「……えっと、この前?」

「三日前」

「……ああ、自転車をこぐ俺の前に飛び出て来たあの……」

「そのことは誰にも言わないように」

 んー? なんだ、どういうことだ。元々そんな事をわざわざ人に言うつもりは無いが……、いや、真柴辺りには話の流れで前に実は見たことあったんだよねみたいなノリで言うかもな。

 しかしなんだ?

「それってそんな口止めするような事か?」

「うるさいですね。いいから私の要求に従ってください」

 別にそのことが恥ずかしいから黙っていてくれとでも言われれば他人に言いふらすつもりは毛頭無い。余計な火種を抱えるのは御免だ。しかし九常さんは決してそんな理由で言っているわけでは無さそうだ。言い方に圧があるというか、まるで面倒だから一々事情をお前に説明する気は無いが納得しろとでも言いたげだな。

 正直、あまりいい気分ではないのでここは一気に空気を変えてやるか。

「何その堅苦しい言い回し。俺達はクラスメイトだろ? もっと気楽なノリでいこーぜ!」

 と、いうわけで気さくに肩に手を置いてみた。

 えー、後悔しました。めっちゃ睨んで来るんだが。距離感間違えた。

「ふっ」

 そうと決まれば即座に手を放し必殺技を使う他ない。その必殺技は体勢を低くしながら日々の鍛錬によって鍛え上げられた身体を即座に丸める奥義でもある。人、これを土下座という。

「すみませんでした、調子に乗りました」

 とりあえずこの行動に対して反応は無い。

 ふ、唖然としている顔が目に浮かぶぜ。多少の怒りはその怒り以上の謝罪により吹き飛ばす事が出来るのだ。頭を下げるぐらいなら或いは怒りが勝つ可能性もあるが土下座までされると怒りを越えて引いてしまう可能性が高い。

「……プライドとか無いんですか?」

「まあこの状況なら必要ないな」

「そうですか……。顔を上げてください、誰かに見られたら困るので」

「はいはーい」

 ここで無意味に頭を下げ続けるのは下策だ。相手を余計に怒らせることになるだろうし、実際俺もこの姿を誰かに見られたくない。九常さんに土下座していたなんて噂されたら困るのは俺も同じなのだ。

「話を戻しますが、三日前の事は誰にも話さない。いいですね?」

「ああ。まあ理由は知らんけど言いふらされたくないならそうしよう」

 胸を叩いて大船に乗ったつもりでいたまえとアピール。そしたらなぜか意外そうな表情をされてしまった。

「……素直ですね」

「その方が良いだろ?」

「まあそれはそうですが……」

 ひと悶着あるとでも思っていたのだろうか? 残念ながら俺としても余計な騒動に巻き込まれたくないんでね。九条さんがあの時に何をしていたのか気にならないわけでは無いけれど、そんな事よりもさっさと帰って藍色の様子を確認したいというのが本音だ。

 そうだ、早く帰ろう!

「用事終わったなら帰っていいか?」

「え? ああ、まあ……」

「じゃあさいなら、また明日学校でな」

 そう言って返事も聞かずに駆けて行く。

 階段を一段飛ばしで駆け下りてその勢いのまま駐輪場へゴーゴー。道中で取り出していた鍵を差し込みロックを解除、そのままサドルに跨りペダルに足をかける。

「待ってろよ、藍色」

 グッ、と足に力を込めればそれに呼応して車輪が回り出す。中学から長く使っているが未だに現役のこいつには頭が上がらないな。空を見上げれば雲が風に吹かれて流れて行くのが見える。

 さあ、あの雲をも追い抜いて風になるぜ!




 圧倒的な速度でそこらをぺちゃくちゃ喋りながら帰る軟弱者をごぼう抜きにして家へと帰宅。

「藍色! 帰ったぞー! 無事なら返事をしてくれー!」

 戸を開けて中へ、そのまま声を掛ける。当然即座に返事が来るものだと思っていたのだが、待てど暮らせど何も無い。

「おいおいおい」

 靴を脱ぎ捨て邪魔な鞄を投げ捨て二階に駆け上がる。そしてすぐそこの藍色の部屋の戸を開け放った。

「……ん?」

 誰もいない。

 あくまでここは藍色のプライベートルーム、即座に戸を閉じて他の部屋を見て回る。俺の部屋、物置、一階に降りてリビング、台所、叔父さんの部屋やトイレに風呂まで。

「……ああ、帰ってないのか」

 それなら返事が無くて当然だ。寧ろ誰もいない家から返事があればそれは怪奇現象だ。そういう特集をやっているテレビ番組に応募するか、今なら動画とかを撮ってネットに上げるのも良いだろう。

 ま、そんな妄想は今やってもしょうがない。

「仕方ない、藍色が帰って来るまで待つか」

 とりあえず脱ぎ散らかした靴を整え、投げ捨てた鞄を部屋に持って上がる。そして自分の部屋で一息ついて、ふと思う。

「まだ帰って来てないのはおかしいんじゃないか?」

 今日は遅くなるなど聞いていない、授業はもう終わっているはずでそのまま帰ったなら既に家に着いている時間だ。ましてや今日の俺は九常さんに捕まったので普段より遅く帰っている。

「まさか、帰りの途中で……?」

 そんな不安が過った瞬間、俺は部屋を飛び出していた。

「待ってろ藍色! お兄ちゃんが今行くからな!」

 急げ俺! 一秒でも早く藍色の元へ駆け付けるんだ!




 駆け抜ける駆け抜ける駆け抜ける!

 自転車をこぐ足は速度を増し、それに呼応して車輪もより早く俺と車体を前へ前へ。周囲の民家や畑や空が背後に流れていく中で瞳をぎょろつかせ藍色を探す。

 いない、おかしいな。このままだと中学まで辿り着いてしまうぞ。

 ブレーキ。聞き苦しい音と共に自転車の速度が落ちる。

「……中学校で何か起こった可能性は排除するとして」

 校内で何かあったならとっくに俺に連絡が来ているはず。家の電話も俺のスマホの連絡先も学校には伝えてあるのだから。念の為スマホを取り出してみてもそこには連絡があった様子は無い。

「学校の近くも可能性は低い。制服を着た子が倒れてたり体調が悪そうにしていたら誰かが先生に伝えるはず」

 中学はスマホ禁止だからと持たせなかったのは良くなかったな。今後は鞄にこっそり入れておくべきか。

 いや、そんな後の事はどうでもいい。今、藍色がどこにいるかをどうにかして割り出さねば。

「あ、お兄ちゃん」

 そんなことを考えていたら藍色の声がした。振り返れば曲がり角から出て来た藍色がこっちを見ている。

「……藍色。何でそんなところに?」

 その道は家にも中学にも繋がっていない。どこへ繋がってるのかと言われても通ったことが無いからわからないぐらいだ。なぜそんなところへ?

「お兄ちゃんなら道が分かるかも」

「ん?」

 ふと、後ろにもう一人誰かいるのに気が付いた。塀の影に入っていたので気付かなかったが、その人を藍色が引っ張ってこっちに来る。

「……お前は」

「お兄ちゃん、この人知ってるの?」

 知ってると言えば知ってる。ただまあ名前もどこから来たのかも知らないんだよなぁ。なんだ今日は、袖振り合うも他生の縁というやつか? 奇妙な再会が続くな。

 藍色が引っ張ってきたのはつい三日前に俺の自転車の前に飛び出して来た女だ。ただし九常さんではない、その前に飛び出て来た相変わらずのぼさぼさの髪とぼろ布を纏った独特なファッションセンスの持ち主。

 向こうも俺を覚えていたのかこっちを見ると嬉しそうに塀を指差してはしゃいでいる。

「どうしたの?」

「どうしたんだろうな」

 なぜ塀を指差す。いや、喋れないのは覚えてる、というか今思い出した。何か伝えようとしているようにも見えるが……。

 塀、と言えば前に会った時に乗り越えては駄目ですと幼子を叱るように教えた覚えはある。というかそれぐらいしか心当たりが無いので。

「あれから塀を乗り越えずにちゃんと道を歩いてるよ、とか?」

 そう尋ねてみれば満面の笑みと共に何度も首を大きく縦に振る。元々ぼさぼさの髪が更に乱れて行くじゃないか。

「そうかそうか、偉い偉い」

 やっぱり背の高さを除けば幼児にしか見えないなこいつ。どうやら褒めて欲しそうななのでついでに頭を撫でてやれば得意満面ではしゃいでいた。

「お兄ちゃん、彼女さん?」

「違う。この前に……。この前に自転車漕いでたら塀を乗り越えて俺の前に飛び出て来たんだよ。それでそういうことしたら危ないだろって注意した仲だな」

「エキセントリックな出会いだね……」

 まあまずそんな出会いをすることはあるまい。あったとしても運が悪いと事故って最悪の出会いだ。そういう意味では運が良かったんだな、俺。

 ……いやいや、二回もそんな出会いをするのは運が悪いだろ。

「で、藍色は何でこいつと一緒に?」

「天使ちゃん道に迷ったんだって」

「天使ちゃん?」

「この子の名前だよ」

 あ、そう。そんな名前だったのか。興味無かったから聞きもしなかったもんなぁ。

「よく聞き出せたな、喋れないのに」

「手帳あるから」

 あぁ、筆談。前に会った時はメモ帳の類は持ってなかったから考えもしなかったな。

「ほら、これ」

 藍色はポケットにしまっていた手帳を取り出すとその一番後ろのページを開く。そこには非常に読み取り辛い文章が大きく汚い字で綴られている。……子供の殴り書き?

「全部ひらがなじゃん。しかもちょいちょい間違えてる」

 左右反転していたり線が一本多かったり、間違えていなくともバランスがおかしかったり。アルバムなんかで幼稚園の頃に書いた文字を見返すとこんなだったなぁ。

「名前は漢字だよ」

 そう言われて見れば途中で唯一、天使、の文字だけは漢字だ。しかも珍しく合っている。

「成程、天使ちゃんね。それで、さっき聞いた限りだと迷子なのか?」

「うん、道が分かんないみたい」

「ふーん」

 それってもしかして今までは塀を越える道ばかり使ってたけどそれが使えなくなったからとかじゃないよな?

 もしそうだとしたらこいつの迷子は俺のせいって事になるのか?

「……藍色はそれで手伝ってあげてたのか、偉いなぁ」

 とりあえず考えたくない事からは逃げて藍色を撫でる。褒めるべき時に褒める、これが妹と接する時の鉄則だ。

「向こうの方みたいなんだけどこの辺は私も詳しくなくてわかんなかったの。だから誰かに聞こうと思って戻って来たらお兄ちゃんがいたの」

「そうかそうか。よし、じゃあお兄ちゃんが完璧に案内してやるさ」

「ほんと? 良かったね天使ちゃん。お兄ちゃんも協力してくれるって」

 藍色の言葉に天使ちゃんも嬉しそうだ。天使ちゃんが嬉しいと藍色も嬉しい、藍色が嬉しいと俺も嬉しい。うむ、嬉しいの連鎖だ、素晴らしい。

 さーて、そうと決まればいっちょやったりますか。

「で、どこ行くんだ?」

「この辺りの公園みたいなんだけど。そうだよね?」

 天使ちゃんはバタバタと動いて何かを伝えたいらしい。ジェスチャークイズの練習しておくべきか? 頭の横で握り拳、そのまま前後に揺れる揺れる。あー、たぶんわかった。

「ブランコのある公園か」

「あー。そうなの?」

 藍色の問いに天使ちゃんがこくこくと頷く。

「この辺でブランコのある公園ねぇ」

 さて、さっきは適当に吹かし込んだものの俺もこの辺りは詳しくない。しかし俺には最強の味方がいる。

 文明の利器、スマホだ。

「……んー、この辺に公園が二つあるな。どっちかわかるか?」

 藍色と天使ちゃんが画面を覗き込むも二人共首を傾げるばかり。藍色はともかく天使ちゃんもか。ま、中身は幼児みたいなもんだし地図読めそうもないか。

「じゃあとりあえずどっちも行ってみよう。近くにある公園がこの二つだけだしどっちかは当たりだろ」

「そうだね。行ってみよう」

 こうして三人での旅が始まった。

 自転車を押しながらスマホで道順を確認、二人を先導し歩いて行く。

「お兄ちゃんはね、いつだって私を助けてくれる私のヒーローなんだよ」

 後ろからは二人が何やら話しているのが聞こえた。まあ天使ちゃんは喋れないらしいので基本的に藍色が一方的に物を言っているだけだが。

「だから心配しないでも大丈夫。お兄ちゃんがすぐに天使ちゃんの行きたいところまで連れて行ってくれるからね」

 藍色は非常に可愛らしく優しく気を遣うことも出来る最高の妹だ。その素晴らしさが天使ちゃんにも伝わっているのか、出会って間もないであろうにも関わらず二人は非常に親し気にしている。

 まあ感受性が非常に素直な天使ちゃんであれば藍色の美しい心に触れることですぐにその本質を見抜けることは想像に難くない。いや、寧ろそれを見抜いて藍色に助けを求めた可能性もあるか? ……いや、藍色が迷子になっているところを見つけたんだって言ってたか。

 ともかく兄としては藍色に友達が、若干不安な要素もあるとはいえ、良き友達が出来そうであるという点は素直に嬉しいものだ。

 ……いつか大勢の友達に囲まれて俺のことなど必要としなくなる日が来るのだろうか? その時が来たら……、兄として素直に喜ぶべきなんだろうなぁ……。

「お兄ちゃん、ここで曲がるんだっけ?」

「ん、あぁっと……」

 っと、今は目の前の事に集中だ。未来の事にかまけて今助けを求めている藍色を放置するなど最低だぞ。

「もう一本先だな。そこを右に曲がれば公園があるはず」

「だって。目的地だといいね」

 天使ちゃんもにこにこ笑顔だ。その表情を見るだけで助けになった甲斐があると言うものだ。

 初めての出会いの印象は正直あまり良くなかったが、この子は常識を教えられて来なかっただけで本質的には素直でこれからどのようにでも変われるらしい。良き教育者の元に行けば案外歴史に名を遺すような事もあるかもしれない、なんてのは流石に夢見過ぎか。

 ……一つ、浮かんだ疑問からは一旦目を逸らすとしよう。今の俺達はたまたま行動を共にしているだけの他人だ。深入りすべきではない、と思う。

 ……藍色に何て言おうかなぁ。

 道を突き進み辿り着いた公園。ブランコ、シーソー、砂場に滑り台がある公園だ。とりあえずブランコがあるので要件は満たしている。しかしそれはそれとして中学生、高校生、推定高校生の三人組には少々場違いな場所に思えた。

「天使ちゃん、ここで合ってる?」

 返答は……、残念ながら首を横に振られてしまった。一発で当てれば兄としての尊敬をより強く勝ち得ていたはずなのに……。

「そっか。でももう一か所あるんだよね?」

「そうだな。ただここから少し離れてるからな」

 思わず空を見上げる。日は既に大きく傾きもうしばらくすれば山に沈んで行くかもしれない。暗くなるまで外を出歩くのはあまりよろしくない。最近は動物殺しなんて物騒な事件もあるしな。

 とはいえ頼りになる自転車は一台しかない。

「三人乗りは流石に無謀だな……」

「お兄ちゃん、二人乗りも駄目だよ」

「そうだな」

 となると……。

「天使ちゃんは走るのは得意か?」

 とりあえず尋ねてみると手足をばたつかせて思いの外大きなリアクション。どうも若干奇妙な形だが走っている真似のように見える。

「とりあえず身体を動かすのが好きなのはわかった。じゃあ藍色が自転車に乗って俺と天使ちゃんが走るって事にしよう」

「私が乗るの?」

「そうだぞ。高さ調整するからちょっと待ってろ」

 サドルの位置を思い切りよく下げる。この自転車は元々中学入り立ての頃に買ったやつだからな、今は随分と身長が高くなってしまったが当時は今の藍色、より当時も流石に高かったが……。ともかくサドルの位置を下げればどうにか藍色でも乗りこなせるはずだ。

「よし、乗って見ろ」

 藍色が跨るとつま先が何とか地面に付く高さ。

「ぎりぎりだね」

「漕げるか?」

「うん、大丈夫」

「それじゃあ行くか。二人共付いて来い!」

 言葉と共に走り出す。これは自慢なのだが俺の体育の成績は同級生の中でもかなり上だ。体力測定では50メートル走、持久走共に高い評価を得ており、陸上部へ勧誘されたこともある。

 しかし俺には藍色を守るという使命があるのだ。部活をやっている暇はない。鍛えた身体も体育の成績や部活の為では無く藍色の為にあるという事を忘れてはいけない。それに文武両道の無敵の兄の背を見せる事で藍色に努力の素晴らしさを伝えてもいるのだ。

 と、まあそんなわけで走りには自信がある。女子はおろか男子ですら俺に付いて来るのは至難の業だろう、運動部のエース格ならわからんがな。

 ……と思っていたのだが。

「天使ちゃん足速いねー!」

 藍色の言葉通りだ。天使ちゃん、めちゃくちゃ足速い。

 流石に50メートル先が目的地という訳でも無いのでいきなり全力疾走などするはずは無い。しかし1キロ程度しか離れていないのでそこそこ速く走っても体力は持つ。となると重要なのは天使ちゃんがどの程度の速さまでついて来られるか、という事だったのだが。

「本気で走ってもついて来れるのか……」

 いつの間にやら結構な速度が出ている。通行人が今の俺達を見たら陸上の練習と思われるかもしれないと思う程。なんなら自転車の藍色が一番遅れそうになっているほどだ。

 そういやいきなり塀を飛び越えて来たぐらいだし運動神経は良いって事か? にしても女子でこれは陸上の大会に殴り込めば上位に入れるんじゃなかろうか? うーむ、これは逸材を見つけてしまったなぁ。やっぱりこの子は良き指導者の元に付けるべきだよ。

 そうして走り続ける事、数分。

「着いたぞー!」

「おー!」

 さあ二か所目の公園に辿り着いたぞ。

 実にすっきりした場所でここにあるのはブランコ、砂場、土管。遊具少なくない?

「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」

 まあどうせそんなもので遊べるタイミングじゃねえけど、ちょっと呼吸を整えさせてくれ……。天使ちゃんが速過ぎて想定外に体力を使ってしまった。

 その天使ちゃんはと言えば入り口に突っ立って公園を見渡している。……えぇ、息が切れてないように見えるんだが、マジ?

「どう? ここで合ってる?」

 藍色の問いに天使ちゃんは……。

 ばっ、と両手を挙げて喜んだ!

「合ってるって」

「そりゃあ、よかった、なぁ」

 すげぇ体力だな天使ちゃん。あれだけ走った後に飛び回って喜んでるよ。俺はまだまだ鍛え方が足りないらしい。

 とまあ、とりあえず道案内は終わり。これからどうするかね、俺らもこいつも。

「天使ちゃんはここで何するの?」

 そんなことを思ってると藍色が天使ちゃんに尋ねる。それに対して返って来たのは身振り手振りの要領を得ないジェスチャーだ。

「はい、これ」

 俺も藍色も全然分からなかったので素直に手帳を差し出すと何やらがりがりと書き始める。……うーん、ペンの持ち方が幼稚園児のそれだぞ。……いや、深くは考えるまい。

 書き終わった後のみみずがのたくった様な字を解読、解読。

「ま、ち、あわせ、か?」

「誰か待ってるの?」

 天使ちゃんはこくこくと頷く。

 ま、たぶん保護者だろ。しかし今時スマホ一つ持たせないのはどうかね? 保護者への連絡先をきちんとわかるようにすべきでは?

 それはそれとして……、空が赤くなって来たな。

「そろそろ暗くなる。俺達は帰ろう」

「えー」

 俺の提案に対して藍色は不満顔だ。

「天使ちゃんはどうするの?」

「待ち合わせ相手が来るんだろ? だったら俺達に出来ることはもう無いさ」

 まあ心配は心配だが余所の子のことまで気にしても仕方ない。それよりも暗くなるまで藍色を外で連れまわす方が余程大問題だ。

「最近は物騒だからな。暗くなる前に帰らないとな。天使ちゃんも待ち合わせ相手が来たらさっさと帰るんだぞ」

 俺の言葉に天使ちゃんは確かに頷く。うむ、素直なこいつの事だ、こう言っておけばさっさと帰るに違いない。そうと決まればこちらはさっさと帰るのみ。

「じゃあな」

「じゃあねー、天使ちゃん」

 両手を頭の上で大きく振り続ける天使ちゃんを残し俺達は公園を後にした。その姿が視界から消えると同時に二人立ち止まる。

「お兄ちゃん道わかる?」

「ははは、任せとけって」

 すぐさま地図アプリを開く。いやー、現代人でよかった。

「……反対だったわ」

「もー、お兄ちゃんしっかりしてよ」

 Uターン。姿を見られたらあまりにダサいので公園の前を全力疾走したことは秘密だ。見られていないことを強く祈る。




 ようやく家に辿り着いた時には外はもう暗くなり一番星が既に見えていた。少し冷たい風が走り通しで汗をかいた身体を程良く冷ましてくれる。

「遅くなっちゃったね」

「なぁに、偶に冒険するぐらいが丁度いいってもんだろ」

 藍色はあまり外に出掛けない子だ。それは外向的でない性格も多分に関わっているがそれ以上に本人がすぐに体調を崩してしまうことを気にしている点が大きい。なるべく体力を保とうと家に籠りがちになっているのだ。

 そういう訳でかなりイレギュラーな事態だったが、藍色が自分で外を歩き回るのは非常に珍しく兄としてこうした姿を見れるのは中々嬉しいものだ。

 それにその理由も困っている人を助けようとするという美しき心根があるからという、ああ、うちの妹はどこに出しても恥ずかしくない自慢の子なんです。

「疲れたろ。今日は腕によりをかけて美味しい物を作ってやるからな」

「ほんと? じゃあ私お兄ちゃんのチャーハンがいいな」

「チャーハンでいいのか? もっと手間がかかるものでもいいぞ?」

「チャーハンがいい」

「そうか……。じゃあついでに何かスープでも作ろうかな」

 うーむ、もっと手の込んだ物を要求された方が作り甲斐があったんだがなぁ。まあ藍色の希望が第一だ、俺のささやかな希望はどうでもいいな。

「よーし、じゃあお兄ちゃんは晩御飯の準備をするから藍色は出来るまでに宿題を済ませちゃいな」

「はーい」

 階段を上る後姿を見つめる。

 ああ、なんと素直な妹だ。

 もしこの世界を作った神なんてのがいるのなら藍色を俺の妹にしてくれてありがとうと言わねばなるまいよ。

 台所、冷蔵庫と冷凍庫確認中。

 む、冷凍庫にいつ作ったのかも覚えていない餃子発見。スープ餃子にして使ってしまおう。

 鍋には水、鶏がらスープの素、餃子を入れて火にかける。後は頃合いを見て葱でも散らせばそこそこ見栄えがするだろう。

 その間にチャーハンの準備だ。野菜を刻み、ひき肉を解凍。卵を混ぜて、油たっぷりのフライパンに流し入れる。弾ける油に気を付けつつまだ固まり切らない卵の上にご飯を投げ入れ混ぜる混ぜる。少し経ったら野菜と肉も入れて後は炒め続けるのみ。

 っと、味付け忘れてた。

「つい忘れちゃうんだよなぁ……」

 チャーハンを作ると思い出すのはいつだって苦い思い出だ。

 小学校高学年ともなれば家庭科の授業が始まり、そこで調理実習なるものが始まる。当然、小学生だった過去を持つ俺もその授業を受けたわけだ。

 そんなある日、叔父さんが仕事で帰りが遅くなるという連絡が入った。その頃は叔父さんが食事も用意していて当然帰って来るまで晩御飯はお預け。藍色がお腹が空いたとぐずっていたのを見かねたのだろう、俺はつい。

「藍色、俺が晩御飯作るから待ってて!」

 そんなことを言ってしまった。

 ほんの数日前に調理実習があった、そんなもんだから子供らしい気の大きさで晩御飯を作るぐらい簡単だと思ったわけだなぁ。

 運が良いのか悪いのか、調理実習に使った食材も揃っていたので気の大きくなった俺はもう止まらない。ハム、人参、葱を包丁で不格好に切り刻み、卵は間違って入ってしまった殻を取り除き切れないままかき混ぜ、いざ炒めれば米と卵が絡み切っておらずぱらぱらとは程遠い仕上がり。入れすぎた油のせいでぎとぎとな上、何の味付けもされていなかったのでそれはもう、とても食えたもんじゃなかった。

「お兄ちゃん、ありがと」

 精一杯に笑顔を見せてそう言った藍色の顔は今でも忘れられない。直後に卵の殻を噛んでその笑顔が消えた事も。

 はぁ、何度思い出しても不甲斐ない。あの頃の俺は無意味な全能感で藍色に迷惑を掛け通しだったわけだ。

 まあ今はあの頃の失敗を全て克服し完璧なチャーハンを作ることが出来る。勢いよくスプーンで掬って、味見!

「うむ、完璧!」

 よし、藍色を呼びに行こう。

「お兄ちゃん、そろそろできた?」

 と思ったら降りて来ていたらしい。

「宿題は終わったのか?」

「もうちょっとー。でも良い匂いがするからもう出来たかなって」

「そうかそうか、じゃあ先にご飯にしよう。丁度出来たところだからな」

「はーい」

 二人仲良くお皿を運ぶ。チャーハンにスープ餃子と食卓は中華の香り。まあ本場の味とは全然違うんだろうけど。

「いただきまーす」

「いただきます」

 藍色が早速チャーハンを口に運ぶ。ふっ、成長し進化を続ける俺のチャーハンの味に驚くがいい。じっと見つめる中で藍色が何度も咀嚼し、そして飲み込む。

「お兄ちゃん、このチャーハン」

 来た!

「前より味濃くなった?」

 ……ん?

「私はもうちょっと薄い方が好きかも」

 一口食べる。……うーん、濃いとは思わないが。寧ろこのぐらいの方が身体に染み渡る感じがすると言うか……。

 そこで気付く、俺、今日、めっちゃ走ってたな。

 汗と共に流れ出る塩分、失った塩分を補給しようと無意識の内に味が濃くなっていたのでは? そのせいで藍色の好きな味とは離れてしまっていたのでは?

 藍色の事を一番に考えられていなかったなんて、俺は……、俺は、兄、失格だ。

 うっすら塩が吹いたズボンを涙が濡らす。自身に勝手な全能感を覚えているのはどうやら子供の頃も今も変わらないらしい。



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