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ヒロイック・アバンチュール  作者: 藤乃病


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11/12

11.

 ヒーローの話をしよう。

 俺の中にあるヒーロー像について。

 



 家を出るとそこにはまだ九常さんが立っていた。まるで俺の事を待っていてくれたみたいに。

「で、どうするの?」

 九常さんが俺に尋ねた。俺は目を閉じ少しだけ過去を振り返る。

 俺という人間は幼い頃から周囲の人には恵まれているという自覚がある。はっきり言ってめちゃくちゃ運が良い人間だ。藍色、叔父、真柴や常見も良いやつだし、ここにいる九常さんもそうだ。そんな人に支えられて来た俺は、それでいてしかし藍色の為だけに生きていた。それを後悔するつもりは無い。

 藍色のヒーローでいる為には他の多くを捨てなければならなかったから。

 でも今だけは、少しだけお休みだ。今の俺は藍色のヒーローじゃない。

「……九常さん。少しだけ俺に時間をくれるか?」

「時間ねぇ……。何するの?」

「俺は」

 どんな言葉を宣言すべきか少しだけ考える。どうせ啖呵を切るならかっこいい台詞にしたいと思うのはきっと自然な事だろう。こんなこと一生に一度あるかないかだ、後で思い返す時用にかっこいい台詞、そしてかっこいいポーズもあれば最高だ。

 そして咄嗟に思い付いたポーズは拳を突き上げて空を見上げる姿。

「俺は、天使ちゃんのヒーローになるのさ!」

 決まった……。

「……リビングに飾ってあったイビライダーの真似?」

 ……あ!

 咄嗟に出て来たポーズは見慣れてしまったフィギュアに引っ張られた物だったらしい。俺はこれからこのシーンを思い返す度にパクりをしたという罪悪感に苛まれなければならないのだろうか。

 まあ、先人の胸を借りたという事で……。

「ごほん、あ~……。九常さん、行こうぜ。どうせ天使ちゃんの所に行くんだろ。俺も連れて行ってくれ」

「……まあ、いいけど。本当にどうする気よ?」

「決まってるだろ。ヒーローだぜ?」

「はぁ」

「ヒーローは人を助けるんだぜ? 知らなかったか?」

 九常さんは呆気に取られたように俺を見つめる。おそらくはヒーローの心意気、その素晴らしさに何も言えないのだろう。

「馬鹿みたい」

 あれ? なんか不評ですか?

「でもま、連れてってあげる」

 風と共にちょっと見慣れて来た保護色プテラノドンが降りて来た。ふう、ちょっと緊張して来たな。

「言っておくけど、命の保証はしないからね」

 ……めちゃくちゃ緊張して来たな。




 空を行く旅。町を見下ろすのにも慣れて来た、なんてことはなく普通に怖い。高過ぎる。落ちたら絶対に助からないという確信がある。

 まあ今はそれよりもこの後の事で頭がいっぱいだけど。

「一応言っておくと私はあの子の事を殺すつもりだから」

「それはちょっと待ってもらう」

「つまり私にはあなたが失敗するまで待ってろって事?」

「俺が成功するからそんな機会は来ない」

 本当は成功も何もどうすべきかもいまいち考えがまとまっていない。半ば勢いだけでここまで来てしまった気はする。しかし今の俺は天使ちゃんのヒーローだ。引き返す選択肢は無い。

「……言っとくけど近付くだけでも命懸けだと思うわよ。見たでしょ、あの動き?」

「寧ろ見えなかったぐらいだけどな」

 天使ちゃんが剣を取った直後の動きが目で追えたか、という話だが俺はほとんど見えなかったと言っていい。気が付いた時には九常さんが出した生き物たちが切られていたし俺は九常さんに引っ張り上げられて宙に浮いていた、って感じだ。

 まともに考える頭があれば……、あそこにもう一度行けば確実に死ぬ、そんな判断をすると思う。

「それでも行くの?」

「もちろん」

 返事に躊躇いは無い。

「ほら、俺は例のさ、武王の御物があるだろ?」

「……怪我が早く治るって言うのは死んでも治るって事じゃないと思うけど」

「でもわからないだろ?」

 治療する力なのだとすれば運が良ければ死んでも生き返るかもしれない。不死身だ不死身、いやぁ、実は当たりの力を貰ってたんだな俺は。

「まあそうだけど……、そんな不確かな事に命を懸けるつもり?」

「はっはっは」

「笑ってる場合?」

 不確かな事に命を懸ける、か。本当にそうだ。俺自身、本当は俺の身体が不死身だなんて思っていない。多少切られたぐらいだったら案外無事で帰れるかもぐらいは思ってるが、真っ二つにされて死ぬ可能性が一番高いかなと思っている。

「まあ任せてよ。俺がどうにかするからさ」

 微笑みを浮かべる俺を見て九常さんはあからさまに不気味な物でも見る目をしていた。そんなに変な笑顔だったか?

「……はあ」

 めっちゃでかい溜息まで吐かれてしまった。もう話をする気は無いって感じだ。

「……これだけは言っておくけど」

「うん」

「どうにもならないと判断したらあなたごと押し潰すから。私が一番優先するのはあの危険人物が大人しい内に処理する事。他の人が殺される前に二人まとめて殺す方が確実って事ね」

「わざわざ確認を取らなくても大丈夫だって。わかってるから」

「そう……」

 まさかついこの前来たばかりの転校生に殺されるかもしれないってことだ。世の中何が起こるかわからない。ふふふ、まあこればかりは俺が悪いだろうな。

「だから!」

「わっ!?」

 急に声を上げるからびっくりした。めっちゃ高いんだから、地上何メートルかわからないんだから脅かすのは勘弁してほしい。

 しかし九常さんは俺が驚いたことなど気にする素振りも無い。当然だ、彼女は真剣な表情でこっちを見て拳を突き出した。

「私の手を煩わせることが無いように頑張って来なさい」

 そう言われて気が付く、既に公園の真上に俺達はいた。街灯の灯りに照らされて米粒のような天使ちゃんの姿が見える。

 ……ふっ。

「九常さんって態度に比べて結構優しいよな」

「はあ~?」

 こっちを睨む九常さん、こちらに突き出された拳に俺も拳を合わせる。

「まっ、上手くやって来る。ヒーローの本懐を遂げて来るさ」

 合わさった拳がこつん、と音を立てた。顔を見合わせて笑みを浮かべ、それから九常さんが俺を突き飛ばした。

 突き飛ばした?

「え、ちょっ!?」

 当然後ろには何も無い。バランスを崩してプテラノドンからはみ出るとそのまま地上へ真っ逆さまだよねぇ!?

「わ、わわわわ!」

 どうにか耐えようと手を伸ばしプテラノドンの翼を掴もうとするも、残念。空振りに終わる。

「あーっ!」

 最後に見えた九常さんの口元は、頑張ってね、と動いていたように見えた。これを優しさにカウントするかは……、ちょっと悩みどころだな。

 空から地上へと落ちて行く。不思議と恐怖は無い。いやまあ、流石に九常さんもまさか俺を地上まで放置するはずが無いという信頼故だが……、放置しないよな?

 若干不安になってきたところで落ちて行く俺を受け止めるように巨大な鳥が現れる。成程、あれで受け止める算段ね。重力に身を任せて鳥の背中へ。

「げほうぇっ!」

 想像以上の衝撃、腹が突き破れたのかと思った。しかし痛みはあまり無い。たぶん俺の中にある武王の御物とやらのおかげだろう。

 下を見ると想像以上に近い、と言ってもまだ三階ぐらいの高さか?

「飛び降りたら死ぬか?」

 でも今の衝撃でも無事だったし行けるか? そんな風に悩んでいると徐々に高度が下がっているのに気付く。ならばしばらく待つとしよう。

 空を見上げれば星の瞬きが消えて黒い緞帳が降りたようになっている。おそらく九常さんが準備をしているのだろう、俺ごと天使ちゃんを押し潰す準備を。言うまでも無くそれをさせるわけにはいかない。それは天使ちゃんの為であり、九常さんの為でもあり、俺自身の為でもある。

 下を見る、公園の中央に天使ちゃんが立っている。

「天使ちゃん……」

 その姿はまるで本物の天使のような、ただの人とは一線を画す雰囲気を纏っている。ただの布切れのような服は赤い鮮血を浴びる事で近寄り難い恐怖を感じさせると共に、ある種の神聖的な雰囲気を醸していた。

 天使ちゃんは上を見上げている。もしかすると俺の事を見ているのだろうか? その瞳が黒く暗く染まっているように見えるのは星の光が届かないせいなのだろうか?

 そうだとも、俺は天使ちゃんが何を考えているのかはわからない。それでもここに来たのは……、俺が天使ちゃんのヒーローになるのを選んだのは……。

「考えるのは後でもいいさ」

 高度は十分に下がった。俺は鳥の背中から飛び降りる。




 もしもこれが漫画やアニメなら武王の御物の力を使って戦いを始めるのだろう。俺は再生能力、天使ちゃんはよくわからないけれどたぶん斬撃系の能力だ。どちらが勝つのかはわからないが天使ちゃんの剣が俺の肉を切り裂きそれを再生させて戦う、絵面的にはちょっと面白い一戦になるかもしれない。

 でも俺にそんな事をするつもりは一切なかった。




 地上に降り立った俺が真っ先に感じたのは天使ちゃんが剣を手にした時に周囲に放った殺気だ。全身が一瞬で死の危険を察知し総毛だつ、この場にいてはならないと警告を発する。

 天使ちゃんと目が合った。

「キヒ」

 不気味な笑い声を上げる彼女の瞳は空の上から見下ろした時と同じで暗く黒く濁って光は無く、放っておけばきっと無感情に周囲の命を消して行くのだろう。

 今ならはっきり言える。

 俺は。

「そういう目をさせるのは嫌だ」

 今ならはっきりわかる。

 俺は俺の我が儘を通す為に藍色のヒーローになったんだ。藍色が沈んだ顔をしているのが嫌だったから、楽しそうにしていて欲しかったから、その為だけに藍色のヒーローになった。

 でもそれだけじゃ足りないんだ。俺は我が儘だから。周囲にいる人達が常に幸せでいて欲しい、暗い顔をしているのを見たくない。

 ……ただそう願うにはちょっとだけ賢しかったせいで早々に気付いたんだ。誰もを助けようと手を伸ばすには俺の手があまりにも少な過ぎるって。人が一度に手を差し伸べられるのは両の手があるから二人? いやいや、片手で人を救えるほど甘くない。ヒーローはたった一人にしか手を差し伸べられない脆弱な存在だ。

 あのイビライダーだって恋人の為に行動する事しか出来なかった。俺がどうして誰も彼も救えるなんて思えるんだ?

 ならば俺に出来る事は一つだけだ。藍色以外に大切な物を作らないように、ずっと努力をして来た。人との関わりをなるべく避けて、深入りしないように気を付けて、藍色だけを見ていられるように、藍色以外に手を差し伸べようだなんて思わないように。

 それがヒーローのあるべき姿と信じて突き進んだ。その結果が今だ。天使ちゃんの事情にほんの少し踏み込んだだけで動揺し、藍色にすらそれを隠しきる事が出来ず心配を掛けた。まあ、藍色が俺の背中を押すことが出来るぐらいに成長していたのは嬉しかったけどな。

 ……ともかく、今、藍色のヒーローはお休みだ。ならば俺が今一番手を差し伸べようと、その沈んだ表情を笑顔に変えてやりたいと思うのは。

 天使ちゃんが剣を抜いた。間違いなく、最短距離でこちらに駆けて来るだろう。その動きは目で追うのがやっとの速さで、とてもとても反応できそうも無い。鍛えた身体も形無しの圧倒的な力を前にしている。

 しかし恐怖は無い。

 剣は俺の胴を切り裂こうとしている。それでも躊躇わずに前に出た。

「天使ちゃん、一緒に遊ぼうか」

 手を広げて彼女を迎え入れる。剣が俺の身体に触れる直前で動きを止める。

 俺に出来るのはこんなことだけだ。戦うなんてとても出来ない、だって俺は天使ちゃんのヒーローだから。彼女が心の底から誰かを殺したいと願っているだなんて思えないんだ。俺の言う事を素直に聞いてそれを律儀に守っていた姿を覚えている、藍色と楽しそうに遊んでいた姿を覚えている、美味しい苺を俺にくれた姿を覚えている、一緒に遊ぼうと俺の手を取った姿を覚えている。

 だから俺は天使ちゃんと戦いに来たんじゃない、ただ、こうして、一緒に遊びに来たんだ。

 天使ちゃんは俺の目の前で、一歩でも前に出れば身体が触れ合う程近くで立ち止まる。そしてその手からは剣が滑り落ちる。

 カシャン、と地面に落ちた剣が音を立てた。

「……あ、あそ、ぶ」

 その声は先程までの凶器に満ちた笑い声ではなく、まるで泣きじゃくる子供のような声だ。癇癪を起こしていた子供がようやく落ち着き始めた時のようにも見える。

「まあ、もう夜遅いから、色々とあれだけど……」

 ぽん、と天使ちゃんの頭に手を置く。

「今日は飯でも食べよう。うちで藍色が晩御飯を作ってるんだ。一緒に来るだろ?」

 少し呆けた様に天使ちゃんはこちらを見た。そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。

「た、べ、る。いっしょ、に!」

 天使ちゃんは泣いていた。しかしその表情にあるのは悲しみではない。

 ……ああそうだ。ヒーローってのは人をこんな表情にする為にいるんだよ。




 帰り道は九常さんが送ってくれることとなった。というかまあ、監視も兼ねて、という事だろう。剣の方は凄いケースを使って回収していたが……、俺が気にする事でも無いだろう。きっと尊王会の方で上手い事やってくれるはずだ。

 俺が心配すべきことは……、そうだな。晩御飯がたぶん足りない事かな。九常さんも来るなら四人分いるし、追加で作らないといけないかもな。

 家に帰り着き戸を開く。

「藍色~、帰ったぞ~」

「え!?」

 ……なんだか思ったのと違う感じの声が聞こえた。普通にお帰り、って言ってくれるのを期待してたのに何だか焦っているような声が。そう思っているとばたばたと慌ただしい足音が近付いて来る。

「あ、お、お兄ちゃんお帰り。え!? 九常さん、と、天使ちゃん!?」

「どうも」

「あいいろ!」

「え、あ、喋れるの?」

 天使ちゃんは藍色を見て駆け寄って行く。う~む、仲良きことは良き事かな。

「あ~、説明はちょっと省くんだけど色々あってな。一緒にご飯食べる事になったんだ。四人前は流石に作って無いだろ?」

「あ、つ、作って無いって言うか……」

 ん、なんだか歯切れ悪いな?

 ……いや、俺は藍色の兄だ。妹の心の内ぐらい察するのが兄の役目だろ。

「もしかして皿でも割ったか? 怪我はしてないか?」

「え? いや、そういうんじゃ……」

 む、じゃあ何だ? 何かあったか?

「とにかくお兄ちゃんはこっち来て! 九常さんと天使ちゃんはリビングで待っててね!」

 藍色に引っ張られて台所へ。……なんだか日常って感じだ。もちろん藍色にこんな風に手を引っ張られた記憶は無いけれど、さっき剣を向けられていた時とは全く違う。何て言えばいいのかな……。よくある普通の光景、いつもの日常、どこにでもある暮らし、そんな形容詞がよく似合う一時だ。

 これからもこんな世界で笑みを浮かべるみんなを見ていたい。

 誰かの幸福を糧に生きて行こう。

 まずは……。

「お兄ちゃん、どうしたらいいかな?」

「……あらら」

 黒焦げの魚の切り身、これ刺身用のブロックを使ってないか? 味噌汁は煮詰まった上にわかめが全てを覆っていてもう少し火を消すのが遅ければ焦げたわかめなる珍妙な物を見れたかもしれない。う~む、まずは目の前の台所を片付けるところからかな。

「藍色、今度料理教えてやろうか?」

「……ちょっと教えて欲しいかも」

 黒焦げの魚を処分、煮詰まってしまった味噌汁は薄め、それから晩御飯のレシピを考える。天使ちゃんや九常さんはどんなものが好きかな。

 俺の料理が二人を笑顔に出来たかどうかは、また別の話という事で。


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