『ヴァンパイア』
「……あ、ルーナ。」
「先ほど『天廻り』が怒りの顔をして出ていきましたけど……。」
「聞き耳を立てていたから内容は分かるだろ?」
俺はドアのところで盗み聞きをしていた二人に話しかける。
俺としてはこいつらが聞き耳を立てることは何となく予想できる。だから無視した。そして、あの『天廻り』は盗み聞きに気づかなかった。つまり、戦闘能力はAランクだとしてもそれ以外はそこまで能力が高くないことが分かった。
「……人を試験材料にしないでもらいたい。」
「まったくです……。まぁ、私でもあの女に従うつもりはないですけど。あれは最終的に口封じに消される人間の動きです。そんなのと一緒に動くなんてもっての他です。」
「……ん、『天廻り』は理想しか信じてない。現実を見ていない。そんなのに関わるのは面倒。」
ジャスミンは僅かに憤慨しながら頬を膨らまし、エラは何時ものように無表情で答える。
うーん、この話しを聞く感じこいつらの用事は嘘に近いかもな。
「取りあえず、礼服を買おう。その後は自由といくか。」
俺たちは宿の外にでて歩き始めた。
礼服か……正直に言えば着たくない類いのものなんだけどな……やれやれ、腹を括りるか。
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予想通りだった。
俺たちは朝からやっている仕立て屋のドアを開け、店員の人たちに頼んで適当に見繕ってもらうこととなった。
エラたちはあっさりと良い服を見繕って貰えた。なのに……
「うーん、銀色の礼服がいいかしら。」
「こっちの白も似合うかと!」
「逆に黒もいいかもしれないわね。」
何故か女性店員たちの着せ替え人形になっていた。
はぁ……やっぱりこうなったか。
「なぁリーダー。何でリーダーだけ着せ替え人形にされてんだ?」
「そりゃあ俺の技術の一つ『印象改竄』がうまく働いていないからだ。」
笑いを堪えてながら質問してくるアルンに若干イラッとするが無理矢理抑え込んでムスッとした顔で答える。
俺の印象改竄は俺が成長してきてから必要に応じて生み出した技術だ。
自分で言うのもなんだが、俺はクリオラとは違いセレナ母さんの特徴が強く出ているせいなのか無駄に顔立ちが整っているのだ。
そのため街を歩けば周りの奴等はこっちに視線が釘付けになってしまうし貧民街を歩けば奴隷商と通じてるゴロツキどもに襲われることだってあった。
そうなると色々と厄介ごとになることも多くなってしまうため致し方なく印象改竄を生み出したのだ。これは俺自身の服装、目付き、声音、口調、仕草なんかを調整することで相手が感じる印象を思い通りにすることが出来るのだ。
出来るのだが……。
「まさか、服装とかが違うからいつも通りに使えなくなったの?」
「……よく分かったなエリカ。」
エリカが俺が口淀んでいたことを言ってのける。この印象改竄は服装とかが身長とか顔立ちとかに合っていればいるほど効き目が薄くなるのだ。
俺は大抵の服が似合ってしまう。そのなかには礼服も含まれている。
そのせいで店員の人たちに目をつけられた、といったところか。
「はぁ……早くしてくれよ。」
「店員たちが飽きてくれれば終わるだろうけど……
「「「飽きるわけないじゃない!こんな最高の素材を生かしたいに決まってるでしょ!!」」」
「ま、こう返ってるだろうな。」
俺は殆んど諦めた声音で言うと再び黙って着せ替え人形となったのだった。
因みに、三時間ほど着せ替え人形にされ、結果的にシンプルな白こそが一番素の顔立ちとかを引き立たせるといって無料で貰えた。
曰く、満足したとのことだ。やれやれだぜ。
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「……よいしょっと。」
俺は地面にある閉じてあった扉を鍵を壊して開けて中に入っていく。
俺は全員と別れて荷物を置いた後殺人がおきた場所の近くにある上水道の中に入っていったのだ。
俺としては関係ない話だが……ダンタロッサ商会の悪事の尻尾を掴んで崩壊の喜劇を始めるには必要な苦労だ。
「ふーん、そこまで臭くないのだな。」
川の水を使っているせいかそこまで匂いがきつくない上水道の石畳の道を進んでいく。無論、灯りをつけずにだ。
うーん、どこからも外から光がきている気配がないな。いくらこの暗さだと奇襲に気づけないかもしれないしちょっとやるか。
「[黄昏の精霊よ、我が力に呼応するもの、我が響きに共鳴するもの、我が脳裏にその道を示せ。『トワイライト・ミックスボイス』]」
俺は全魔力の三割ほどを使用して上水道の全域の地図と中にいる生物の情報を全て脳にインストールする。
ととっ……少したち眩むな。一気に多くの魔力を消費したからかな。
「……ここか。」
俺はすぐ近くを歩いている三つの人の情報を見つけ、その方向に歩き始める。
この場合、僅かにでも気配を悟らさせてはいけない。すれば確実に殺られる。これは暗殺依頼をしていた時に身につけた教訓だ。
「――で、金は?」
「――ここに。」
俺は松明を燃やしている奴等の近くの通路の角に隠れて様子を見る。
デカイ布でくるまった何かを持っている筋肉質で肩に赤いタトゥーをした大柄の隻腕のドワーフに身なりが綺麗なヒューマンの女が金の入った袋を手渡してし、その代わりに布の塊を女に渡していた。
てか、一人足りないな。となるとあの布の塊が三人目の正体か。
「にしてもお前さんの主は変態だな。ヒューマンだとすぐに壊れるからって『ヴァンパイア』を仕入れろなんて。こっちはそれで数十人が殺されたんだぞ。」
「ええ。私としても何故ヴァンパイアを選んだのか全く理解できません。ですが、主の命令は絶対ですので。」
ドワーフはやれやれと言った口調の中に怒りが滲んで話しているが女のほうは全く取り合っていない。
にしても『ヴァンパイア』か……。あの種族は種族全体の特徴として全員がアルビノみたいなものだけど体はやはり魔族、頑丈だ。
……特に興味はないがとりあえず消すか。
「……シッ!」
俺は僅かな呼吸音と共にアビスから取り出した極ありふれたナイフ幾つか出し、一つを投げて松明に突き刺して水に落とし、火を消す。
「一体なにが!?」
「しっ、しりませかびゅ!?」
俺のナイフが煌めいた瞬間、女は奇妙な音を出して倒れる。
火が消えた瞬間足音を立てずに壁面を跳躍し、対岸の通路にいた女の喉仏切り落として声を出せないようにする。
「なっ、てめぇはあのときの」
「邪魔だ。」
俺の正体について何か知った男の心臓をナイフで一突きで穿ち殺す。
そして、倒れていた悶絶していた女を殺そうとしていると
「お、あんたがオレを助けてくれたのか?」
布の塊から出てきた『ヴァンパイア』が女の首筋に噛みついて血を吸う。するとみるみるうちに女の体が干からびていく。
声音からしたら女か。それにしてもどんな奴なのか全く分からないな。
「いやー、ありがとな。」
「……気にすることない。今は昼だ、外に出ることはオススメしない。」
「分かってるさ。オレだって何となく分かってる。にしてもあんたにはちょっと頼みたいことがあってさ。」
「……なんだ?」
「首輪外してくれね?」
キンキンという音がする。どうやら首輪をつついているらしい。
確か、スペアの金のチョーカーがあったよな。
「分かった。ちょっと待ってろ。」
俺はランプ状の魔道具を取り出して灯りを灯す。
すると、やっと相手の顔がわかった。
赤っぽい髪を適当に伸ばし、深紅の瞳をしており、顔立ちは綺麗というよりも格好いいという方の凛々しい顔立ちをしている。
「取りあえず、座ってくれ。」
「お、おう。」
「[呪いの精霊よ、禁断の門を開くのは我なり、門の鍵を持て。『カース・シルバーキー]」
俺は『ヴァンパイア』を座らせて魔法をかけて首輪を外す。
「あ、外れた。」
「それと、これをつけといてくれ。一応自分でも取り外し可能だから。」
「おう。」
俺がチョーカーを渡すと何の躊躇いもなく首につける。
普通だったら首輪だと思って弾き飛ばすと思うけどな……。いや、そこら辺はどうでもいいか。
「にひても呪詛精霊魔法か。」
「知っているのか。」
俺は自分の魔法についているこの『ヴァンパイア』を僅かに警戒する。
魔法を知られているのなら手札の一つが読まれているということ。警戒するにこしたことはない。
「あぁ。何たってそれは
――――『禁忌の精霊』の力だからな。」