閑話 月の始まり 前編
「おい、坊主。さっさと起きろ。」
「ん……?」
「目的地についたぞ。」
俺は荷馬車のおっさんの声に起こされ、外を見る。
あの日から数日がたち、俺は学園がある街、ブリンガルにたどり着いた。
「確か坊主は冒険者になるためにこの街に来たんだよな。」
「……そうだが。」
「止めときな。冒険者ってのは常に危険と隣あわせだ。ハーフである坊主には風当たりが強いし、何よりまだ坊主は若い。若すぎる。そんな歳でやるような仕事じゃないぞ。」
おっさんが俺に恐ろしい殺気をとばす。
数日間の旅でおっさんが話していた事だが、このおっさんは元Cランク冒険者らしい。仲間に裏切られて命からがら逃げれたけど片腕を失い、今は荷馬車の運転手をしているらしい。
だが……
「俺はそれでも冒険者になる。そうでもしなきゃ……強くなれない。」
俺には強くならないといけないどす黒い激情が、願望がある。それを叶える為には力が必要だ。なら、安全に強くなるのでは意味がない。危険を侵し、命を賭けて戦わないといけない。そこで身に付く強さこそが本当の力だ。本当の力こそが俺の願望を叶える最大のピースだ。
「……そうか。」
おっさんの呟きを最後に、俺とおっさんの会話は無くなった。
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俺は冒険者ギルドまでつれてきてくれたおっさんに礼を言い、冒険者ギルドに入った。
「……。」
中にいた冒険者からは鋭い視線が飛ぶ。
そりゃあそうか。俺はこの冒険者たちからしてみればここにくることがないような存在なんだからな。
受付は……、あそこか。
「すいません。」
「はい……どなたでしょうか。」
受付の奥から出てきたのは若い兎の獣人だった。
……若いな。自分が言える立場ではないが基本的に受付を任される人物は熟練の元冒険者が多いらしい。その為、十代後半くらいの女性が選ばれるのは珍しい。
「……冒険者登録したい。」
「えっ……?」
兎の獣人は驚いた顔をした。
まぁ、当然か。
「……冒険者登録がしたい。」
「は、はい。……いいの、坊や?」
「いい。」
「……なら、ここに自分の名前、種族、特技、魔法適正を書いて下さい。」
兎の獣人はそういって俺に登録用紙を手渡してきた。
「……代筆も出来ますが……。」
「……問題ない。」
この世界における言語……この国での標準語なら問題なく書けるし、なんならエルフの言葉を書いてもいい。
「……書けたぞ。」
俺の簡単な情報を書いた紙を兎の獣人に手渡そうとした瞬間
「邪魔だ、どけ小僧。」
俺の体を大柄のドワーフが横に撥ね飛ばした。
「痛ってぇ……。」
ちっ、頭から血が少し出ているな……。まぁ、この程度なら問題ないか。
『おい、あのガキ。ドーバに吹きとばされたぜ。』
『ま、当然だろうな。ドーバはBランク冒険者。あの貧弱そうなガキじゃ太刀打ちできる訳もねぇ。』
『そりゃそうか。』
『『はははははははははッ!』』
ドーバとか言うのか、あのドワーフは。あの妙に傲慢なところはレベルの冒険者だからなのかもな。
「おい、ラル。ミュータントオークを倒してきたぞ。」
「はい。ですが私は登録を済ませたいのですが……。」
「はッ、あんな半端者のガキになんて無視しとけばいいゴファッ!?」
無視されると困るので身体強化系の魔法を使ってドーバの顔面に右ストレートをぶちこみ、壁まで吹き飛ばす。
「あ、これが用紙だ。」
「えッ!?あ、はい!」
兎の獣人……確かラルだったか。そいつに用紙を渡し、俺は待つことにした。
「くそ……ガキィ……!」
ドーバがふらつきながらも立ち上がったな。……そのままどっかに行ってもらえれば助かるけど相手はそのつもりは無さそうな怒り狂った顔をしている。まさに、顔面凶器だな。
『やべぇ、ドーバが切れだぞ!?』
『おい、ガキ!さっさと逃げろ!ドーバは怒りだすと手の施しようがないぞ!?』
そうなんだ。なら、さっさと謝っておこうかな。
「くそガキ……!ぶっ殺す!」
「あっ……?」
俺の漏れでる殺意に気づかずにドーバは背中から取り出した斧を両手に持って俺に目掛けて振り下ろした。
……殺す?今、殺すって言ったよな?
「死ねぇ!」
(……なら。)
「……[夜風・夜刀]。」
容赦しない。
ドーバの斧を持った手を黒い風が切り落とした。
「……は?」
ドーバは自分に起きた状況が理解できず、上に吹き飛んだ自分の斧ただただ呆然と見ているだけだった。
「ぐッ、ああああああああああああああああああああああああ!?」
「シッ!」
遅れてきた手の痛みに悶えるドーバの顔を再び殴る。無論、強化された拳だからな。
「ゴフオ!?」
再びドーバは壁まで吹き飛ばされた。
……死んでないよな……。
『『……………。』』
中で酒を飲んでいた冒険者たちは吹き飛ばされたドーバを見て呆然としている。
俺としたらこの程度がBランク冒険者なのか疑わしいのだが……まぁ、俺は自分の実力が分からないから
「く……そ……。」
お、まだドーバの奴生きていたか。でも、体は動けないようだな。まぁ、死なれては面倒なことになるだろうし、この辺りが丁度良いかもな。
「……殺すって言う言葉を使う時は殺される覚悟がある奴しか言えないものだ。」
俺は強化された右手でドーバの胸ぐらを掴み、冷酷に、淡々と言葉を紡ぐ。
人を殺すという行為はとても重いことだ。人が人を殺すことは命の価値が前世より低いこの世界でも重罪とされているし、何より人を殺すというのは一生罪の十字架を背負うことに他ならない。
「もし、覚悟出来ないのなら。」
故に……
「今ここで死ね。」
「……!」
覚悟出来ていないのなら、今、この瞬間死んだほうがましだ。
……前世では虫も殺せないほど穏やかな性格だったのにな……俺はここまで歪んでしまったようだな。
でも、それがどうした。
歪めても叶えたい願いがある。例え悪だと言われようとも成し遂げたいものがある。故に、俺は人を殺す覚悟が出来ている。
「あ、ルーナ君。冒険者登録出来たよ。……て、この状況は何!?」
お、ラルが来たようだな。
「…そこで倒れている奴から話を聞け。それで、これは何だ?」
受付には小さく青色の光を放つ一枚のカードがあった。
「これはギルドカードです。冒険者であることの証明書みたいなもので、これを自分の身分証代わりにする人も多いんです。」
「……そうか。」
俺はそのカードについている穴に受付に置かれているチェーンをつけ、首に掛ける。
(まずは一歩目だ。)
これが、復讐に繋がる第一歩だ。
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「はぁ……。」
「どうしたの、ラル。そんな顔をして……。」
机の上にうつ伏せている私に同僚のテリアが話しかけてきた。
……私は本音を言えば彼女が嫌いだ。人の悩み事に無遠慮に入り込んでくる性格はあまり生け簀かない。
けど、今の状態ならいいかもしれない。
「テリアさんはこのギルドカードの本来の使い方を知っていますか?」
「あぁ、ステータスを読み取る魔道具でしょ?」
ギルドカードを渡す意味、それはギルドが冒険者たちのステータスを知るためのものだ。
元々、古の勇者が建てたこのギルドという組織の最初期は多くの魔物がすんでいて、古の勇者はその魔物に対抗するために多くの人間を募った。そして、それをうまく運用するためにステータスを読み取る魔道具を作り出した。それが『ギルドカード』だ。ギルドカードには個人名、歳、性別、種族、体力や魔力量、適正魔法、加護……勇者様は『スキル』と呼んでいた物を見れるものだ。
「それがどうかしたの?」
「……このステータスを見てよ。」
私は先程登録した冒険者……ルーナのステータスをテリアに見せた
☆☆☆☆☆☆☆☆
ルーナ・ムーマ 七歳 男
種族:ハーフエルフ
体力:8000000 魔力:900000000
適正魔法 風・呪詛・暴虐・黄昏
加護 ・風属性魔法
・呪詛魔法
・無詠唱
・復讐者
・剣術
・投擲術
・弓術
・封印状態:暴虐魔法
・封印状態:黄昏魔法
☆☆☆☆☆☆☆☆
「………何これ?」
私も言いたいよ。
まず体力、魔力量が桁違い過ぎる。これだけの魔力があれば国家一つの魔法だけで消し飛ばすことも可能なほど。比喩なしで国家戦力を軽く凌駕している。
次に魔法適正の多さ。風はまだわかる。けど、呪詛や暴虐、黄昏なんて属性は精霊魔法の適正だとは思うけど、それでも聞いたこともないものばかり。
最後に加護。今まで見たことのない『無詠唱』や『復讐者』という加護、封印状態と言う謎の状態。これは何なのか検討もつかない。
「……取りあえず、言わないようにしよう。」
「……そうしましょう……。」
こんなにも異常なステータスを上層部に送ったら癒着している騎士団や貴族たちに戦いの道具として使われてしまうでしょう。まして、彼はハーフ・エルフ。使われたら擁護する人は殆どいないでしょう。
「……元Aランク冒険者、『麗風』もそれでこの業界から去ったと聞きますし、取りあえず手伝って下さい。」
「わかった。じゃあ、何からする。」
「ええっと、取りあえず……。」
兎に角、彼のステータスを隠蔽しないと……。