第6話 三人の美少女と天使の羽が生えたスライム従魔が仲間入り。俺たちの夢はこれから――
膝の上で天使スライムが「きゅきゅー」と丸くなる。
「健二くん……この子、従魔にしたの?」
「世界を滅ぼす怪異から、こんな可愛い子が生まれるなんて……」
「お兄ちゃん、かわいい! フィもなでなでしていい?」
三人は完全にメロメロだ。ぷにぷにとした身体を撫でながら、肩をすくめる。
「おいおい、狭いって」
苦笑する俺に、三人はさらに体温を分け合うように密着してきた。
左右からチトセとヒヨリの柔らかい感触。正面からはフィ。
天使スライムまで胸に乗ってくる。俺を中心とした、幸せな円陣が完成した。
――ピコン。
全自動セキュリティ結界が、軽い電子音を鳴らした。
「……ん? 誰か来たな」
居間の魔法モニターが自動で起動する。映し出されていたのは――。
王様の土下座だった。
「ど、どうか……! 我が国をお見捨てにならぬよう……!! 健二殿のためなら、王位でも何でも差し上げますゆえ……!!」
騎士たちも全員そろって平伏している。他国へ行くのを恐れ、必死で追いかけてきたらしい。俺は頭をかき、ため息をついた。
「いや、国とか興味ないし。みんなと平穏に暮らしたいだけなんだけど。邪魔だから帰ってくれない?」
「は、ははぁ! おい、皆のもの、すぐ撤退だ!」
王様一行は一目散に走って帰っていった。
モニターを見ていた三人は一瞬呆然とし――次の瞬間。
「「「すごーい!!!」」」
歓声とともに、さらに強く抱きついてきた。女の子たちの柔らかさと甘い香りが俺を包む。
「これから、ずっとみんなで一緒に暮らそうね」
笑顔のヒロインたちに囲まれ、俺は胸元の従魔へ優しく右手を伸ばした。
指先が、スライムの柔らかな身体に触れようとした、まさにその刹那。
――パツン。
世界から、すべての音が消える。
光も、温もりも、美少女たちの香りも、すべてが同時に真っ黒に反転する。
チート能力も、床を埋め尽くした金貨の山も、チトセも、ヒヨリも、フィの「お兄ちゃん」と呼ぶ声も、天使の羽を持つ従魔も、そして俺が立っていた異世界そのものが、まるで最初から存在しなかったかのように、音もなく綺麗に消滅している。
次に、目を覚ます。
チトセたちの声の代わりに耳に届いたのは、ジ、ジ、と不快な音を立てて明滅する、安っぽい蛍光灯の機械音だ。
気が付けば、俺は両手を冷たい白のタイルについている。
早朝の洗面台だ。
ひどく狭く、閉塞した空間。すぐ目の前にある鏡には、寝癖のついた、どこにでもいるただの冴えない男の顔が映っている。
蛇口からは、ドクドクと不自然なほど黒ずんだ水が絶え間なく噴き出し続けている。排水口へ吸い込まれていくその水から、鼻を突くような強烈な、錆びた鉄の臭いが狭い洗面所に立ち込める。
そして何より、右の脛のあたりに、ズキズキとした生々しい鈍痛が走っていた。何かに激しく打ち付けたような、あるいは抉られたような、現実の肉体だけが引き受ける明確な痛みだ。
いや、そもそも、いま目の前にあるこの錆びた鉄臭い世界こそが本物だという証拠が、どこにあるのだろうか。
自分が『健二』であること以外、名前も、記憶も、何もかもを失ってしまっていた。俺はただ、この出口のない閉ざされた絶望の世界に取り残されている。
終わることのない、無数の怪異が蠢く檻の中に、俺は確かに監禁されている。




