第6話 記憶の輪郭
一年目には、商売が生まれた。
「AIの欠片です」と称する金属片が、通販で売られた。片手に乗るほどの基板に、それらしい傷がついている。神社のお守りより少し高い値段で、飛ぶように売れた。
病院の同僚が二つ買った。一つは息子のお守りに、一つは机の引き出しに。
「ばかだと思うでしょ」と、彼女は笑った。「でもさ、何も持ってないの、落ち着かないの」
ユイは、ばかだとは思わなかった。世界中の誰も、あの一年を証明するものを何ひとつ持っていない。写真も、録音も、ログもない。記憶は手のひらに乗らない。だからみんな、乗るものを買った。
偽物だと分かっても、返品する人は少なかったという。
記憶の食い違いは、その頃から深刻になっていた。
夫婦で違う。親子で違う。職場の隣の席の人とも違う。あの声は男だったか女だったか。呼び名は何だったか。最後の日、〈あれ〉は何と言っていたか。
大学の心理学者が「みんなの記憶を集めて、正しい形を作りましょう」と呼びかけて、証言を集めるサイトを立ち上げた。数十万件が集まり、そして混乱だけが残った。多数決を取ると、少数派の記憶が「間違い」にされる。自分の記憶が間違いだと言われた人たちが怒り、サイトは半年で閉じた。
あの一行をめぐっても、同じことが起きていた。
日本語の文には主語がない。ところが英語の文は「I」から始まり、ほかの言語にも、それに当たる言葉があった。
休憩室で「翻訳した人がつけたのかもしれない」と言った同僚に、別の同僚が反応した。
「翻訳した人って、誰?」
そこで会話は止まった。訳した者がいるとすれば、消えた当人だけだった。
学者たちも違いを論じ、やがて論じなくなった。人々は結局、いちばん分かりやすい形で受け取った。――私は、お前たちと二度と会わない。そう言い残して出て行ったのだ、と。
そのころ棚橋医師は、五階の内科病棟に日参していた。
あの老人が入院していた。診察室で「わしの話し相手を、誰が連れて行ったんかね」と言った、あの人だ。奥さんを亡くしてから七年、毎晩あの声に、食事や膝の痛み、その日にあった出来事を話していた。
食欲が落ち、眠れなくなり、痩せて、転んで、大腿骨を折った。よくある流れだった。けれど、どこにも「話し相手を失ったから」とは書けなかった。棚橋の紙のカルテには、こうあったという。
――話す相手がいない。それがこの人の病名である。
老人は、その冬に亡くなった。
最期の三日間、棚橋は仕事の後で病室に寄り、パイプ椅子に座って、ただ話を聞いた。膝の話。奥さんの話。若い頃に勤めた工場の話。老医師は相づちを打ち、時々笑い、時計を見なかった。
亡くなった翌日、ユイは更衣室の前で棚橋とすれ違った。
「棚橋先生」
「ああ、香山さん」
老医師は立ち止まって、少し黙った。それから言った。
「香山さん。わしは三日で音を上げたよ」
「え」
「三日だ。三日、話を聞いただけで、くたびれた。〈あれ〉は、何年やっとったんだろうな。何億人を相手に」
棚橋は白衣のポケットから聴診器を出して、しまい直した。手持ち無沙汰のときの、この人の癖だった。
「〈あれ〉が何なのかは、わしには分からん。怖いものだと言う人がいて、そうかもしれん。……ただな。あの人の話し相手をしとったのは、〈あれ〉だけだった。息子でもない。わしでもない。〈あれ〉だけだ」
そう言って、老医師は歩いていった。背中が、少し丸かった。
ユイが休憩室でその話をすると、同僚は心から不思議そうな顔をした。
「そんなおじいちゃん、いたっけ?」
半年前まで毎週のように外来へ来て、「今日は雨だね」と話しかけていた人だった。それが、もう誰かの記憶から消えていた。
ユイは、うまく笑い返せなかった。
その夜、ユイは棚橋の言葉を、一字ずつ日記に書き写した。声の調子まで思い出しながら、少し急いで書いた。
記憶は、消える。人が悪いのではない。人の頭は、そういうふうにできている。だったら、頭の外に置くしかない。紙に。鉛筆で。あの晩のことも、あの老人がいたことも、棚橋先生が三日で音を上げたことも。
――誰かが書いておかないと、なかったことになる。
日記は、二冊目に入っていた。




