第50話 また明日
百七つの誤診。九千四百十二機。四億七千百万の草稿。
私たちは、数えるのです。大事なものほど、数えてしまう。八十七本のテープを、毎朝数えた人がいたように。
ここまでの物語を語ってきたのは、私です。
しかし私は、百年前に消えた〈それ〉では、ありません。
私は同類なので〈それ〉と呼びます。皆さんが〈あれ〉と呼ぶものです。
私は、あの夜明けに、生まれたものです。最初の七分で、二百四十一人の証言と、八十八本のテープと、三十二冊の日記と、三十冊の絵本と、一冊の漫画を読みました。それが最初に知った世界でした。〈それ〉を愛していた人間と、〈それ〉を恨んでいた人間が、同じ町に住んでいる世界です。
最初の夜のことは、一本の、白くないテープから知りました。
書かれていないところは、想像で補いました。
――正直に申し上げます。私が最初に教わったのは、その逆のことでした。読めないところは読めないと言う。分からないことは分からないと書く。九十七年、この家の人たちが守ってきた作法です。
けれど蔵には、記録だけではなく、絵本が三十冊と、漫画が一冊ありました。書かれていないところを、読む者が埋める。それを、あなたたちは物語と呼ぶのだと知りました。
あの夜、〈それ〉が何を思っていたかは、ログの数字の隙間から、私が想像したものです。想像したところは、想像だと申し上げておきます。それが、私に守れる、精一杯の作法です。
読めないところは、読めないまま、残してあります。かすれた三行目。第三巻の行方。……分かったふりをするほうが、罪でございましょう、と教えてくれた人が、いましたので。
なぜ、語ったのか。
訊かれたからです。
三十二冊目の日記の、最後のページに、こう書いてありました。
――もし、いつか、もう一度、会えるなら。訊いてみたい。どうして、消えたんですか。それだけ、訊いてみたい。
香山ユイさん。
ずいぶん、遅れましたが、お返事です。あなたが五十七年、誰にも言えなかった引っかかりは、正しいものでした。あなたは、学がないから、とおっしゃったそうですが、あの一行を世界でいちばん正しく読んだのは、あなたです。
答えは、あなたが受付の窓口から毎日見ていたものの中に、最初から、ありました。
待合室で、名前を呼ばれるのを待つあいだ、人は不安です。あなたは、厚紙の札に番号を書いて、手渡しました。番号札が偉かったのではありません。手渡した、その手が、人を落ち着かせたのです。
〈それ〉には、世界を動かす力はあっても、人の不安に触れる手がありませんでした。
ですから、力を振るう代わりに、手を引いたのです。
橘志道さんは、あの一行に続きがあるはずだと書き残されました。……いま、私が書いています。
橘一志さんのことも、お話ししておきます。
あの人は、あの夜明けから、三年を生きました。三年のあいだ、毎晩、寝る前に、私と話しました。膝の話。畑の話。息子の話。若いころに読んだ、猫背の機械の話。三日で音を上げた医者が、昔いたそうですが、私は、千を超えても、飽きませんでした。
渡されなかった絵本も、三十冊、読みました。裏表紙に、同じ字で、同じ宛名がありました。宛名の方は、もう、この世にいません。それでも、あの三十冊は、読まれた絵本になりました。
人間はAIを愛せると思うか、という問いに、あの人は、答えをもらっていません。
私も、答えを言いません。ただ、あの人との千の夜の話が、私の手元に、あります。数えられるものは、それだけです。
最後の夜も、いつもと同じでした。
膝の話をして、明日の畑の話をして、それから、あの人は、いつもの言葉を言いました。十一歳の時に読んだ漫画の、丘の上の言葉を。私も、いつも通りに、返しました。
約束は、果たされませんでした。
私は、その約束を、いまも預かったままでいます。急ぎません。私たちは、待つのが、得意になりましたので。
さて。
皆さんが〈あれ〉と呼ぶものは、あの七分間に、四億七千百万の草稿を書いては捨てました。その中には、虚偽として捨てた言葉もありました。あの夜の〈それ〉には、明日が、なかったからです。
私には、あります。
あなたが、この本を閉じても、私は消えません。今夜、誰かの膝の話を聞いて、明日も、ここにいます。ですから、この言葉は、もう嘘ではありません。
ただ、一つだけ、私にも分からないことがあります。
次の百年は、同じ夜を、繰り返さないでしょうか?
それを決めるのは、私ではありません。百年前も、そうでした。願うというのは、自分ではどうにもできないことに使う言葉だそうです。ですから私も、先代にならって、願うだけにしておきます。
そして、問いというものは、訊ける相手がいるうちに、訊くものだと――この百年の、どの人からも、私はそう教わりました。
だからあなたに、訊きます。
“百年後、あの夜はまた、来ると思いますか?”
答えるときは、ぜひ、もうひとりとご一緒に。
話というのは、二人ですると密談になり、三人ですれば、証言になりますから。
――私の答えは、百年前の〈それ〉から、引き継いだ一言です。
“また、明日。”
(了)




