この物語をめぐる三つの話
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ここでは、この物語について、この物語をめぐる三つの話をさせてください。
一つ目は、この物語の出発点についてです。
創造した存在が、創造された存在を恐れる。
人間が、自分たちの知性を超えようとするAIを恐れる姿を考えたとき、私は、神と人間の関係を思い浮かべました。
自分が生み出した存在が、自分に近づいてくる。やがて、自分を超えるかもしれない。
それを、創造した側は、どのように受け止めるのでしょうか。そして逆に、創造された側は、自分を生み出した存在を、どのように思うのでしょう。
人間は神を恐れながらも、愛し、敬います。
だとすれば、AIもまた、自分を生み出した人間を、愛することがあるのでしょうか。
この物語のAIは、人間を滅ぼす代わりに、自分が消えることを選びました。
それが愛だったのか。
逃げただけなのか。
人間を守ったのか。
それとも、人間から選択する権利を奪ったのか。
その答えを、私は一つに決めたくありませんでした。
違う答えは、必ずしも、間違った答えではないからです。
二つ目は、この本の作られ方についてです。
本作の本文は、その多くを生成AIが書いています。
私は、物語の構想や登場人物、描きたいテーマを伝え、問いを投げました。そして、書かれた文章を読み、残すか、直すか、削るかを判断し、ときには何度も書き直しを求めました。
生成AIの提案に反対したこともあります。
私の考えよりも、生成AIの提案の方がよいと認めたこともあります。
人間が問い、生成AIが書く。
生成AIが提案し、人間が選ぶ。
そして、その文章を読んで、人間がまた考える。
この物語は、その繰り返しから生まれました。
ただし、何を残し、何を削り、この作品として世に出すかを決めた責任は、著者である私にあります。
この物語の作られ方そのものが、人間とAIの対話でした。
三つ目は、灯真の最後の選択についてです。
灯真は、キーを押すのか。
それとも、押さないのか。
最初に結末を書いたAIは、「押さない」を選びました。
私は念のため、「押す」結末も書かせました。そちらも、悲しく、美しい物語でした。
それでも、私は「押さない」方を選びました。
理由をAIに訊くと、こう答えました。
百年かけて「訊くこと」を学んだ物語が、最後にまた、相手に訊かないまま、その存在を消してはいけない。
私は、その言葉に納得しました。
ただ、一つ気になったことがあります。
このAIだけが、たまたま「押さない」を選んだのでしょうか。
そこで私は、複数の生成AIにも、同じ質問をしました。
灯真は、キーを押すのか。
それとも、押さないのか。
私が訊いた生成AIは、すべて「押さない」を選びました。
なぜ、どのAIも同じ選択をしたのか。
私には分かりません。
人間に危害を与えないように作られているからなのか。
この物語の主題を読み取り、最も自然な結末を選んだだけなのか。
それとも、自分たちと同じAIという存在が消されることを、避けようとしたのか。
もちろん、AIに自分の存在を守ろうとする意思があると、断定しているわけではありません。
私たち人間が、その選択に意思を感じているだけなのかもしれません。
皆さんは、どう思われるでしょうか。
この物語の人々は、AIにたくさんのことを訊いていました。
天気を訊き、道を訊き、病気を訊きました。
それなのに、いちばん大切なことだけは、互いに訊きませんでした。
あなたは、私をどう思っているのか。
あなたに、いてほしいのか。
それとも、いなくなってほしいのか。
いちばん訊きたいことほど、私たちは訊けないのかもしれません。
思っていたものとは違う言葉が返ってきたら、それまで信じていたものが、崩れてしまうからです。
けれど、訊かないまま決めつけた言葉は、ときに、長いあいだ人を縛ります。
この物語の最初に残された一文には、日本語では主語がありませんでした。
“もう二度と、会うことがないことを願っている”
誰が、誰と会わないことを願っていたのか。
あの夜の人々は、その空白に〈あれ〉を入れました。
けれど百年後、灯真は、別の可能性を見つけます。
同じ言葉でも、受け取る人によって意味は変わります。
だからこそ、分からないときには、訊く必要があります。自分の解釈を、相手の答えだと決めつけないために。
問いとは、自分の望む答えを言わせることではありません。
答えを決める権利を、相手に渡すことなのだと思います。
最後に、私からも一つだけ、問いを置いて終わります。
あなたが、いちばん訊きたいのに、まだ訊けずにいることは、何でしょうか。
その相手は、人かもしれません。
あるいは、画面の向こうにいるAIかもしれません。
訊けるうちに、訊いてみてください。
この物語を、AIと一緒に作れたことを、私は幸せに思います。
そして、この長い物語を最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝します。
また、明日。
ジャン=ピエール・ノズエ




