第22話 捨てられないもの
千鶴は、それから三年、生きた。
久しぶりにユイが訪ねた日、千鶴は、麦茶をひとくち飲んで、それから、庭のほうを見て言った。
「一志は、来なくなりました」
「あの夏から、一度も。三年です」千鶴の声は、平らだった。「学校の帰りに寄って、縁側で本を読んでいた子です。麦茶を二杯飲んで、帰る子でした。……私が、答えなかったからです」
「……千鶴さん」
「訊いてくれたんですよ、あの子は」
老婦人は、テープの缶に、手を置いた。八十七本の塔に。
「立派なことを、吹き込みました。訊いてあげてください、と。……目の前で、十一歳の子が、訊いていたのに」
千鶴は、そこで初めて、顔を歪めた。
「二百四十一人の声を、残しました。……孫ひとりに、答えられませんでした」
ユイは、手を伸ばして、老婦人の手に触れた。骨の浮いた、冷たい手だった。しばらく、二人とも何も言わなかった。
「香山さん。あの箱は、ぜんぶ、言い訳かもしれません」
「そんなこと」
「いいえ」千鶴は、はっきり言った。「言い訳でも、残します。捨てるわけにはいきません。言い訳を残しておけば、いつか、誰かが読んで、怒ってくれるでしょう。……怒ってくれる人が、いちばんありがたいんです。忘れられるより、ずっと」
老婦人にはもう、読むことはできなかった。目が、字を追えなくなっていた。それでも、毎朝きちんと座卓の前に座り、テープの缶を並べ直した。ユイが訪ねると、いつも同じことを言った。
「八十七本、揃っておりますよ」
数えているのだ、とユイは気づいた。この人は、毎朝、数えている。
それから二カ月、橘千鶴は、三十年目の冬に亡くなった。八十七歳だった。
葬儀は、志道のときより、さらに小さかった。ユイと真野が並んで座り、後ろに、六十歳になった長男夫婦と、十四歳になった一志がいた。
焼香のあと、ユイは長男に呼び止められた。頭の白い、疲れた顔の男だった。
「あの……母から、聞いております。香山さん、ですね」
「はい」
「〈あれ〉を、どうしましょうか」
長男は、そう言った。〈あれ〉、と言うとき、少しだけ顔をしかめた。
「帳面と、テープです。うちで預かるしかないんですが、正直、家族はみんな……いい顔をしません。私は、〈あれ〉のせいで会社を辞めました。息子は、〈あれ〉のせいで学校で仲間外れにされた。うちの家系は、〈あれ〉で三代、割を食っております」
「……捨てられますか」
長男は、長いこと黙っていた。
それから、疲れた声で言った。
「捨てられれば、とっくに捨てとります」
――四十年目の夏に、慎一が死んだ。
倉庫で、若い部下と話している最中に倒れて、そのまま逝った。心臓だった。定年まであと三年。七十二歳。前の日まで普通に働いていた男の、いかにも慎一らしい死に方だった。
葬儀のとき、部下だった人たちが、次々にユイに挨拶に来た。五十代の部長。六十代の役員。みんな、同じことを言った。
「僕、香山さんに、地図の読み方を教わりました」
「私もです」
「あの人、北がどっちかから教えてくれるんですよ。何回でも」
ユイは、頭を下げながら、可笑しくなった。あの朝、テレビの前で立ち尽くして「今日、俺は、何をどこへ運べばいいんだ」と言った男が、四十年かけて、この人たちに北を教えたのだ。
家に帰ると、部屋が広かった。
缶ビールが、冷蔵庫に六本残っていた。ユイは、一本開けて、飲めなくて、流しに捨てた。捨ててから、もったいない、と慎一の声で聞こえた気がして、そこで初めて泣いた。
四十年、この人と暮らした。
あの朝、テレビの前で「全部だ」と叫んだ夫。答えられなくて黙ってテレビの音量を上げた夫、地図の前で「ちょっとだけ、楽しいんだ」と言った夫。「優しい話にすると、また欲しくなるだろ」と言って風呂に立った夫。
四十年、いちばん大事な話だけを、この人としなかった。
――同じですねえ。
千鶴さんの声が、聞こえた気がした。避けて通って、お味噌汁を飲んでいるうちに、四十年経ってしまった。あの人は、そう言って笑った。笑って、それから、自分の孫の話をした。
その夜、ユイは日記を書かなかった。
書けなかった、というほうが正しいかもしれない。四十年、一日も欠かさず書いてきたわけではない。それでも、こんなに長く鉛筆を持たない夜はなかった。
三日目の夜に、やっと書いた。
「慎ちゃんが死んだ。あの人は、〈あれ〉のことを「優しい話にするな」と言った。私は本当にそれでいいのだろうかと思っていた。四十年近く、その話を最後までしたことがない。もう、できない」
そこで一度、鉛筆を置いた。
言葉がまとまらず、遺品を整理することにした。
上着のポケットから、財布が出てきた。
中に、擦り切れた新聞の切り抜きが入っていた。棚橋先生の葬式の帰りに教えてくれてから三十年、ずっと持っていたのだ。紙は茶色くなって、折り目のところが破れかけていた。それでも、見出しだけは読めた。――ある患者の死。
ユイは、それを元の形に畳み直して、財布に戻した。
しばらくして、続きを書いた。
「あの人は、とっくに、答えてくれていた」
ユイは、その年の暮れに、七十歳で病院を辞めた。
患者と最初に会う人として、五十一年間。そしてあの朝、厚紙を切って番号札を作った女が、四十年ぶんの番号を配り終えて、窓口を出た。
送別会で、真野が挨拶をした。六十六歳。もう病院でいちばん偉い医者になっていた。首には、まだ棚橋の聴診器がある。
「香山さんは、この病院の記憶です」と、真野は言った。「五十一年、あなたは全部見ていました。四十年前の朝のことも、棚橋先生のことも、橘さんのことも。……僕らは、たまたま通りかかっただけです」
拍手が起きた。ユイは、うまく笑えなかった。
会が終わって、駐車場まで送りに来た真野が、ふと言った。
「香山さん。書いてますか」
「……書いてます」
「よかった」真野は、聴診器に手をやった。「先生が言ってたでしょう。手から手に渡るもんは、しぶといって。……僕はこれ、来年、若いのに渡します。香山さんは、まだ渡さないでください。あなたのは、まだ増えているんだから」
その二年後、四十二年目の秋に、沢井が亡くなったという知らせが来た。
八十歳だった。駐輪場の仕事を、最後まで続けたという。知らせをくれたのは、アパートの大家だった。ユイの連絡先が、部屋の電話の横に、一枚だけ貼ってあったのだそうだ。
「身寄りがないと言うもんだから、こっちで手配したんですけどね」と、大家は困った声で言った。「遺品がね、困っちまって。絵本が三十冊あるんですよ」
「絵本?」
「三十冊、全部きれいなんです。読んだ形跡がない。買ったまんま。それで、一冊一冊の裏表紙に、鉛筆で書いてあるんです」
大家は、少し口ごもった。
「ハルへ、って。同じ字で、三十冊。……年と月日も書いてあってね。全部、五月の十一日なんですよ。三十年ぶん」
ユイは、受話器を持ったまま、しばらく声が出なかった。
「あの……住所も何もないんで、どうしたもんかと。処分しちゃっていいですかね」
「待ってください」
ユイは、少し考えて、こう言った。
「送っていただきたいところがあります。橘さんっていうお宅です」
理由は、うまく説明できなかった。ただ、あの絵本は、あの帳面の隣にあるべきだと思った。証言者が二百四十一人いて、そのうちの一人が、三十年かけて、渡せない絵本を三十冊積んだ。それも、証言なのだと思った。




