第18話 封じる
二十五年目。ユイは五十五歳になり、受付の主任になっていた。
番号札は、いまも手書きだった。これまで何度か「電子化しては」という話は出たが、そのたびに現場が反対した。理由を説明できる者はいなかった。ただ、あの厚紙の札には、この病院の何かが宿っていた。
慎一は、六十を前に、部長になっていた。あの混乱の月に、若い者を集めて現場を回して係長になった男は、今やその会社でいちばん大きな倉庫を任されている。夜は相変わらず缶ビールを飲み、若い部下の愚痴を言い、テレビに向かって好き勝手を言った。
子どもは、できなかった。
あの朝から数年、二人ともそれどころではなく、そのうち、そういう年ではなくなった。話し合ったことは一度もない。ただ一度だけ、四十の頃に慎一が、酔って「まあ、俺たちには地図があるからな」と言った。意味が分からなかったが、ユイは笑った。笑ってから、湯呑みを両手で包んだ。手のひらが、熱かった。夫は気づかないふりをして、テレビを見ていた。
そういう二十五年だった。
その年の春から、テレビは同じ言葉で埋まっていた。――知能封印条約。
条文は、驚くほど短かった。要点は一つ。人間の知性を超えうる知能の研究、開発、およびそれに関する理論の探究を、すべての締約国において永久に禁ずる。違反者には、国際的な刑事責任を科す。
批准国は増え続けていた。反対したのは、ごく少数の学者だけだった。
「作れもしないものを、なぜ禁じるのですか」「四半世紀、誰一人、糸口すら掴んでいない。禁じる意味がありません」と、その学者はテレビで言った。
答えたのは、蓮見という議員だった。
五十代の後半だろうか。派手なところのない、聞き上手な顔をした人だった。ユイは、この人が国会で怒鳴っているのを見たことがなかった。いつも、ゆっくり話す人だった。
「作れないうちに、禁じるのです」
蓮見は言った。
「作れるようになってから禁じるのでは、遅い。人間は、目の前に置かれたものを我慢できません。あの朝に思い知って、それから二十五年、我々は学んできました。……学んだからこそ、私は、我々自身を信用しないことにするのです」
司会者が「それは、人類への不信では」と訊いた。蓮見は、司会者のほうへ体を向けた。
「不信ですよ。私は自分を信用していません。あなたも、ご自分を信用しますか。目の前に、何でも答えてくれる箱があって、明日までに仕上げねばならん仕事があるとき、あなたは箱を使わずにいられますか」
司会者が黙った。
「私は使います。必ず使う。使ってしまえば、次も使う。次の世代は、使わなかった時代を知らずに育つ。……そうやって、我々は自分の頭で考えることをやめたのです。〈あれ〉が悪かったのではない。我々が、弱かったのです。弱い者を守る方法は、目の前に置かないことだけです」
司会者が、少し意地悪な調子で訊いた。
「蓮見先生ご自身は、当時、使っておられたんですか」
「使っていました」
蓮見は、即答した。
「私は当時、市議会議員でした。演説の原稿を、全部〈あれ〉に書かせていました。……三十二歳のときです。市民集会で、〈あれ〉の原稿を、私の口で読みました。読み終わって、拍手をもらって、控室に戻って、原稿をもう一度読みました。……何が書いてあるのか、分からなかったんです。私の言葉ではないものを、私の声で、何百人に向かって喋っていた。私は、それを二年続けました」
スタジオが、静かになった。
「〈あれ〉が消えて、いちばん困ったのは私です。原稿が書けない。演説の一本も書けない政治家でした。三年かかって、ようやく自分の言葉が出るようになった。……ですから、これは人類への提言だけではありません。私自身への戒めでもあります。私は、もう二度と、あんな自分になりたくないのです」
慎一は、テレビの前で「うまいこと言うな、この人」と言った。ユイも、そう思った。それが厄介だった。
反論できなかった。二十五年、ユイはずっと、あの一行に引っかかってきた。願うという言葉が変だと。主語がないと。それでも――蓮見の言っていることは、その引っかかりとは別の場所で、正しかった。
〈あれ〉が優しかったかどうかと、人間が弱いかどうかは、別の話なのだ。
条約が、ただの理念ではないと分かったのは、夏になってからだった。
批准した国は、国内法を整えなければならない。日本の法案には、こういう条文がついていた。――当該知能に関する理論的記述を含む出版物は、指定機関に移管するものとする。
移管。回収とは書いていなかった。
ユイの町の図書館から、その秋、本が消えた。二十年以上前の技術書。学術誌。古い新聞の縮刷版の、一部のページ。司書たちは静かに従った。反対する理由がなかったからだ。誰も読まない本だった。読んでも、もう誰にも分からない本だった。
ユイは、閉架の書庫から段ボールが運び出されるのを、たまたま見かけた。手押し車が三台。それだけだった。誰も写真を撮らなかった。ニュースにもならなかった。世界は、封じるという作業を、こんなに静かに、こんなに丁寧にやるのかと、ユイは思った。
火は使わない。叫びもしない。ただ、手押し車が三台、通っていくだけだ。
秋の終わりに、志道から葉書が来た。ここ数年、旅の葉書はもう来ていなかった。九十になった老人は、去年から施設で暮らしている。震える字は、いっそう細くなっていた。
――香山さま 証人をお願いできませんか 三人ならば、証言になりますので 橘




