第11話 手の医学
消失から五年。制度の上では、医療は立ち直っていた。国家試験は再開され、教科書は刷り直され、若い医師は毎年生まれてくる。
欠けていたのは、目に見えないものだった。
かつて診察室には、もうひとつの目があった。数値の裏の異変を拾い、若い医師の迷いに、そっと候補を並べてくれた目が。その目を前提に育った世代は、白い欄を前にすると、いまでも一瞬、指が止まる。止まった指のまま五年働き続けることが、どれほど人をすり減らすか。それは、すり減った本人にしか分からなかった。
真野もその一人だった。
あの静寂の朝、「僕、〈あれ〉なしで薬の量を決めたことがないんです」と青い顔で立ち尽くしていた研修医は、内科医になっていた。腕が悪いわけではなかった。ただ、二年目の冬に、忘れられない一件があった。
数値のすべてが正常だった患者が、三日後に亡くなった。あとから振り返れば、拾えたかもしれない小さな兆しが、一つあった。誰も真野を責めなかったが、責めなかったことが、いちばん重かった。「あの目があれば」と、真野は千回考えた。あの目があれば拾えた。つまり、拾ったのはいつも、あの目だった。自分は五年間、いまもなお医者の白衣を着て、何を診ているのだろう。
辞表は、その白衣の内ポケットに、三ヶ月前から入っていた。
「棚橋先生の勉強会。久しぶりに、どうだ」
真野が水曜の夜の会議室に顔を出したのは、先輩に腕を引かれたからだった。
五年前の昼休み、棚橋のまわりに集まった一人が、真野だった。聴診器の当て方も、手で触れて診るということも、あのとき教わっている。教わって、それでも、拾えなかった。
だから、行くつもりはなかった。
いまさら、どうなる。
会議室には二十人ほどがいた。若い医師、看護師、他の病院から来たという顔もあった。黒板の前に、棚橋が立っていた。七十を過ぎた老医師は、聴診器を首にかけたまま、こう切り出した。
「〈あれ〉に訊けば、答えだけは、すぐ出た。……わしらはいつの間にか、答えの前で考えるのをやめとった。ここは、もう一度、自分の頭で考え直す。そういう会だ」
「機械が見とったものを、わしらはもう見られん。それは諦めなさい。……だが、機械が見んかったものなら、見られる」
棚橋の講義は、教科書のどこにもないことばかりだった。患者が診察室に入ってくる数秒で見るべきこと。靴の減り方。ボタンの掛け違い。付き添いの家族が、患者の代わりに答えるかどうか。触れた手の温度と、触れられたときの目の動き。
「昔のわしらは、これで診とった。名人芸と言うな。ただの手順だ。手順なら、覚えられる」
その夜、真野は初めて、ノートを取った。
紙のノートだった。字が下手で、自分でも読み返せないような字だった。それでも書いた。書きながら、妙なことに気がついた。手が、動くのだ。五年間、白い欄を前にして止まっていた指が、鉛筆を持つと動く。
――僕は、ずっと、答えを待っていたんだ。
真野は、そう思った。あの目が候補を並べてくれるのを待ち、並ばなくなってからは、並ばないことに怯えていた。誰かが先に答えを出してくれる前提で、白衣を着ていた。老医師の言っているのは、そのことだった。手順なら、覚えられる。待つのをやめて、自分で並べろ、と。
数週間後、真野に転機が来た。
外来に、定期検診の老婦人が来た。数値はすべて正常だった。正常なのに、何かが引っかかった。何が引っかかったのか、自分でも言えなかった。以前の真野なら、言えない引っかかりは、なかったことにしていた。数値が正常なのだから。
その日は、廊下の向こうに棚橋がいた。真野は追いかけて、うまく説明できないまま説明した。老医師は一言だけ訊いた。
「入ってくるときの歩き方は、見たか」
見ていなかった。呼び戻して、歩いてもらった。棚橋は隣で黙って見ていて、それから小さくうなずいた。精密な検査に回した。早かった。十分に、早かった。
その夜、真野は当直室で辞表を破った。破った紙を、細かく、細かく破った。指が止まらなくなって、紙くずの山ができた。五年ぶんの手が、そこで動いていた。
勉強会は「手の医学」と呼ばれるようになり、水曜の会議室は立ち見が出るようになった。変化は、受付からも見えた。ユイの窓口に、患者の待ち時間の苦情が減った。診察が長くなったのに、減ったのだ。「今日の若い先生、あたしの靴のことまで訊いてくれたよ」と、常連の老婦人が嬉しそうに言った。診察室で顔を見てもらえた人は、待合室で番号札を握りしめて怒ったりしない。ユイはそのことを、日記に書いた。
棚橋は毎回、黒板の隅に同じ言葉を書いてから講義を始めた。ユイも一度、お茶を運びながらその言葉を見た。
――診るとは、会うことである。
会う、という字を、ユイはしばらく見ていた。あの一行と同じ字が、そこにあった。




