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エーテルコード:ヴァリアスワールド  作者: エトコッコ
宇宙篇

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第8話「月の亡霊」


司令室。


オルフェへ帰還したファクターズは、今回の任務についてトーマスへ報告していた。


一通り報告を聞き終えたトーマスは、静かに目元を押さえた。


「……まさか、人質がいたとは」


その表情には隠しきれない苦悩が浮かんでいる。


(やっぱり、トーマスさんも聞かされてなかったんだな)


閃はそう思った。


もし知っていたのなら、この反応にはならない。


少なくとも、事前に共有されていた情報ではなかったのだろう。


やがてトーマスは顔を上げた。


「とにかく、君たちが無事で良かった」


その言葉には、心からの安堵が込められていた。


「後のことは私たちに任せてくれ」


「君たちはゆっくり休むんだ」


トーマスはそう言った。



「あの、イカロス・マーベウスの件は……」


烈が口を開いた。


トーマスはその問いの意味を理解していた。


ハート部隊の処刑。


そして、自爆による抹殺の試み。


烈が怒りを抱くのも当然だった。


「君たちの怒りは分かる」


トーマスは静かに言った。


「そのことも含めて、火神大将には報告するつもりだ」


「だが今は、イカロス——そしてLUNAS FACTORYに対して、こちらから直接動くことはできない……」


その声には悔しさが滲んでいた。


「だからといって、放置するつもりもない」


トーマスは真っ直ぐ4人を見た。


烈は何も言わなかった。


納得したわけではない。


だが、トーマス自身もまた、この状況に歯がゆさを感じていることは伝わってきた。


だからこそ、烈は黙って拳を握り締めるだけだった。



その後、4人は図書室にいた。


調べているのは、イカロス・マーベウスについて。


端末や書籍に目を通しながら情報を集めていく。


そして、知れば知るほど彼の思想が見えてきた。


古くから、“地球共存派”と“宇宙進出派”は相容れない関係にあった。


それはマーベウス家も例外ではない。


祖父のエイジスは地球共存派。


一方で、父のニコラスと息子のイカロスは宇宙進出派だった。


特にイカロスは、幼い頃から父であるニコラスの思想に強い影響を受けていたという。


かつてニコラスは、こう語ったとされている。


“人は、どこへだって行ける。宇宙でも、その先でも。そこに人がいる限り”。


その言葉こそが、イカロス・マーベウスという人物の根幹を形作った思想だった。



イカロスは若い頃から、その天才的な頭脳を遺憾なく発揮していた。


そして何より、父であるニコラスを心から尊敬していた。


宇宙進出という夢は、これまでも多くの人々が追い求めてきた。


しかし、そのたびに立ちはだかる存在があった。


地球共存派である。


それは祖父エイジスも同じだった。


共存派の主張は一貫している。


“人間は地球でしか生きていけない”


“そもそも宇宙に恒久的な居住地を築けるというのなら、まず海底や砂漠といった地球上の過酷な環境で生活できるはずだ”


“人間の身体は宇宙環境に適応していない”


“宇宙開発に投じる莫大な予算があるのなら、その資金を地球環境の保護や改善に使うべきだ”


その主張の根底にあるのは、人類は地球と共に生きるべきだという考えだった。


そして、それは宇宙を目指す者たちと決して交わることのない価値観でもあった。



特に、宇宙進出派の象徴とも言えるニコラスとイカロスは、国内の過激な地球共存派から激しい非難を受け続けていた。


それは単なる批判に留まらず、時には脅迫や妨害行為にまで発展していたという。


そして——


ある日、ニコラスは突然の事故によって命を落とす。


公式には事故死として処理された。


だが、その死には不自然な点も多く、世間では以前から“暗殺説”が囁かれていた。


イカロス自身も、その説を固く信じていた。


父は過激派によって殺された——その疑念は消えなかった。


さらに追い打ちをかけるように、人生を懸けていたスペリオル計画にも大きな打撃が訪れる。


世界大戦の激化によって国家予算が軍事へ集中し、計画への資金援助が打ち切られてしまったのだ。


それは、イカロスにとって夢を奪われるに等しい出来事だった。


「その後は、同じ目標を持った天華と手を組んで計画を続行したわけか」


烈はPCモニターを見つめながら呟いた。



「多分だけど……」


怜は小さく呟いた。


「あのイカロスの姿、ホログラムじゃなくてUBだと思う」


その言葉に、3人は怜へ視線を向ける。


「あの時、閃が“イカロスの記憶を移したAIか”って聞いたでしょ?」


「それに対して、イカロスは“半分正解”って答えてた」


怜は端末に表示された資料を見ながら続ける。


本来、UBは人間や他の生物と明確に区別するため、意図的に機械的な外見を維持している。


それは“ロボット法案”によって定められた基準の1つだった。


また、武器の所持や兵器としての運用も法律で厳しく禁止されている。


だが——


「人間と同じ見た目にする技術自体は、昔から存在してる」


「やろうと思えば、人間と見分けがつかないUBを作ることは十分可能」


「あの時、ハート部隊を監視していたUBは武装していた」


「つまり、イカロスがロボット法案を守っているとは思えない」


怜は結論を口にする。


「だから、あれはホログラムじゃなくて、イカロス本人の人格や記憶を移植したUBなんじゃないかと思う」


もしそうだとすれば、20年前に死んだはずのイカロスは別の形で今も生き続けていることになる。



「昔、イカロスの宇宙進出論を少し読んだことがあるんだけど——」


怜は端末から視線を上げた。


「その中に、UBについての記述があった」


「元々UBって、“人間の身体そのものが宇宙環境に適応していないから、その問題を解決するための新しい肉体として開発された”って書かれてた」


「えぇ……?」


音は困惑したような声を漏らした。


怜は続ける。


「つまり、人間の意思や人格をブレインへ移し、それをUBの身体で活動させる」


「それがイカロスの考える“宇宙環境でも生きていける新人類”だったみたい」


「……それ、倫理的にどうなん?」


「てか、それって本当に人間?」


閃が口を開いた。


当然の疑問だった。


身体は機械、脳も存在しない。


そこに残るのは記録された人格や記憶だけ。


果たして、それを人間と呼べるのか——


「まさに、そう言われてたみたい」


「当時から批判はかなり多かったって」


「だろうねぇ」


閃は言った。


そして少し考え込む。


「ただ、UBの話はニコラスが亡くなった後だから……」


「それが本当にニコラス自身の考えだったのか——」


「それともイカロス独自の思想だったのかは分からない」


怜はそう締めくくった。



「怜の話を聞くと、確かに“人間の皮を被ったUB”って説はかなり筋が通ってる」


閃は腕を組みながら言った。


「うん。それに——」


「イカロスの意思は、UBのブレインじゃなくてマザーブレイン側にある可能性も高いと思う」


怜のその言葉に、閃も納得した。


もし人格データがマザーブレインに保存されているのなら、一体のUBを破壊した程度では意味がない。


いくらでも端末を変えられる。


「ヨハンのヤローと同じだな」


烈が顔をしかめる。


今回の任務は、結果だけを見れば大成功とも言える。


だが、その一方で新たな脅威も明らかになった。


イカロス・マーベウス。


20年前に死んだはずの男。


それが今もなお存在し、自らの意思で動いている。


まるで亡霊のように。


その事実は、フレアⅢ以上に不気味だった。


今後、間違いなく敵として立ちはだかるだろう。


そのことだけは、4人とも痛感していた。


(宇宙篇 完)

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