第13話「発言」
天華との戦闘が終わった、その日の朝。
閃はハーリーのもとを訪れていた。
「ハーリー博士、おはようございます」
「あれ?閃くん。おはよう」
ハーリーは閃の姿を見ると、少し驚いた表情を浮かべた。
「昨夜の戦闘から、まだ7時間くらいしか経ってないけど……もう大丈夫なのかい?」
天華が襲撃してきたのは深夜。
戦闘が終わってから、まだ7時間ほどしか経っていない。
EDを動かすだけでも、ファクター自身のエーテルを必要とする。
ましてや実戦ともなれば、さらなるエーテルに加え、高い集中力も要求される。
その上、複数の強力なスキルを使用していた。
通常であれば、丸一日は休息を取る必要があると言われるほどの消耗だ。
しかし、目の前の閃は、ケロッとしていた。
無理をしている様子もなければ、疲労しているようにも見えない。
まるで昨夜の戦闘など、何もなかったかのようだった。
「全然大丈夫ですよ」
閃は笑顔で答えた。
「ホント、すごいなぁ……君たちは」
ハーリーは感心しながらも、どこか呆れたように笑った。
「あはは。それより、ちょっと相談がありまして」
「ん?なんだい?」
ハーリーは閃へ向き直った。
◆
閃は、昨夜ミラと話したことをハーリーに伝えた。
ミラを一時的に日本支部へ異動させ、ファクターズと共に行動させる。
そして、その間はアメリカ支部かイタリア支部のどちらかからファクターを本部へ派遣してもらい、ミラの不在をカバーする。
一通り話を聞いたハーリーは、納得したように頷いた。
「なるほどね……」
実際、ミラの怪我が完治した後、具体的にどうするかはまだ決まっていなかった。
今後、どういったトレーニングをすればいいのか分からない——
そんなミラの気持ちも、よく分かる。
1人でできる訓練には、どうしても限界がある。
その点、日本支部にはファクターズがいる。
閃の言うように、ファクターズと共に訓練や任務を経験することは、ミラのレベルアップにも繋がるだろう。
何より——
今のミラが抱えている不安も、少なくとも今よりは和らぐはずだ。
「うん。確かに……」
ハーリーは少し考える。
「今のミラにとっては、思い切って環境を変えてみるのもいいかもしれないね」
そして、閃に笑顔を向けた。
「わかった。僕からマーク本部長に話しておくよ」
「ありがとうございます」
閃は笑顔で頭を下げた。
◆
「ちゃんと、閃くんからの提案だって伝えておくからね」
ハーリーは笑顔で言った。
「えぇ?それ、逆効果になりません?」
閃は少し困ったように言った。
「そんなことないよ」
ハーリーは笑う。
「僕から提案するより、閃くんの意見として伝えた方が通りやすいと思うよ」
「こういうファクターに関することはね」
「そうなんですか?」
閃は意外そうに目を丸くした。
「……知らなかったのかい?」
今度はハーリーが不思議そうな顔をする。
「はい……」
閃は素直に頷いた。
ハーリーは一瞬きょとんとした後、思わず小さく笑った。
◆
「閃くんは、自分のオーキュラムのアクセス権がどれくらいあるか知ってる?」
ハーリーは尋ねた。
「えーっと……確か、ファクターはレベル2でしたよね?」
閃は答えた。
オーキュラムのアクセス権は、レベル1からレベル8まで存在する。
その権限は役職や立場によって異なり、一般職員や訓練生はレベル1、ファクターはレベル2。
そして、ハーリーのような主任クラスともなれば、レベル6のアクセス権を持っている。
「ファクターはそうだね」
ハーリーは頷いた。
「でも、ファクターズは違うよ?」
「え?」
閃は目を丸くする。
「ファクターズはレベル4」
ハーリーは続ける。
「そして、リーダーである閃くんには——レベル5のアクセス権が与えられてるんだ」
「えぇ!?」
閃は素っ頓狂な声を上げた。
「知らんかった……」
「IDカードにちゃんと記載されてるはずだよ」
ハーリーは笑いながら言った。
IDカードには、実物のカードと、リスバ内に電子化されたものの2種類がある。
もっとも、ほとんどの職員が普段使っているのはリスバの方。
閃が受け取った実物のカードは、机の中にしまったまま。
まともに確認した記憶すらない。
使うとしても、更新する時くらいだった。
(……全然見てなかった)
閃は今さらながら、自分のIDカードの存在を思い出した。
◆
「普段、オーキュラムはあまり使わないみたいだね」
ハーリーは言った。
「そうですね……」
閃は苦笑いしながら答えた。
普段の任務で必要な情報は、オペレーターから共有されることがほとんどだ。
そのため、閃自身がオーキュラムへアクセスし、情報を調べる機会はほとんどなかった。
「気が向いたら覗いてみなよ。結構役に立つよ」
ハーリーは笑顔で言った。
「そうしてみます」
閃も頷いた。
「ちなみに、なんでこの話をしたかというとね……」
ハーリーは改めて閃を見る。
「閃くんは、自分で思っているよりずっと発言力があるんだよ」
「ホントですか?」
「うん」
ハーリーは頷いた。
「ファクターズのリーダーっていう立場は、それだけオルフェの中でも重要なんだ」
閃は少し考えたものの、やはりピンと来ないようだ。
「実感湧かないですね」
閃は笑いながら言った。
ハーリーもそんな閃を見て、微笑んだ。
どうやら本人だけが、自分の立場の大きさをいまいち理解していないようだった。
◆
「……前さ、“例の事件”があったでしょ?」
ハーリーは少し声を落として言った。
ハーリーの言う“例の事件”とは——「ファイ事件」のことだ。
出来事が出来事なだけに、オルフェでは半ばタブーのような扱いになっている。
「あの時、オルフェ全体で大規模なオンライン会議があったでしょ?」
「閃くんもファクターズのリーダーとして、発言してたよね」
「あぁ……そんなこともありましたね」
閃は思い出しながら答えた。
あの会議で、閃はファイへの対策を自ら説明していた。
もちろん、その会議にはハーリーも出席している。
「あれもね、閃くんにそれだけの発言力があったからこそなんだよ」
ハーリーは言った。
「そうだったんですか……?」
閃は少し意外そうな顔をする。
思い返してみれば——
確かに、あの時の自分の提案は驚くほどすんなり受け入れられていた。
もっとも、当時はファクターズ以外にファイへ対抗できる戦力がほとんど存在しなかったという事情もある。
それでも——
オルフェ全体が参加する大規模な会議で、ひとりのファクターの意見がそのまま対策として採用された。
改めて考えれば、それは決して当たり前のことではない。
「それに、閃くんたちには十分すぎるほどの実績もある」
ハーリーは続けた。
「だから、ミラの件はきっとうまくいくと思うんだ」
「アメリカかイタリアからファクターを派遣してもらう話も含めてね」
「な、なるほど……」
閃は腕を組んだ。
自分としては、あくまで“ダメ元で相談してみよう”くらいのつもりだった。
それが、自分の提案一つで、ミラが日本支部へ。
さらに、その穴を埋めるために別の研究機関からファクターが本部へ派遣される可能性まである。
一時的とはいえ、複数の拠点を跨いで人員が動くことになる。
閃は今さらながら、自分の立場の大きさを知った。
もっとも——
やはり、いまいち実感は湧かなかった。




