第10話「再会」
閃と烈がイギリス本部へ向かってから、数日が経過していた。
食堂では、クレアが憂鬱そうな表情を浮かべながら、パンをかじっていた。
そこへ、プレートを持ったアンジュがやってくる。
「なーに浮かない顔してんの?」
アンジュはそう言いながら、クレアの向かいに座った。
「あ、アンジュ……」
「どしたん?ってか、どうせ烈でしょ?」
「うん……」
クレアは憂鬱そうに頷いた。
「だってさ〜?アンジュ知らないでしょ?イギリス本部の“シスターズ”のこと」
「シスターズって何?」
アンジュはスープを飲みながら尋ねた。
クレアは、シスターズについて一通り説明した。
◆
「つまり……そのシスターズがいるから心配ってことね」
アンジュは納得したように言った。
「マジで全員可愛いのよ」
クレアは言った。
「大丈夫だって。アンタも十分可愛いよ」
アンジュはやれやれといった様子で返した。
「あんがと」
クレアは素直に礼を言った。
「で、特にそこのミラさんがさ、もうほんっっとに美人でさ」
「普通に映画スターレベルでさ」
「そんなに?」
アンジュが少し興味を示す。
実際、クレアが言うように、ミラはその容姿の美しさでも評判だった。
「多分、見たらびっくりするよ?」
「へぇ〜」
「まぁ、だからって烈は大丈夫っしょ?」
アンジュは特に心配する様子もなく言った。
「って思うでしょ?」
クレアは身を乗り出す。
「烈くん、話聞いてると、結構お姉さん系がタイプみたいでさ」
「こう……女のカンってやつが——」
その時だった。
突如、施設内に警報が鳴り響いた。
『敵襲です!各職員は戦闘に備えてください!』
リオの声が響いた。
『相手は——天華天明です!』
「天華……ついに来たわね!」
クレアは勢いよく立ち上がる。
アンジュもすぐに席を立った。
◆
『シラユキ、ツムギ、発進準備OK』
「シラユキ、行きます」
「ツムギ、行きます!」
怜と音は、それぞれのEDを発進させた。
そして——
「メルも出るよー」
メルも専用のブロックスをDフライヤーに乗せ、発進する。
3機はそのまま迎撃地点へと向かった。
『3人とも、敵部隊には例の紫がいるわ!』
リオから通信が入る。
「了解」
「了解!」
「はーい」
3人はそれぞれ返事をした。
(サキがいる)
メルは静かに思った。
しばらく進むと、天華天明の部隊が姿を現した。
Dフライヤーに乗ったレギオンⅡの部隊。
その中には、ワイバーンレギオンの姿もある。
さらに今回はSDだけではなく、エレファイター部隊も随伴していた。
どうやら、今回は空中戦を主軸とした部隊編成のようだ。
「迎撃に移ります」
怜は正面に展開する敵部隊を見据える。
◆
「アイスガール、音!予定通りにね!」
メルは怜と音に通信を飛ばした。
「了解」
「うん!」
怜と音はそれぞれ答える。
そして、3機は一斉に分散した。
シラユキはエーテル推力を利用した飛行により、高い機動力を発揮する。
一気に高度を上げると、上空へと回り込んだ。
そして《氷弾》を放つ。
無数の氷の弾丸が降り注ぎ、レギオンⅡ部隊を襲った。
一方——
空中特化型であるツムギにとって、空中はまさに独壇場。
複数のエレファイターが次々に攻撃を仕掛けるが、ツムギはそのすべてを軽やかに回避していく。
ツムギは機体を翻しながら、ガンブレードからエーテル弾を連射する。
放たれたエーテル弾は正確にエレファイターを捉え、次々と撃墜していった。
◆
ワイバーンレギオンは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
(さすがだな……)
(前より、さらに強くなっている)
サキはシラユキとツムギの動きを見ながら、冷静に分析していた。
その中で、気になる機体があった。
(あのピンクのブロックス……)
見たところ、何の変哲もない通常のブロックス。
わざわざDフライヤーに乗せ、EDと共に出撃させる意味はないはずだ。
そして何より——
そのブロックスは、真っ先にワイバーンレギオンへ向かってきていた。
(囮か……?)
サキは一瞬そう考えた。
(まぁ、なんでもいい)
(こちらに向かってくるなら、落とすだけだ)
ワイバーンレギオンは腰にマウントされたアサルトライフルを引き抜くと、接近するブロックスへ向けて発砲した。
しかし——
ブロックスは機体を軽く傾け、放たれた弾丸を難なくかわした。
(……無人機ではないな)
サキは僅かに目を細める。
通常の無人機では、今の射撃をあれほど容易に回避することはできない。
サキは再び照準を合わせ、射撃する。
だが——
再びかわされた。
それどころか、速度を落とすことなく、こちらとの距離を詰め続けている。
(このハート……かなりの手練れのようだな)
サキは、接近してくるピンク色のブロックスを鋭く見据えた。
◆
ブロックスはハンドガンを構え、ワイバーンレギオンに向けて発砲した。
サキは即座にナイフを構え、飛んできた弾丸を弾く。
そして、そのまま一気に距離を詰めた。
ワイバーンレギオンが鋭くナイフを突き出す。
しかし——
ブロックスはハンドガンを使い、その突きを受け流した。
(このハート……一体……!?)
サキは驚きを隠せなかった。
次の瞬間——
ブロックスがワイバーンレギオンに組み付いた。
『アンタのレギオン、随分痩せちゃったねー』
「!!」
接触回線から聞こえてきた声に、サキは目を見開く。
「その声……メル……!?」
驚きと同時に、すべて合点がいった。
先ほどから見せていた、通常のハートとは明らかに一線を画す動き。
Ωクラスにも匹敵する技量だと感じていた。
それも当然だった。
かつて同じΩチームとして戦っていた彼女ならば。
『ビックリした?』
メルは楽しそうに言った。
「ああ……」
「そういえば、オルフェに保護されてたんだね」
『なーんだ。知ってたんだ』
「一度、リーアに会った時に聞いたよ」
サキは答える。
「それ以降は会ってないけどね」
『……そっか』
メルの声が、ほんの少しだけ沈んだ。
その口ぶりからして——
サキはまだ、リーアが死んだことを知らないようだった。
◆
「ただ——」
「まさか、オルフェの防衛部隊にいるとは思わなかったよ」
サキは言った。
『メルも、タダ飯を食うほど図々しくないのっ!』
メルは胸を張るように答えた。
「そうか」
サキは少し笑った。
『それより、なんでサキがまた天華にいるのよ?』
メルの問いに、サキはすぐには答えなかった。
しばらく間を置いたあと、静かに口を開く。
「……恋人を人質にされているんだ」
『……なるほど、ね』
サキは、恋人であるレナを人質に取られ、天華天明への協力を余儀なくされていた。
「レナを助けるまでは、あそこから離れられない」
サキはそう言った。
◆
『……わかった』
メルは少し間を置いて言った。
『相談してみる』
「え?」
サキは思わず目を丸くした。
『“仲間”に、そのこと相談してみる』
メルは言った。
その言葉に、サキは驚いた。
天華連盟にいた頃のメルからは、想像もできない言葉だった。
そもそもΩチームは、互いを“仲間”と呼ぶような関係ではなかった。
同じチームとして行動こそしていたものの、それぞれが独立しており、強い仲間意識があったわけではない。
何より——
サキが知る当時のメルは、かなり危うい存在だった。
「……本当にメル?」
思ったことが、つい口から出てしまった。
『あったりまえでしょ!!』
メルが声を上げる。
「フフッ、ごめん」
サキは小さく笑った。
そして——
「ありがとう、メル」
『いーよ』
久しぶりに聞いたメルの声。
その声も、話し方も、昔とはどこか雰囲気が違っていた。
そして何より——
シラユキとツムギは、こちらに一切攻撃を仕掛けてこない。
メルがサキと接触することを見越し、事前に打ち合わせていたのだ。
(メル……いい居場所を見つけたんだね)
サキは心の中で、静かにそう思った。
◆
「この会話を知られないために、ログはすべて消さなきゃならない」
サキは声の調子を戻した。
『そだね』
「それと、怪しまれないように……」
サキは一瞬だけ間を置く。
「そのブロックスは破壊させてもらうよ」
『え?』
メルが間の抜けた声を出した。
「メル、脱出の準備を——」
その瞬間——
ワイバーンレギオンが目にも止まらぬ速度で動いた。
ナイフが閃き、ブロックスの四肢を次々と切断。
さらに胴体部まで一瞬で斬り裂き、ブロックスは瞬く間にバラバラになった。
もちろん、コクピットだけはギリギリのところで避けている。
「あーれー」
呑気な声を残しながら、ブロックスの残骸が次々と落下していく。
メルはすぐさまコクピットから脱出した。
その瞬間、メルの身体が、柔らかな空気の球体に包み込まれる。
音の《エアフィールド》だった。
◆
レギオンⅡ部隊とエレファイター部隊は、すでにシラユキとツムギによって殲滅されていた。
これ以上、戦闘を続ける理由はない。
撤退するには十分な理由だった。
ワイバーンレギオンはそのまま戦闘空域を離脱した。
「メル、大丈夫?」
音は《エアフィールド》に包まれたメルへゆっくりと近づいてくる。
メルは空中に浮かんだまま、片手で大丈夫というジェスチャーを返した。
音は安心したように息をついた。
シラユキも2人のもとへ合流する。
こうして戦闘を終えた3人は、そのまま帰還した。
◆
メルは支部へ戻ると、そのまま司令室へ向かい、先ほどサキから聞いた話を報告した。
その場にいたのは、松永、リオ、クレア、そして怜と音だった。
「そんな……恋人を人質にするなんて……」
音は悲しそうな表情を浮かべた。
「最低!卑劣だわ!」
リオは怒りを露わにする。
「サキさん以外にも、無理やり協力させられている人がいるのかしら……」
松永は考え込むように言った。
「……探り、入れてみましょうか?」
クレアが言った。
「ええ、お願い」
松永は頷いた。
「え!?アンタ、そんなことできんの!?」
メルは驚いてクレアを見る。
「へへーん」
クレアは得意げな顔をした。
「アンタ、普段何してるかわかんないし」
「色々やってんのよ」
クレアは言った。
クレアは、いわば様々な業務をこなすゼネラリスト。
特定の部署に留まらず、必要に応じて様々な仕事を担当している。
さらに、松永が副総帥となってからは、それまで松永が担っていた業務の多くを肩代わりするようになっていた。
そのため、支部内でも彼女の仕事はかなり多岐にわたる。
「へぇー」
メルは少し感心したようにクレアを見る。
「ま、とりあえずよろしく頼むわ、ピンク頭」
「アンタもピンク頭でしょ!」
クレアは即座にツッコんだ。
(……ピンク姉妹)
2人の髪を交互に見ながら、怜は密かに思った。




