第9話「烈師匠②」
その後も、4人はしばらく話を続けていた。
話を聞くと、シスターズはアメリカ支部のファクターたちと演習や任務を行うことも多く、普段から交流があるらしい。
一方、日本支部のファクターは、これまで他支部のファクターと交流する機会がなかった。
閃と烈にとっては、他支部のファクターが普段どのような任務を行っているのかを聞くこと自体が新鮮だった。
「私たちは、“エーテルスポット”に行く任務が多いよ」
エミリーが言った。
エーテルスポット——
自然界のエーテルが高濃度で湧き出す地点のことである。
世界各地で突発的に発生し、周囲と比べてエーテル濃度が著しく高いことから、オルフェにとって非常に貴重な研究対象となっている。
シスターズの主な任務は、オーキュラムが探知したエーテルスポットへ向かい、周囲の安全を確保すること。
そして、“エーテルシリンダー”と呼ばれる専用容器にエーテルを収容し、研究機関まで運搬することだった。
エーテルスポットには危険も伴う。
高濃度のエーテルに引き寄せられ、魔獣が集まってくることがあるためだ。
そのため、発見された場合は迅速な対応が求められる。
エーテルスポットは世界中のどこにでも発生する可能性があり、その場所や時期に明確な法則性はない。
ゆえに、オーキュラムによる探知が必要不可欠だった。
そして、アメリカ支部のファクターたちは、主に魔獣の討伐を担っているという。
イギリスはエーテルスポットの保護と確保。
アメリカは魔獣の討伐。
もっとも、そうした役割が明確に定められているわけではない。
各支部の設備や研究分野、これまでの活動によって、自然と現在の形に分かれていったらしい。
特にアメリカ支部には、トルーパーのような量産型EDの開発に伴い、実戦データを蓄積する必要があるという背景もあった。
そして、そのトルーパーで培われた技術やデータが、現在のファクターズの専用EDにも繋がっている。
そう考えれば、アメリカ支部が担ってきた役割がどれほど重要なものだったのかが分かる。
対して、イギリス本部はオルフェ最大級の防衛機能を持つ重要拠点である。
その性質上、所属するファクターたちも外敵との本格的な戦闘に遭遇する機会は少ない。
シスターズに実戦経験がほとんどないのも、そうした事情が大きく関係していた。
◆
「なんか、俺らってオルフェのこと知ってるようで、全然知らないんだなー」
閃は感心したように言った。
「ね、烈師匠……」
「お前は師匠言うな」
烈がすかさずツッコむ。
「確かになー」
烈も改めて頷いた。
同じオルフェに所属していても、日本支部以外のことは知らないことばかりだった。
「エーテルの収集かー。俺らもトルーパーに乗ってた頃、何回かやったよな」
閃が懐かしそうに言った。
「あぁ、やってたな」
烈も頷く。
「魔獣討伐もな。なんか、だいぶ昔のことみてーに感じるわ」
「最近はしてないの?」
エミリーが尋ねた。
「そういや、やってねーな」
烈は少し考える。
「エーテル収集は、今はウチの訓練生がやってるとして——」
「魔獣に関しては、最近日本じゃ聞かねーよな」
「そういや……」
閃は記憶を辿る。
以前戦ったエレイーター以降、日本では魔獣に関する大きな話をほとんど聞いていなかった。
閃はかつて、そのエレイーターと生身で戦ったことがある。
それ以降、日本では魔獣に関する大きな話をほとんど聞いていなかった。
「まぁ、出ないに越したことはねーけどな」
烈が言った。
閃も頷く。
魔獣が現れない。
それ自体は、間違いなく良いことだった。
◆
「イギリスはエーテル、アメリカは討伐なら、日本とイタリアは?」
閃が尋ねた。
「日本とイタリアはね、“何でも”って聞いたことがあるよ」
エミリーが答えた。
「何でも?」
「うん。特にこれって決まってないみたい」
閃と烈は少し考える。
言われてみれば、日本支部ではエーテルの確保も、魔獣の討伐も経験している。
それ以外にも、護衛、調査、救助など、様々な任務をこなしてきた。
つまり——
本当に“何でも”だった。
「……確かに」
烈は納得したように頷いた。
「イタリア支部と交流は?」
閃が聞いた。
「ないよー」
エミリーはあっさり答えた。
「日本支部とイタリア支部は、これまで全然交流がなかったんだ」
「今回、閃さんと烈師匠が来たけど、日本支部との交流もこれが初めてなんだよ」
ユインが言った。
「へぇー……」
閃は少し興味を惹かれた。
「なんか、イタリア支部ってミステリアス」
「そうなの!」
エミリーが身を乗り出す。
「だって日本支部は、ファクターズがいるし、総帥も副総帥もいるし、みんなが言ってるみたいに“実質的本部”じゃない?」
「アメリカ支部はトルーパーの開発とか、魔獣討伐で有名だし」
エミリーは続ける。
「でも、イタリア支部って全然話を聞かないというか……何してるのか、いまいち分かんないんだよね」
「ほえ〜……」
閃と烈は興味深そうに聞いていた。
日本、イギリス、アメリカ。
それぞれの特色や立場が見えてきた中で——
イタリア支部だけは、どこか謎に包まれていた。
◆
「アメリカのファクターって、どんな感じなんだ?」
烈が何気なく尋ねた。
すると——
「アイツら、生意気なヤツが多い!」
ユインが頬をぷくっと膨らませた。
「あはは。ユイン、いっつもそう言うんだから」
エミリーは笑っている。
「そ、そうなんか?」
烈は少し戸惑った。
「そんなことないよ〜」
エミリーが言う。
「あるっ!」
ユインは即座に否定した。
「アイツら、私たちのこと、すっっごく舐めてたんだよ!」
「そーかなー?」
エミリーは能天気に首を傾げる。
「そーだよっ!」
ユインはさらに頬を膨らませた。
「“オマエ、手足届くのか?”とか言われたんだ!」
「そうそう!」
エミリーが思い出したように笑う。
「それでユインがブチ切れて殴りかかろうとして、4人で必死に止めたんだよねー」
「おもろくないっっ!」
ユインはムッとした顔で言った。
「だいたい、私だけじゃない!」
「みんなのことバカにしてたんだっ!アイツら!」
「そうだったかなぁ?」
エミリーはまるで気にしていない様子だった。
「そうだよっ!」
ユインはエミリーを指さす。
「エミリー以外、アメリカの奴らに悪い印象しかないよっ!」
「えー?あたしは結構好きだけどなー」
「エミリーが気にしなさすぎなの!」
どうやら、ユインは相当根に持っているらしい。
一方のエミリーは、本当に何とも思っていないようだった。
「そ、そっか……大変だったな……」
烈はそう言うしかなかった。
(……聞いちゃいけねーこと聞いたか?)
何気なく振った話題だったが、どうやら妙なところを突いてしまったらしい。
◆
「私はアイツらを見返したい!」
「だから、もっと強くなりたい!」
ユインは力強く言った。
閃は、すっと烈を見る。
「烈師匠、ご意見を」
「急に俺に振んなよ……」
烈は困ったように頭を掻いた。
「う、うーん……」
少し考えてから、ユインを見る。
「まぁ、気持ちはわかる」
「ただ……」
烈は少し真剣な表情になった。
「俺もあんま偉そうなこと言えねーけど……時には冷静になることも必要だと思う」
ユインは黙って烈の話を聞く。
「特にファクターは、そういう精神の乱れがエーテルの乱れに繋がるからな」
「俺自身、それで何度も危ない目に遭ったことあるし……何より、周りに迷惑かけたことも一度や二度じゃなかった」
烈は少し間を置く。
「ユインの気持ちもわかるぜ?」
「自分のことより、仲間のこと言われた方が腹立ったんだろ?」
「……うん」
ユインは小さく頷いた。
「俺は、その気持ちが間違ってるなんて全然思わねぇ」
「ただ——」
烈は真っ直ぐユインを見る。
「本当に仲間のためになりたいなら、その“怒り”すら利用して、仲間を守る力にしちまえばいい」
「…………」
ユインは烈をじっと見つめていた。
「……って、これはあくまで俺が普段考えてることであって」
「あくまでマインドの話な」
「俺だって、まだまだ途中だし……」
「そうなりたいって思ってるだけで——」
そこまで言いかけたところで、烈は気づいた。
「……ん?」
ユインがウルウルと目を潤ませながら、自分を見つめている。
「烈師匠……!」
「その言葉、この小さな胸に刻みます!!」
ユインは自分の胸に手を当て、力強く言った。
「うんうん!」
「もう2人は立派な師弟だよ!」
エミリーは満面の笑みで力強く言った。
烈は困ったように笑った。
◆
「ほんと、烈は昔からブレないな」
閃は笑顔で言った。
「……今の話、ここだけにしてくれな」
烈はそう言うと、少し照れくさそうに目を逸らした。
自分で話しておきながら、急に恥ずかしくなってきたらしい。
「わかったよ」
閃は目を閉じ、笑みを浮かべながら答えた。
烈とは長い付き合いになる。
だからこそ、烈が仲間をどれだけ大切にしているのか、閃は昔からよく知っていた。
それでも——
こうして烈自身の口から、普段胸の内に秘めている思いを改めて聞けたことが、閃は素直に嬉しかった。
◆
「今日はありがとう!」
「おやすみなさい!」
エミリーとユインは笑顔で言った。
「おやすみ、また明日」
閃も笑顔で返す。
烈は軽く手を上げて応えた。
2人はそのまま閃の部屋を出て、自室へ戻っていった。
その途中——
「ところでさ……」
エミリーがふと口を開いた。
「なに?」
ユインが振り向く。
「さっき、“この小さな胸に”って言ってたけど」
エミリーはユインを見る。
「バストサイズのこと?」
「ちーがーうっ!!」
ユインは顔を真っ赤にして否定した。
(てっきり自虐ネタかと思っちゃった)
エミリーはそんなことを思いながら、隣を歩くユインを見た。
もっとも——
パッと見ではわからないユインのとある“秘密”を、同室のエミリーは知っていた。




