第3話「翼竜」
エウリューラは、高速で接近してくる紫色の機体へ両手を向けた。
フィンガーファランクスから、無数のエーテル弾が一斉に放たれる。
しかし、紫色の機体は、一切速度を落とさない。
機体をわずかに左右へ振りながら、弾と弾のわずかな隙間を縫うように突き進んでくる。
まるで、弾幕の間をすり抜けているかのようだった。
「——!!」
ミラは思わず息を飲んだ。
その動きを司令室のモニターで見ていたマークも、思わず声を上げる。
「やはり、間違いない……!」
「アレに乗っているのはΩクラスだ!!」
その言葉を聞いたオペレーターは、すぐさまミラへ通信を繋いだ。
『ミラ!相手はΩクラスよ!』
『接近戦は避けて!!』
「了解です!」
ミラは即座に射撃を中断。
機体を反転させ、一気に距離を取った。
◆
紫色のレギオンに乗っていたのは——やはり、サキだった。
そして、彼女が乗っている機体。
それは、かつてサキが使用していた専用のレギオンΩ。
それを天華天明が回収し、独自の改良を施した機体「レギオンΩ改 ワイバーン」——通称「ワイバーンレギオン」と呼ばれるものだった。
ワイバーンレギオンは、レギオンΩに搭載されていたベルセルク・ギアを撤去し、ヴァルキリー・ギアに特化した機体となっている。
外観も、かつてのレギオンΩから大きく変化していた。
機体は以前と比べてかなり細身になっており、徹底的な軽量化が施されている。
さらに、背部には新たにウィングを追加。
空中での機動力を大幅に高めた、まさに完全なサキ仕様とも呼べる機体へと進化していた。
サキは、距離を取っていくエウリューラの動きを冷静に分析する。
(機動力は、あちらの方が上か)
ワイバーンレギオンは、以前のレギオンΩと比較しても、その空戦能力は圧倒的に向上している。
それでもなお、エウリューラの機動力は、それを上回っていた。
空中特化型EDであるエウリューラの性能に、ミラが持つ風のエーテル。
それらが合わさることで生み出される空中機動力は、ワイバーンレギオンすら凌駕していた。
(追いつくのは不可能)
サキはそう判断すると、無理に追撃することなく、一旦接近をやめた。
◆
一方、イギリス本部の防衛部隊とレギオンⅡ部隊も、すでに交戦を開始していた。
激しい戦闘が繰り広げられる中、少し離れた上空から、ゴズマンのレギオンγがその様子を見つめていた。
イギリス本部——ここは、オルフェの中で最も高い防衛戦力を有している。
一方、日本支部はファクターズそのものが強大な防衛戦力として機能しているため、本来の防衛部隊としての戦力は、各拠点の中でも低い部類に入る。
それだけ、日本支部の立ち位置がオルフェの中でも特殊ということだった。
「こちらは大丈夫そうですね」
男性オペレーターがモニターを確認しながら冷静に言った。
イギリス本部の防衛隊とレギオンⅡ部隊。
両者の戦況を見れば、どちらが優勢かは明らかだった。
「ああ」
マークは頷いた。
しかし、その表情に安堵の色はない。
「……ここを狙ったのも、恐らくあの新型のデータ取りが目的だろうな」
マークは冷静に戦況を見ながら言った。
実際、その読みは当たっていた。
天華天明が最初の攻撃目標としてイギリス本部を選んだ理由。
それは、オルフェでも最高の防衛戦力を相手に、レギオンⅡの実戦データを収集するため。
新型機の性能を測る相手として、これほど都合のいい場所もない。
「問題は……」
マークの視線が、別のモニターへ移る。
そこには、上空を飛行する紫色の機体。
「……あの紫のレギオンだ」
マークは、ワイバーンレギオンを睨むように見つめた。
◆
エウリューラとワイバーンレギオンは、激しい空中戦を繰り広げていた。
ミラは一定の距離を保ちながら、フィンガーファランクスを放ち続ける。
対するサキも、無理に距離を詰めようとはしない。
両腰にマウントされていたサブマシンガンを抜き、両手に構えると、エウリューラへ向けて射撃を続けていた。
ミラの放つ弾幕を、サキは最小限の動きで次々とかわしていく。
一発もかすりもしない。
一方、サキの射撃は違った。
高速で飛び回るエウリューラの動きを正確に捉え、少しずつ弾丸を命中させていた。
もっとも、サブマシンガン程度の火力では、エウリューラにほとんどダメージは入らない。
しかし——
サキの狙いは、最初からそこではなかった。
(ダメだ……完全に動きを読まれてる……!!)
ミラは歯を食いしばる。
少しずつ、ミラの動きに焦りが見え始めていた。
思考によって機体を操るEDは、操縦者の精神状態が機体の挙動に反映されやすい。
そうした僅かな感情の乱れさえ、機体の動きにダイレクトに現れる。
そして、サキほどの手練れが、その変化を見逃すはずがなかった。
機体性能で及ばなくとも、操縦者としての技量と精神力で上回れば、十分に勝機はある。
サキがサブマシンガンを使い続けているのも、そのためだった。
エウリューラにダメージを与えるためではない。
攻撃を当て続けることで、ミラに精神的な圧力をかける。
焦らせ、判断を乱す。
そして——
決定的な隙を作らせる。
それこそが、サキの狙いだった。
◆
エウリューラとの同調率が、わずかではあるが低下していた。
「ミラ!落ち着いて!」
オペレーターが呼びかける。
一方、サキは戦いの中で、少しずつ距離を詰めていた。
悟られないよう、慎重に。
しかし、焦り始めているミラは、その変化に気づいていない。
それどころか、攻撃が一向に当たらないことに焦り、無意識のうちに自ら距離を詰め始めていた。
その時——
『ミラっ!ちょい近づきすぎ!』
突然の声に、ミラはハッとする。
その一言で我に返り、すぐさまワイバーンレギオンとの距離を取った。
声の主は、格納庫で待機しているプレントルーパー02から通信を入れていた。
エミリー・オーブ。
イギリス本部所属のハーフファクター。
青い髪と褐色の肌が特徴的な、元気いっぱいの少女である。
「ありがとう、エミリー!」
ミラは言った。
再びワイバーンレギオンへ意識を集中させる。
しかし——
不利な状況そのものが変わったわけではない。
その頃、同じく格納庫で待機していたプレントルーパー01から、司令室へ通信が入った。
『やっぱ援護だけでも行かせてよ!お願いだよぉ!マークのおっちゃん!!』
李 雨音。
イギリス本部所属のハーフファクター。
左右非対称に整えられた黒髪を、後ろで団子状にまとめた、つり目が特徴の少女である。
「ダメだ」
マークは即答した。
『ちぇっ!わからず屋!!』
ユインは不満そうに頬を膨らませた。
そして、その近く。
プレントルーパー03のコクピットでは——
(あぁ……!ミラ……!)
(もう、怖くて見てらんない……!)
1人の女性が、両手で顔を覆っていた。
しかし、完全に目を逸らしているわけではない。
指の隙間から、モニターに映るミラの戦闘をしっかり覗いている。
ソフィー・ジャッジ。
イギリス本部所属のハーフファクター。
茶色のセミロングヘアに、いつも困っているように下がった眉が特徴の女性である。
そんな三者三様の反応を見せる中——プレントルーパー04のコクピットで、静かに目を閉じている少女がいた。
アリシア・デル・メール。
カールした赤毛をサイドで結び、美しいグリーンの瞳を持つ少女。
4人のハーフファクターの中で、唯一この状況でも冷静さを失っていなかった。
「……スヤスヤ」
ただ、寝ているだけだった。
◆
(……そろそろ引き上げるか)
ゴズマンは頭の後ろで腕を組み、あくびをしながら戦況を眺めていた。
(最初はこんなもんか……)
(ま、αの連中よりは、使い物にはなる)
ゴズマンはそう判断すると、全機に撤退信号を送った。
戦闘を続けていたレギオンⅡが一斉に攻撃を停止。
次々と戦線を離脱し、撤退行動へ移っていく。
「新型レギオン部隊、撤退を開始しました」
オペレーターが報告する。
「ああ」
マークは頷いた。
その情報は、交戦中のミラにも伝えられた。
『ミラ、敵部隊が撤退を開始した!』
「了解!」
その瞬間——
ほんの一瞬だけ、ミラの緊張が緩んだ。
サキは、その一瞬を見逃さなかった。
ワイバーンレギオンは両手のサブマシンガンを投げ捨てつつ、一気に加速した。
「——!!!」
ミラが気づいた時には、すでに遅かった。
(しまっ——)
ワイバーンレギオンの蹴りが、エウリューラにまともに叩き込まれた。
激しい衝撃に、エウリューラの体勢が大きく崩れる。
その隙を逃さず、ワイバーンレギオンはさらに追撃の蹴りを叩き込んだ。
そして、背後からエウリューラを羽交い締めにする。
次の瞬間——
2機はそのまま、真っ逆さまに急降下を始めた。
「キャァァァァァ!!」
高度が一気に失われ、猛烈な速度で海面が迫る。
そして、海面への激突寸前、ワイバーンレギオンがエウリューラから手を離した。
解放されたエウリューラは、その勢いを殺すことができない。
凄まじい水柱を上げながら、海面へ叩きつけられた。
ワイバーンレギオンは、その様子を確認することすらせず、そのまま戦場を飛び去っていった。
◆
「ミラ!!無事なのか!?」
マークは思わず叫んだ。
オペレーターが急いでモニターを確認する。
「……!!反応あります!」
「気を失っていますが、無事です!」
「回収、急げ!!」
マークは叫んだ。
海中では、エウリューラがゆっくりと海の底へ沈んでいく。
『ミラ!!』
『起きろ!!ミラ!!』
格納庫から、エミリーとユインが必死に呼びかける。
『お願い、ミラ!!目を覚まして!!』
ソフィーも涙を流しながら叫んでいた。
しかし、ミラは依然として意識を失ったまま、呼びかけに反応する様子はない。
やがて、イギリス本部から1機の小型エレファイターが発進した。
「OPA」——オルフェが開発した小型エレファイターであり、偵察、哨戒、情報収集、さらには機体や人員の回収など、多岐にわたる任務に対応する。
OPAは、オーキュラムから送られてくるエウリューラの正確な位置情報をもとに、現場へ急行した。
(間に合ってくれ……!)
マークはモニターを見つめる。
◆
現場へ到着したOPAは、海面すれすれでホバリングする。
そして、機体下部から、アンカービームを照射、光が海中へ伸びていく。
その先には、今もなお沈み続けるエウリューラの姿。
アンカービームはエウリューラを捉えた。
そのままビームを収縮させ、機体を一気に引き上げていく。
やがて——
大量の海水を滴らせながら、エウリューラが海面へ姿を現した。
「回収成功です!」
オペレーターの声が司令室に響く。
「……よし!」
マークは大きく息を吐いた。
OPAは、本部へ帰還していった。
司令室にいた誰もが、ようやく安堵の表情を浮かべる。
一方、格納庫では——
「よしっ!」
ユインが拳を握る。
「やった!」
エミリーも笑顔を浮かべた。
「良かったぁ……」
ソフィーは涙を拭いながら、胸を撫で下ろしていた。
そして——
「……スヤスヤ」
アリシアは、相変わらず寝ていた。




