「星痕教団②」
トーマスからの報告を聞き終えた4人は、司令室を後にした。
廊下を歩き始める。
その時、怜が静かに音へ声をかけた。
「……音、大丈夫?」
音の表情はどこか曇っていた。
「……うん、大丈夫!」
音は笑顔を作って答える。
閃も烈も、心配そうに音を見つめる。
「……何かあったら、遠慮しないで言ってね」
怜は優しく言った。
「……ありがと、怜」
音は小さく頷いた。
しばらく沈黙が流れる。
やがて、音は意を決したように顔を上げた。
「……ねぇ、みんな」
その声に、3人は足を止める。
「ちょっと……話したいことがあるの……」
音は少し俯きながら言った。
「いいよ」
閃はすぐに笑顔で答えた。
怜も頷く。
「俺たち、まだ時間あるしな」
烈も静かに微笑む。
1時間後には、怜と烈はパトロールへ向かわなければならない。
それでも、今は音の話を聞くことを優先した。
◆
4人は談話室へ移動した。
ソファへ腰を下ろすと、音は静かに息を整える。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「あのね……今から話すことは……」
「いつか、みんなに話そうってずっと思ってたの」
「でも、なかなかタイミングがなくて……」
「隠してたわけでも……秘密にしたかったわけでもないの」
そう言って、小さく笑った。
「……わたしの、昔のこと……」
閃たちは何も言わず、音の言葉を待っていた。
◆
音の母親は、17歳という若さで音を身ごもった。
父は、音が生まれる前に、母親の元を去った。
つまり、母子家庭だった。
しかし、母親にとって、音の存在は邪魔だった。
音は、望まれない子だった。
母親は、典型的なネグレクトだった。
また、精神病も抱えており、定期的に暴れては、そのたびに病院に入院していた。
その間、音は市が運営してる託児所に預けられており、彼女にとって、それが当たり前の日常だった。
◆
音が5歳の頃のことだった。
ある日、託児所の職員が母親に迎えの連絡を入れた。
しかし、何度電話をかけても繋がらない。
不審に思った職員は、関係機関へ連絡を取った。
音の母親は、自宅マンションの浴室で亡くなっていた。
死因は——自殺。
その事実を音が知るのは、ずっと後になってからのことだった。
当時の音は、母親の死を知っても、不思議と涙は流れなかったという。
その後、音を引き取ることになったのは、祖母だった。
しかし、母親と祖母は絶縁状態。
身寄りを失った音の引き取り先を探す中で、行政が祖母に連絡を取った。
その時の返事は、拒否だった。
しかし、音がエーテルコードと知った途端、急に引き取られることになった。
まるで手のひらを返すような態度だったという。
ここまでの経緯は、すでに閃たちも知っている話だった。
◆
「でね……ここからなんだけど……」
音は小さく息を吸い、続きを話し始めた。
ここから先の話は、3人も初めて聞く内容だった。
「おばあちゃん……」
音は少し俯く。
「シア教なの……」
その一言に、3人の表情が一瞬で固まった。
部屋の空気が張り詰める。
最初に口を開いたのは怜だった。
「……だから、急に音を引き取ることにしたのね?」
静かな声だった。
「うん……」
音は小さく頷く。
やがて烈が腕を組み、不思議そうに口を開いた。
「……でもよ」
「シア教なら、音のこと大事にするんじゃねぇのか?」
シア教は、エーテルコード保持者を神聖な存在として崇める宗教。
腑に落ちなかった。
音はゆっくりと顔を上げる。
「……うん」
その表情には、どこか諦めにも似た寂しさが浮かんでいた。
そして音は、静かに続きを語り始めた。
◆
音の祖母は、シア教の熱心な信者だった。
教団内での星位は「星導師」。
教義を深く修め、信者の指導や布教活動を担う聖職者である。
この星位になると、星痕を背中へ刻むことが許される。
もちろん、祖母の背中にも星痕は刻まれていた。
しかし——
祖母は、身内にエーテルコードがいると知った瞬間、信仰よりも欲に支配されてしまった。
音を利用し、他の信者から「お布施」と称して金銭を集めるようになったのだ。
信者や外部の人間の前では、音を大切に育てている保護者を演じる。
だが、家で2人きりになると態度は一変した。
音に向けられるのは、冷たい言葉と視線だけだった。
音は幼い頃から、不思議な絵を描くことが多かった。
だが祖母は、それを気味が悪いと目の前でぐしゃぐしゃに丸め、そのまま捨ててしまう。
また、シア教の集会へ行きたくないと口にした時には、容赦なく頬を叩かれた。
さらに、集会へ出る時以外、音はほとんど祖母の家から外へ出ることを許されなかった。
事実上の監禁状態。
そんなある日、音は突然、エーテルファクターへと覚醒した。
すべてのファクターは覚醒した瞬間、「一時的属性現象」と呼ばれる反応を起こす。
性質変換されたエーテルが制御できず、身体から勝手に溢れ出てしまう、一種の暴走状態だ。
閃も、烈も、怜も、覚醒した際には同じ現象を経験している。
音の場合は、全身から猛烈な風が吹き荒れた。
突風は家中を駆け巡り、家具や調度品を次々となぎ倒していく。
祖母もその風に吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられ、頭部を強く打ち、血を流していた。
◆
「や、やっぱり……」
「バケモノだわ……!!」
「誰か……!!助けてぇぇぇっ!!」
取り乱した祖母は、ヒステリックに叫びながら警察に通報する。
しかし、祖母の通報よりも早く、オルフェのオーキュラムが異常なエーテル反応を検知していた。
すでに警察にも緊急連絡が入っており、まもなく現場へ到着する。
重装備の警察官や、オルフェの職員たちが、次々と家へ駆け込んでくる。
「は、早くっ!!」
祖母は涙を流しながら叫んだ。
「そのバケモノを、連れて行って!!」
音は何が起きているのか分からないまま、その場に立ち尽くしていた。
やがて、オルフェの職員は怯える音へ優しく声をかける。
「もう大丈夫だから」
その言葉に導かれるように、祖母の家を後にした。
その後——
祖母は「音を引き取ることはできない」と正式に申し出る。
こうして音は、正式にオルフェへ保護されることになった。
◆
音は静かに話し終えた。
談話室には、しばらく誰も言葉を発しない時間が流れる。
3人の表情は、どこか苦しげだった。
「聞いてくれて、ありがとう」
音は少し照れたように笑う。
「なんだか……やっとスッキリした」
その笑顔は穏やかだった。
「音……」
怜はそっと音の手を包み込む。
「辛かったね……」
閃は小さく頷く。
その一言に、音は少し目を潤ませた。
烈は腕を組んだまま俯く。
(……なんつー家庭だよ)
胸の奥から怒りが込み上げる。
だが、その感情を口にはしなかった。
今、音が欲しいのは怒りではなく、受け止めてもらうことだと分かっていたからだ。
音はゆっくりと息を吐く。
「たしかに、あの頃は辛かった……」
少しだけ遠くを見るような目をする。
「だけど」
そして、3人を見渡しながら微笑んだ。
「そのおかげで、ココに来られて——」
「みんなに出会えたから」
「俺たちも、音に会えて良かった」
閃は優しく笑う。
「うん」
怜も静かに頷く。
「そうだな」
烈は笑った。
その言葉に、音は嬉しそうに笑う。
4人は互いの顔を見合わせ、静かに頷き合った。
これまで歩んできた道は、それぞれ違う。
それでも今、こうして同じ場所で笑い合えることが、何より大切だった。




