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エーテルコード:ヴァリアスワールド  作者: エトコッコ
エジプト篇

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第26話「母」


ソランティス王国・王宮。


ギシャとの決戦から数日が過ぎていた。


ラ・オーマの《ネクロマンス》によって操られていた兵士たちは、王国軍の手で丁重に埋葬された。


人造魔獣が残した黒い灰も、オルフェの特殊処理班によってすべて回収・処理が完了している。


戦いの爪痕は、少しずつではあるが確実に癒え始めていた。


一方、ギシャの遺体は王家の墓所へ納められるまでの間、国葬のため特別保管施設へ安置されていた。


兄は最後まで王族として遇されることになった。


そして——


エレシャの体調も、すっかり回復していた。


肉体の傷だけでなく、心も少しずつ前を向き始めている。


さらに、オルフェから一報が届く。


閃の状態だ。


命に別状はなく、意識も回復したという知らせだった。


その報告を受けたエレシャは、小さく目を閉じ、胸に手を当てる。


「……良かった」


その一言には、心からの安堵が込められていた。



ラゼフ国王と、それぞれの王妃たちは、王位継承戦の間は王国内を離れていた。


それは、王位継承戦の公平性を保つためである。


そして、王位継承戦が終結した今、国王と王妃たちは王宮へ帰還していた。


エレシャは、ラゼフ国王から静かに労いの言葉を受ける。


「よくやった」


短い一言だったが、その言葉には父として、そして国王としての想いが込められていた。


「ありがとうございます」


エレシャは深く頭を下げた。


その後——


エレシャは母、マリガンのもとを訪れた。


「母上……」


久しぶりの再会だった。


だが、その胸中は複雑だった。


兄・ギシャの首を討ち取ったのは、自分自身。


王族の掟に従ったとはいえ、マリガンにとっては、2人ともかけがえのない我が子だった。


どんな言葉を掛けられるのか。


エレシャは静かに身構えていた。


しかし——


マリガンは何も言わなかった。


ただ静かに歩み寄ると、優しくエレシャを抱きしめた。


その温もりに、エレシャは思わず目を見開く。


「母上……私は……」


震える声で言葉を紡ごうとした、その時だった。


「エレシャ……」


マリガンは娘を抱きしめたまま、涙をこぼした。


「長い間……ずっと辛かったでしょう?」


その優しい声が胸に染みる。


「あなたが無事で、本当に良かった……」


その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていたエレシャの心が、音を立ててほどけた。


「……母上……」


エレシャもまた、母の胸で静かに涙を流した。



その後、マリガンはギシャの遺体が安置されている保管所を訪れた。


「ここから先は、1人で行かせて」


静かな口調でそう告げる。


案内をしていた兵士と付き添いの侍女たちは、深く一礼すると、その場を離れていった。


静寂だけが残る。


マリガンはゆっくりと歩を進め、ギシャのもとへたどり着いた。


そっと死体袋を開く。


そこには、ギシャの胴体と、丁重に納められた頭部が横たわっていた。


マリガンは静かに、その頬へ優しく手を添える。


「ギシャ……」


その声は、とても穏やかだった。


「ゆっくりと、お眠り」


ギシャは、誰の目から見ても過激な思想を持つ王子だった。


その行動によって、多くの人々を傷つけ、命を奪った。


彼を憎む者は決して少なくない。


それでも——


母であるマリガンだけは知っていた。


ギシャが自分を慕う気持ちだけは、一度たりとも偽りではなかったことを。


その愛情は、本物だった。


マリガンは静かに目を閉じる。


そして、小さく歌い始めた。


それは、ソランティスに古くから伝わる子守唄。


幼い頃のギシャが大好きだった歌だった。


何度もせがまれ、そのたびにマリガンは、優しく頭を撫でながら歌って聞かせていた。


今も同じように——


マリガンはギシャの頭をそっと撫でながら、静かに歌い続ける。


その歌声は、静まり返った保管所に優しく響いていた。



その夜。


エレシャは王宮の自室で静かに過ごしていた。


この部屋へ戻るのは、本当に久しぶりだった。


見慣れた調度品。


窓から差し込む月明かり。


そのすべてが、どこか懐かしく感じられる。


閃が無事であることは、すでにリビアから聞いている。


それでも、閃の声を聞きたい。


その顔を見たい。


無事を——この目で確かめたい。


きっと、閃も同じことを思っている。


そんなことを考えながら、部屋で静かにくつろいでいると、控えめなノックの音が響いた。


「どうぞ」


扉を開けて入ってきたのは、マリガンだった。


エレシャは穏やかに微笑み、部屋へ招き入れる。


マリガンも微笑み返し、ゆっくりと椅子へ腰掛けた。


「エレシャ、もし良かったら……」


「あなたのこれまでのお話を聞かせてくれる?」


その優しい言葉に、エレシャは静かに頷く。


「はい、母上」


それからエレシャは、ソランティスを離れてから今日に至るまでの出来事を、丁寧に語り始めた。


拠点での日々。


仲間たちとの生活。


そして——閃との出会い。


彼に何度も救われたこと。


共に戦い、支え合った時間。


いつしか互いを大切な存在として想うようになったこと。


そのことだけは、マリガンに包み隠さず打ち明けた。


すべてを聞き終えたマリガンは、優しく微笑む。


「ロマンティックね……」


その一言に、エレシャは少し照れたように笑った。


「そう……でしょうか?」


「ええ」


マリガンは嬉しそうに頷く。


母と娘は、そのまま時間を忘れて語り合った。


離れていた年月を埋めるように。


穏やかで、温かな夜が静かに更けていった。



次の日。


朝食を終えたエレシャは、王宮の廊下を歩いていた。


その途中、後ろから声を掛けられる。


振り返ると、そこにはリビアが立っていた。


「どうしたの?」


エレシャが尋ねると、リビアはどこか嬉しそうに微笑む。


「エレシャ様宛に、オルフェから通信が入っております」


「えっ……!」


エレシャは思わず目を見開いた。


リビアはその反応を見て、くすりと笑う。


その笑みだけで、誰からの通信なのか察した。


間違いない。


胸が高鳴る。


今すぐ会いたい。


今すぐ声を聞きたい。


そんな気持ちを抑えきれず、エレシャは通信室へと急いだ。


扉の前で一度立ち止まり、大きく息を吸う。


「……よし」


呼吸を整え、ゆっくりと扉を開いた。


通信室へ入り、端末の前に立つ。


そして、通話をオンにした。


その瞬間——


『エレシャ!』


一番聞きたかった声が、部屋いっぱいに響いた。


そのたった一言だけで、胸に張り詰めていたものが一気にほどける。


「閃……!」


エレシャは笑顔を浮かべながら、止めどなく涙をこぼしていた。


(エジプト篇 完)

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