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エーテルコード:ヴァリアスワールド  作者: エトコッコ
エジプト篇

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第23話「その身、血に染めて」


エレシャは、マリガン王妃の私室の前に立っていた。


廊下は静まり返っている。


もちろん、ギシャがこの部屋にいるという確証はない。


だが、エレシャには確信にも似た予感があった。


静かに息を整え、そっと扉へ手を添え、ゆっくりと力を加える。


すると——


扉は音もなく開いた。


エレシャは一瞬だけ目を見開く。


鍵が掛けられているものと思っていたからだ。


それでも、エレシャはためらわない。


静かに覚悟を決めると、一歩ずつ部屋の中へ足を踏み入れた。



マリガン王妃の私室。


そこには——ギシャがいた。


「やはり、ここにいたのですね……」


エレシャは静かに呟く。


ギシャは月明かりが差し込む窓辺に腰掛け、夜空を見上げていた。


「……そうか」


「これも、アガンニーヤのお導き……」


月を見つめたまま、静かに言葉を漏らす。


エレシャには、兄へ伝えたいことが数え切れないほどあった。


しかし——


今なお王宮では戦いが続いている。


命を懸けている仲間たちがいる。


もう、立ち止まっている時間はなかった。


「ギシャ王子——お覚悟を」


エレシャは静かに剣を構え、その切っ先を兄へ向けた。


ギシャはゆっくりと振り返る。


そして静かに立ち上がった。


その表情には、怒りも、憎しみも——失望もない。


どこか、すべてを受け入れたような表情だった。


エレシャはそんな兄の顔を、初めて見た。


ゆっくりと剣を構え直す。


(これで終わりです……兄上……)


その時だった。


「エレシャよ」


ギシャが静かに口を開く。


「立派な女王になれよ」


そう言い残すと、ギシャは両腕を静かに広げ、目を閉じて天を仰いだ。


自らの最期を迎えるように。


「はい……兄上」


次の瞬間——


エレシャの一太刀は、迷いなくギシャの首を斬り落とした。


鮮血が舞い、エレシャを赤く染める。


首を失ったギシャの身体は、その場へ静かに崩れ落ちた。


部屋には再び静寂が訪れる。


エレシャは倒れた兄を静かに見つめた。


(兄上……見事な最期でした)


その頬を、一筋の涙が静かに伝っていった。



エレシャは静かに呼吸を整えた。


そして、倒れたギシャのもとへ歩み寄る。


左手で兄の首を静かに持ち上げると、そのまま部屋を後にした。


「リビア!!」


廊下へ響くように、エレシャは叫んだ。


「エレシャ姫!」


少し離れた場所で待機していたリビアは、その声を聞くなり駆け寄る。


そして、その光景を目にした。


返り血を浴びたエレシャ。


その左手には、切り落とされたギシャの首。


エレシャの表情には、勝者の喜びなど微塵もない。


あるのは、深い悲しみと、極度の疲労。


今にもその場へ崩れ落ちそうなほどだった。


リビアは、その姿を見ただけですべてを悟る。


「……姫様」


何も尋ねることはしなかった。


ただ静かに歩み寄り、エレシャを力強く抱きしめる。


「リビア……」


エレシャは小さく呟いた。


「終わらせましょう」


「兵士たちと一緒に……」


声を振り絞るように言う。


その瞳には、まだ王女としての強い意志が宿っていた。


「はい」


リビアは力強く頷く。


王宮の戦いは、いよいよ終幕を迎えようとしていた。



「では……いくぞ」


リビアの合図とともに、兵士たちは一斉に太いロープを引いた。


重厚な鐘の音が、王宮から王都全域へと響き渡る。


その音は、夜空を震わせるように、どこまでも広がっていった。


鐘の音を聞いた兵士たち、そして王都の人々は、一斉に王宮の屋上を見上げる。


「あ、あれは……!!」


そこには——


右手に剣を携え、左手にはギシャの首を掲げた、返り血に染まるエレシャの姿があった。


「エレシャ様だ……」


「エレシャ様が……勝たれたのか……?」


誰かが震える声で呟く。


その瞬間——


王都は歓喜に包まれた。


まるで王国そのものが震えるほどの歓声が、一斉に湧き上がる。


「女王様が……誕生した!!」


「エレシャ様ぁぁぁ!!」


「戦いが終わったぞぉぉぉ!!」


ギシャ派の兵士たちも、その光景を目にすると静かに武器を下ろした。


剣を捨て、鎧を脱ぎ、戦う意思を失っていく。


王宮に響く鐘の音。


それは、新たな王の誕生を告げる鐘でもあった。


戦いは——終わった。


エレシャの勝利によって。


人々は何度も、何度もエレシャの名を叫び続ける。


共に戦い抜いた兵士たちは、張り詰めていた糸が切れたように、その場で声を上げて涙を流していた。


リビアは静かにエレシャの背中を見つめる。


血に染まりながらも、まっすぐ前を見据えるその後ろ姿を、決して忘れまいと胸に刻みつける。


王都を包む歓声は、いつまでも鳴り止むことはなかった。



王宮に鐘の音が響いた、その瞬間だった。


カカロとガラガは、拳を止めた。


そして同時に、その場へ倒れ込む。


「ゲホッ……ゲホッ……」


ガラガは血を吐き出した。


顔は腫れ上がり、原形を留めていない。


「相変わらず……タフなガキだ……」


「……アンタもな」


カカロも荒い息をつきながら答える。


その顔もまた、ガラガに負けないほど傷だらけだった。


「歳の割には……しぶとい」


「手負いのガキ相手に、ここまで手こずるとはな……」


ガラガは悔しそうに言った。


「……アンタだって、手負いだろ」


カカロは静かに返した。


ガラガの身体には目立つ外傷はなかった。


しかし、閃の《雷撃》をまともに受けた影響で、全身にはまだ強い痺れが残っていた。


そのせいで動きが普段より明らかに鈍くなっていたことを、カカロは戦いの最中から見抜いていた。


もっとも——


真正面から拳を交えられる相手など、この王国ではガラガしかいない。


「……また一から鍛え直しだな」


ガラガは天井を見上げ、呟く。


「……なら、俺が鍛えてやろうか?」


カカロは口元をわずかに緩めた。


「……チッ、生意気なガキめ」


ガラガも口角を上げる。


そこへ兵士たちが慌てて駆け寄ってくる。


「ガラガ様!」

「カカロ様!」


もはや敵味方の区別はなかった。


元ギシャ派の兵士たちも、2人を支え起こし、救護へ当たる。


長きにわたる戦いは、ようやく終わりを迎えたのだった。



歓声が鳴り止まない中、エレシャはゆっくりと歩き始めた。


数歩進んだところで、その手から剣が滑り落ちる。


続いて、ギシャの首も静かに地面へ転がった。


そして、エレシャの身体が大きく揺らぐ。


「エレシャ様!!」


リビアは咄嗟に駆け寄り、崩れ落ちるエレシャを抱き止めた。


エレシャはすでに意識を失っていた。


周囲の兵士たちも慌てて駆け寄る。


「……大丈夫だ」


「気を失っていらっしゃるだけだ」


リビアは冷静にエレシャの容体を確認すると、兵士たちへ告げた。


その言葉に、兵士たちは安堵の息を漏らす。


リビアは静かにエレシャを見つめた。


(エレシャ姫——)


(いや……エレシャ女王)


(お見事でした)


その時、リビアへ通信が入る。


ナオミからだった。


「こちらリビア」


「ああ、戦いは終わったよ」


リビアは短く応答する。


「……閃はどうだ?」


通信の向こうから返ってきた報告を聞いた瞬間、リビアの表情が引き締まる。


「——!!」


「……分かった」


「こちらもエレシャ様が気を失っているが、命に別状はない」


「こちらは任せて、閃を頼む」


そう言い残し、通信は終了した。


「リビア様……!」


近くにいた兵士が不安そうに尋ねる。


「閃様は……?」


リビアは一瞬だけ目を閉じ、静かに答えた。


「生きている」


「——が、かなり危険な状態だ」


その言葉に、兵士たちの表情から笑みが消えた。


張り詰めた空気が流れる。


だが、リビアは落ち着いた口調で続けた。


「大丈夫。後のことはオルフェのエージェント——“G.H.O.S.T.”に任せよう」


Global Hazard Orphe Surveillance Team——通称“G.H.O.S.T.”。


オルフェに所属する特殊エージェント部隊である。


今回の作戦では、閃とは別行動で潜入・救出任務を担当していたロックとナオミも、その一員だった。


リビアは2人の実力を、この目で見ている。


だからこそ、任せられるという確かな信頼があった。


現在、王都郊外で待機していたオルフェの特殊支援チームも、王宮へ向かっている。


医療班、黒い灰の除去班——そして、ラ・オーマの遺体回収班。


戦いは終わった。


これから始まるのは、王国の再生と、それぞれの未来へ向けた新たな戦いだった。



ほどなくして、オルフェの特殊支援チームが王宮へ到着した。


それぞれが迅速に持ち場へ散っていく。


王宮の外では、リビアがロックとナオミに合流していた。


「ロック、ナオミ」


リビアは2人をまっすぐ見つめる。


「改めて言わせてくれ」


「今回の働き、本当に感謝する。ありがとう」


「気にすんなって。お互い様だろ」


そう言いながら、ロックの視線はリビアの腕の中へ向く。


そこには、静かに眠るエレシャの姿があった。


リビアもその視線に気づく。


「エレシャ様は大丈夫だ」


そして、少し間を置いて続けた。


「閃を、頼む」


その言葉には、深い信頼が込められていた。


「ああ」


ロックは静かに頷いた。


その言葉を聞き、リビアは小さく息を吐いた。


「じゃ——俺たちも、そろそろ行くわ」


「ああ」


リビアは力強く頷いた。


「お前たちは、私たちの戦友ともだ」


「次は、私たちが力になる」


その言葉に、ロックは笑みを浮かべる。


「その時は、よろしくな」


隣に立つナオミも、小さく微笑みながら軽く頷いた。


2人はそのまま振り返ることなく歩き出す。


それぞれが、それぞれの場所へ向かっていくのだった。

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