第22話「聖なる闘争⑤」
カカロは、なおもガラガと激しい殴り合いを続けていた。
互いに満身創痍。
それでも、一歩も退かない。
拳を交わすたび、鈍い衝撃音が王宮に響き渡る。
その一方で、戦況は大きく変わっていた。
ギシャ派の兵士の大半は、すでにリビア、ロック、ナオミによって戦闘不能となっている。
さらに、ナック部隊もオートモードのバサラヲによってすべて行動不能にされていた。
役目を終えたバサラヲは、その場で静かに待機状態へ移行している。
周囲の状況を確認したリビアは口を開いた。
「私は姫様のところへ向かう」
ロックとナオミも頷く。
「なら、俺たちはファクターのところへ」
それぞれの目的は決まっていた。
3人はすぐにその場を離れ、それぞれ駆け出していく。
その場に残った兵士たちは、誰一人として口を開かなかった。
ただ静かに、カカロとガラガによる壮絶な一騎打ちを、固唾を呑んで見守っていた。
◆
ロックとナオミは、戦闘の痕跡を頼りに閃の行方を追っていた。
ロックが足を止める。
床には、血痕が残されていた。
「新しいな」
まだ乾ききっていない。
2人は足早に先へ進んだ。
進めば進むほど、血痕は増えていく。
壁には斬撃の跡、床には砕けた瓦礫。
激戦が繰り広げられたことは一目で分かる。
しかし、その痕跡は2人を導く道標にもなっていた。
やがて、“黒い灰”が床に散らばる場所へたどり着く。
2人は反射的に鼻と口を手で覆った。
魔獣は死亡すると、その肉体は黒い灰へと変化する。
その灰には有害物質が含まれており、適切な処理が必要とされている。
一般人が長時間吸い込めば、命に関わる危険性すらあった。
だからこそ、2人は迷わず呼吸を防いだ。
(……例の魔獣か)
ロックはギャッツから聞いていた報告を思い出す。
A拠点を襲撃した、正体不明の魔獣。
2人は黒い灰の上を素早く通り抜ける。
その先には——
勢いよく蹴破られた扉があった。
「ここだな」
ロックは小さく呟く。
2人は警戒を解かぬまま、静かに部屋へ踏み込んだ。
◆
ナオミは部屋へ入ると、そっと照明を点けた。
そこには——
大量の血を流して倒れる閃と、胸に剣を突き立てられたまま倒れているラ・オーマの姿があった。
「ナオミはファクターを頼む」
ロックは短く指示を出した。
「了解」
ナオミは即座に返事をし、迷うことなく閃のもとへ駆け寄る。
まずは頸動脈に触れ、生存を確認する。
「生きてるか?」
ロックが尋ねる。
「生きている」
ナオミはそう答えると、すぐに止血と応急処置を始めた。
その間、ロックはラ・オーマの遺体の前へしゃがみ込む。
片膝をつき、紫色のフードを静かにめくった。
現れた素顔は、痩せた体格のスキンヘッドの男。
年齢はおそらく50代ほど。
ソランティス人ではなく、アジア系の顔立ちをしていた。
どこか僧侶を思わせる静かな風貌だった。
ラ・オーマの遺体は、この後オルフェによって回収され、身元や経歴の調査が行われる予定だった。
やがてナオミは応急処置を終え、スマカを取り出す。
救護班やオルフェの関係各所へ、手際よく状況を報告していく。
ロックはラ・オーマへ再びフードをかぶせると、静かに閃へ視線を向けた。
ラ・オーマ討伐。
それは、おそらく閃でなければ成し遂げられなかった。
ロックは胸の内で、静かに呟く。
(よくやってくれた、上矢 閃)
(アンタのことは、必ず日本へ送り届ける)
(それまで——もう少しだけ、踏ん張ってくれ)
◆
閃がラ・オーマを討伐した直後だった。
エレシャたちの行く手を阻んでいたゾンビ兵たちが、一斉にその場へ崩れ落ちる。
まるで糸が切れた操り人形のようだった。
「な、何だ……?」
兵士が戸惑いの声を上げる。
エレシャはその光景を見た瞬間、はっと息を呑んだ。
「……!閃だわ!」
その瞳に希望が宿る。
「閃が……ラ・オーマの討伐に成功したんだわ!」
「可能性は高いですね」
リビアは冷静に周囲を見回しながら答えた。
「ですが、まだ断定はできません」
「ラ・オーマが神術を解除しただけという可能性もあります」
その判断は冷静だった。
「警戒を怠るな」
リビアは兵士たちへ鋭く指示を飛ばす。
兵士たちも気を引き締め、武器を構え直した。
ゾンビ兵は動かない。
だが、本当に終わったという保証はどこにもない。
それでも、ギシャがいると思われる場所——マリガン王妃の私室までは、あとわずかだった。
◆
リビアの耳元に装着された小型イヤモニから通信音が鳴った。
救出された際、ナオミから手渡された通信機だ。
「こちらリビア。どうした?」
リビアは短く応答する。
通信の相手はナオミだった。
「——!!」
リビアの表情がわずかに変わる。
「……分かった」
短く返答すると、通信は切れた。
リビアはゆっくりとエレシャへ向き直る。
「エレシャ姫、ラ・オーマの死亡を確認しました」
「閃が、やってくれました」
その声は、どこか安堵に満ちていた。
「閃——!!」
エレシャは思わずその名を呼ぶ。
胸の奥から込み上げる安堵に、自然と笑みがこぼれた。
周囲の兵士たちも、その報告に歓声を上げる。
「やった!」
「閃様が……!」
張り詰めていた空気が、一気に晴れていく。
しかし、リビアは静かに続けた。
「……エレシャ姫」
「ここから先は、お一人で」
エレシャは静かに頷く。
「ええ」
その瞳に迷いはなかった。
ここから先は、誰も踏み込めない場所。
ギシャとの決着は、自らの手でつけなければならない。
兄妹としてではない。
一人の王族として。
エレシャは静かに前を向く。
その先には——
マリガン王妃の私室。
決着の時は、刻一刻と近づいていた。




