第21話「聖なる闘争④」
閃は、人造魔獣——DA-01との戦闘を続けながら、少しずつ移動していた。
目的は、目の前の敵ではない。
あくまでも討つべき相手は、ラ・オーマだ。
《化身鳴》を発動した閃は、DA-01に対してわずかに優勢だった。
最大の理由は、その速度。
閃の動きが上回っているため、DA-01の攻撃は当たらない。
一方で閃の攻撃は、確実に命中していた。
さらに戦いの中で、一つのことにも気づいていた。
《帯電》を纏わせた剣による斬撃よりも、《雷撃》のような純粋なエーテル攻撃の方が、明らかに効果が高い。
その性質は、通常の魔獣と共通していた。
だが、それでも決定打にはなっていない。
どれほど攻撃を与えれば完全に倒せるのか、まるで見当がつかなかった。
そして何より、《化身鳴》を維持した状態でスキルを使い続ければ、エーテルの消耗は急激に増えていく。
このまま長期戦になれば、先に尽きるのは自身のエーテルだ。
そうなれば、DA-01どころではない。
本来の目的であるラ・オーマの討伐すら、不可能になってしまう。
閃は焦る気持ちを押さえ込みながら、次の一手を探っていた。
◆
(なんて耐久力……!)
(確かにダメージは入っているはず……!!)
DA-01の異常な耐久力に、驚きを隠せなかった。
かつて交戦した昆虫型魔獣——エレイーターも相当な強敵だった。
だが、目の前のDA-01は、それ以上に厄介だった。
考えている間にも、エーテルは刻一刻と消耗していく。
(……《化身鳴》を解除するか)
閃には、一つ考えがあった。
《刻式》を一度だけ使えるだけのエーテルを、必ず残しておくこと。
ラ・オーマを見つけた瞬間、姿を消される前に、一気に距離を詰めるためだった。
そして、そのラ・オーマの居場所。
閃もエレシャも、おぼろげながら感じ取っていた。
王宮上層部。
そこから微かにラ・オーマのエーテルを感じる。
特にエレシャは、閃以上にエーテルの感知能力に優れていた。
おそらく、ラ・オーマが広範囲にスキルを行使している影響なのだろう。
2人はそう考えていた。
実際、ラ・オーマの《ネクロマンス》によって操られた屍の兵士たちは、王宮内の至る所に現れている。
つまり、そのエーテルの発生源をたどれば、ラ・オーマのおおよその居場所を絞り込むことはできる。
◆
(この魔獣モドキも……あの兵士たちと同じだ)
閃は戦いながら確信していた。
DA-01からは、ごくわずかだがラ・オーマのエーテルを感じる。
ラ・オーマの《ネクロマンス》によって操られている証拠だ。
さらに、もう一つ。
閃は本来、DA-01がエレシャたちへ向かわないよう、自分へ注意を引きつけるつもりで戦っていた。
だが、その必要はなかった。
DA-01は最初から閃だけを狙っている。
他の兵士やエレシャには一切見向きもしていなかった。
(……ラ・オーマの意思で動いている)
閃は静かに《化身鳴》を解除した。
全身を包んでいた雷のエーテルが消えていく。
(ラ・オーマを確実に見つけるには……こいつが必要だ)
閃はDA-01を見据えた。
もちろん、危険な賭けだった。
《化身鳴》を解除すれば、攻撃力、防御力、何より機動力も落ちてしまう。
それでも、今はDA-01から伝わる微かなエーテル反応だけが、ラ・オーマへ繋がる唯一の手掛かりだった。
そして、その反応は少しずつ、確実に濃くなっている。
(近い……!)
閃は確信する。
B拠点で初めてラ・オーマと対峙した時、姿だけでなく音まで完全に消し去るスキルを目の当たりにしている。
閃は一つの仮説を立てていた。
《インビジブル》による完全隠蔽と、《ネクロマンス》による死体や人造魔獣の遠隔操作。
この2つを同時に維持するのは、極めて困難なのではないか。
仮に可能だったとしても、エーテルの消耗は莫大になるはずだ。
そもそも、複数のスキルを同時に運用すること自体、高度な技術とされている。
現にラ・オーマは、自身のエーテル反応を隠し切れていない。
閃はDA-01の猛攻を紙一重でかわし続けながら、その僅かなエーテルの流れを辿っていった。
◆
エレシャと兵士たちは、なおも行く手を阻む“ゾンビ兵”を倒しながら王宮の上層を目指していた。
エレシャには、ギシャがいるであろう場所に心当たりがあった。
それは、2人の母——マリガン王妃の私室だった。
以前、ポポロムがエレシャへこう話したことがある。
“ギシャ王子は、極度のマザーコンプレックスなの”——と。
その時のエレシャには、到底信じられなかった。
兄がそんな人物には見えなかったからだ。
だが、王宮で暮らす兵士や使用人たちは口を揃えて言っていた。
ギシャは、よくマリガン王妃の部屋を訪れている、と。
母・マリガンは、誰に対しても分け隔てなく接する、優しさと包容力に満ちた女性だった。
エレシャもまた、母を心から敬愛していた。
そして、あの時の兄の言葉を思い出す。
“我々2人で、ソランティス王国を導かないか?”
“何より……母上が喜ぶ”
あの時、エレシャは迷うことなく言い返した。
“こういう時だけ、母上の名を語らないでください”——そう言って、その誘いを拒絶した。
だが、後になって思う。
あの言葉には、王位を正当化するための打算だけではなく、兄の本心も少しは含まれていたのかもしれない。
エレシャは時折、そう考えることがあった。
しかし——
この決闘は、どちらかが倒れるまで終わらない。
もう引き返せる段階ではない。
そして何より——
エレシャ自身も、今さら退くつもりは微塵もなかった。
◆
エレシャたちは、押し寄せるゾンビ兵の軍団によって足止めを受けていた。
親衛隊は懸命にエレシャを守りながら戦っている。
しかし、その体力はすでに限界へ近づいていた。
エレシャ自身も剣と盾を手に取り、前線で戦い続けている。
それでも敵の数は減らない。
(このままでは……!)
次第に押し込まれ始めた、その時だった。
その場にいたゾンビ兵たちが一斉に崩れ落ちた。
「姫様!!」
聞き慣れた声が響く。
「リビア!!」
エレシャは目を見開いた。
そこに立っていたのは、リビアだった。
エレシャは思わず駆け寄り、そのままリビアへ抱きつく。
「姫様……ご無事で、本当に良かった」
リビアも優しくエレシャを抱き返した。
「リビア様!」
親衛隊の兵士たちからも歓声が上がる。
無事な姿を見たことで、皆の表情に安堵が広がった。
リビアは兵士たちへ視線を向ける。
「お前たちも、よくぞ姫様を守ってくれた」
その言葉に、兵士たちは力強く頷く。
疲労で沈みかけていた士気が、一気に蘇っていく。
「カカロは?」
エレシャが尋ねる。
「カカロ隊長もご無事です。安心してください」
リビアは迷いなく答えた。
「良かった……」
エレシャは胸をなで下ろす。
その表情から、ようやく張り詰めていた緊張が少しだけ和らいだ。
「先を急ぎましょう!」
兵士の1人が声を上げる。
「ええ!」
エレシャは力強く頷いた。
◆
王宮の、とある一室。
薄暗い部屋の中で、ラ・オーマは静かに立っていた。
「くっ……」
思わず片手で額を押さえる。
(思ったより……手こずっているな)
大量のゾンビ兵とDA-01を同時に操り続ける負荷は、想像以上だった。
(あの雷小僧……なかなかしぶとい)
ラ・オーマは静かに息を吐く。
現在、《ネクロマンス》によって操っているのは、無数のゾンビ兵と、人造魔獣DA-01。
《ネクロマンス》は、操る死体の数が多いほど負荷が増す。
さらに、DA-01のような強力な個体を操作するには、膨大な集中力とエーテルを必要とした。
特にDA-01の制御だけで、意識の大半を割かなければならない。
もしギシャに危険が迫れば、DA-01の操作を解除し、《インビジブル》で身を隠してギシャのもとへ向かう。
それがラ・オーマの考えていた手順だった。
その瞬間——
部屋の扉が勢いよく蹴り破られた。
「!!!」
ラ・オーマの表情が初めて大きく変わる。
そこに立っていたのは——
閃だった。
◆
「……見ーつけたァ」
閃は静かに、獲物を見つけたように呟いた。
その姿は満身創痍だった。
DA-01との激戦により、全身には鋭い爪で裂かれた傷が無数に刻まれている。
致命傷だけは避けていたものの、かなりの出血だった。
手に握る剣も、すでに刀身の半ばから折れている。
それでも——
閃の瞳だけは、真っ直ぐラ・オーマを捉えていた。
(ま、まずい……!!)
《ネクロマンス》には致命的な弱点があった。
高度な集中力を必要とするがゆえに、周囲への注意力が著しく低下するのだ。
そのため、《ネクロマンス》を使用する際は身を隠すことが絶対条件だった。
もちろん、《インビジブル》との併用も可能ではある。
しかし、それでは《ネクロマンス》の精度が著しく低下するうえ、エーテル消費も飛躍的に増大してしまう。
だからこそ、ラ・オーマはあえて姿を隠していなかった。
ラ・オーマは即座にDA-01との接続を解除する。
そして、《インビジブル》を発動しようと手をかざした。
「させるかぁ!!」
閃が叫ぶ。
最後に残しておいたエーテルを解放し、《刻式》を発動させる。
空間が一瞬で、スローモーションへと変わった。
閃は折れた剣を強く握り直す。
(ラ・オーマ……覚悟!!)
限界を迎えた身体に残る、最後の力。
そのすべてを一歩へ込める。
静止した世界の中を駆け抜け——
折れた剣は、寸分の狂いもなくラ・オーマの心臓を貫いた。
その瞬間、《刻式》が解除される。
時間切れではない。
閃自身の身体が、ついに限界へ達したのだ。
ラ・オーマはゆっくりと崩れ落ちる。
閃はその姿を最後まで見届けた。
(よし……任務……か……ん……)
閃の意識は静かに途絶えた。




